第86話 開戦 マグマ将軍大隊 中編

※カリー達視点



「おぉ、スゲェ数だなシルク。お前から聞いていたより大分多いぞ。」



 大広間に入ったカリーは、隣を歩くシルクに話しかける。



「あれは……ちょっと想定外でがんす。やはりサクセスにも来てもらった方がいいでがす。」



 目の前の大軍を前にシルクは尻込みするが、それを許すカリーではなかった。



「何言ってんだお前? 耄碌したか? あれくらいの数、フェイル達と散々戦ってきたじゃねぇか。」


「あの時はフェイル様やバンバーラ姉さんがいたでがす。あれだけの数を相手にするなら、広範囲魔法かスキルがないと厳しいでがんす。」



 カリーからそう言われるも、状況が違うとシルクは反論する。だが今でこそシルクはそんな事を言っているが、ちょっと前まではむしろ逆の事を言っていた。


 大広間に入る前は、「サクセスがいなくても余裕でがんす! 俺っちの力を見せつけてやるでがんすよ!」と息巻いていたのだが、流石にあの数を前にして腰が引けたらしい。とはいえ、実際今回のパーティで広範囲魔法やスキルを持っている者はいないのだから、不安に思うのも当然だった。



 そこに今度はイモコが口を開く。



「シルク殿。もし不安であれば下がってて良いでござる。あの位の人数、某が一人で何とかするでござるよ。師匠の手を煩わせるまでもないでござる。」



 イモコは魂の試練で地獄とも言える状況を潜り抜けてきた。もしもそれ以前のイモコであれば、シルクと同じようにサクセスに応援を求めていたかもしれない。だが今は違う。あの命を削り続けるような戦いと比べれば、魔獣千匹を相手にすることなど生ぬるくすら感じていた。



「おいおい、そりゃあないぜ。俺にも楽しませてくれよ。イモコにばっか良い恰好はさせられねぇからな。一応、俺はお前の教官だぜ。」


「もちろん頼りにしているでござる。カリー殿がいれば百人力でござるよ。」



 シルクとは違い、二人は敵の大軍を前にしても全く臆する様子がない。それを見て、シルクは恥ずかしくなった。



「お、俺っちもビビッてないでがんすよ! やってやるでがんす!」


「ははっ! 無理すんなよ、シルク。お前はもういい年なんだから、別に前線に立つ必要なんてねぇよ。それにお前のパーティでの役割は盾だったろ? この面子を見て見ろ、守る必要のあるやつなんていねぇだろ。」



 そう言って笑い飛ばすカリー。しかし、それを言われたシルクは黙り込む。



ーーーそして



「守るべき者なら沢山いるでがんす。カリー。お前もその一人でがんすよ。」



 その言葉には決意が込められていた。二度と目の前で大切な者を失わないと……。



「あぁ、じゃあいつも通り背中はお前に預けるよ。んじゃ、サクセス達を待たせるのもアレだし、ちゃちゃっとやっつけようか。」



 そんなシルクの決意を知ってか知らずかカリーの返す言葉は軽い。しかし、そこには全幅の信頼を感じさせる。


 そしてそのままカリー達は歩みを進めると、敵の軍に動きが見えた。


 横列に並んでいた人型の魔獣達は更に横に広がっていき、列の間に隙間が生まれる。そしてそこから飛び出してきたのは、百騎に及ぶ騎兵型の魔獣達だった。


 飛び出してきた騎兵型の速度は早く、直ぐにでもカリー達のところに接近すると思われたがそうはならない。


 騎兵型の魔獣達は飛び出した後、再度10列横隊に陣形を整え、それからこっちに向かってきたのだ。


 その動きはまるで訓練された兵士を彷彿させる動き。つまり今回の魔獣は、力だけでなく知性もあるという事。そしてそれを指揮しているのは、間違いなく後方に立っている巨人……マグマ将軍であろう。



 その状況を見たカリーは、即座にサジタリウスの弓を取り出した。


 騎兵が接近してくる間に数を減らそうという作戦であるが、それを見たシルクはカリーに弓ではなく剣を出すように伝える。



「ここは俺っちに任せるでがんす。向かってくる敵は全部引き付けて、その足を止めるでがす。その後にカリーとイモコで敵を倒してほしいでがす。」


「できるのか……シルク?」



 少し不安そうに尋ねるカリー。しかし返ってくる言葉は自信に満ちた力強い言葉だった。



「任せるでがんす! 勇者パーティの不落の壁と言われた俺っちを信じるでがんす」



 天狗面でその表情こそ見えないが、その面の下ではその目に闘志が宿っている。

 どうやら完全に吹っ切れたらしい。



「わかった。じゃあタイミングはシルクに任せるぜ。イモコもそれでいいな?」


「御意。任せるでござる。」



 作戦が決まったと同時に、シルクは敵に向かって走りだす。


 目の前に迫るのは凶悪な力を持った騎兵型の魔獣。


 過去にシルクは人同士の戦争で何度も騎兵隊とは戦った事があるが、今迫ってきている敵はそれとは比べ物にならない程強いものだ。


 なぜならば人と魔獣ではそもそもの地力が違う。もしも目の前の騎兵型の魔獣が人同士の戦争で現れたならば、間違いなく一騎当千の活躍をするだろう。それが百騎兵以上迫っているのが今の現状。普通なら絶望とも言える状態だった。



 しかしそんな中シルクは単身で突撃し、その途中で停止すると地面に巨大な盾を突き刺す。



「ヘイトアトラクション!」



 シルクがそうスキルを唱えた瞬間、綺麗に横列に並んでいた騎兵型の隊形が崩れ、一斉にシルク一人目掛けて突撃をし始めた。


 そう。今しがたシルクが使ったスキルは、一時的に敵の意識を自分に向けるスキルだった。


 効果時間は長くないが、ドーム状に広がるスキルの効果を受けた敵は、強制的にシルクに意識が向いてしまうのである。このスキルによって、シルクは過去に何度も仲間の窮地を救ってきた。



ーーそして、続けて二つのスキル名を叫ぶ。



「聖光金剛盾! 不落城塞!」


 

 【聖光金剛盾】は、自身の守備力を一時的に特大上昇させ、魔法やブレスに対しても抵抗力があがるスキル。


 そして【不落城塞】というスキルもまた、防御力を大幅に高めるスキルだった。


 つまり今のシルクは二重に防御力をアップさせるスキルを使っている。


 更に不落要塞にはもう一つの効果があった。それは敵の攻撃力が自分の防御力よりも低い場合、攻撃した敵にその攻撃力分のダメージを反射させ、強烈なノックバック効果を付与するというもの。



 まさにこの二つの防御スキルこそ、前の世界でシルクを不落の壁と言わしめたものであった。


 これらは、シルクが大切な者を守る為……二度と大切な者を失わない為に血の滲む努力の末に手に入れたスキルである。



 当然そんな事を知るはずもない騎兵型の魔獣達は次々とシルクに突撃していき……そしてその全てが、まるで巨大な壁に弾かれたかのようにドーンという音をさせながら弾き飛ばされていった。


 そうして騎獣から落っこちた人型魔獣達は、続けて襲い掛かってきたカリーとイモコにその命を刈り取られていく。


 今回カリーは攻撃速度重視で双剣を装備していた。シュパパパパッっという音を立てながら、移動と同時に敵を斬り刻むカリー。一方イモコは、神剣マガツカミの柄をガシっと強く握りしめると、その一刀で複数の敵を一刀両断していく。


 それにより、瞬く間に塵へと変わっていく魔獣達。


 敵の突撃からものの一分もかからずに、全ての敵はその場から消えていた。



「なんだよ、全然衰えてねぇじゃんかよシルク」


「当然でがす。俺っちに守れない者はないでがんす」


「よく言うぜ、さっきまで震えていたくせに」


「ふ、震えてなんかないでがんす! 武者震いでがんすよ!」



 騎兵型を殲滅したカリーはシルクの動きを見て安心していた。


 正直年齢を考えればシルクは衰えていても不思議ではない。


 しかし見事攻撃を防ぎ切ったシルクの姿は、過去に背中を預けていたシルクと全く変わりがなかった。


 これならば……とおもった瞬間、今度は上空から無数の矢が飛来してくる。



「次がきたでござる!」



 イモコがそう叫ぶと、シルクは即座にスキルを使用した。



「ラージカバー!」



 その瞬間、三人の前が透明で巨大な盾で覆われた。


 このスキルは先ほど使ったスキルと違い防御力は上がらないが、広範囲に自身の防御力で覆われた盾を展開し、攻撃を防ぐスキルである。



 ザザザザザッっと幾重もの矢がその透明な盾に突き刺さる……が、矢が盾を貫通する事はなかった。

 

 そして三人は目線を上空から前に移すと、そこには大きな盾を前に進む人型と、その後ろで隠れて矢を放つ弓隊と長槍隊が近づいてくるのが見える。遂に本隊の登場だ。



「まじで軍隊を相手にしてるみたいだな」


「問題ないでがんす。敵の攻撃全てを俺っちが受け止めてやるでがす」


「心強いでござるな。それならば某も百人斬りさせてもらうでござる」




 敵の半数以上が一挙に押し寄せてきているにも関わらず、三人の顔は心なしか楽しそうであった……。

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