第79話 末路

 俺は現在、サイトウを捕縛する為、拠点から北西側にある山の奥地に来ている。


 目の前に聳え立つ大きな屋敷。


 その周りを巨大な木製の壁が覆っているが、俺の脚力ならば簡単に乗り越える事ができた。


 そして屋敷の敷地に侵入すると、ムワァッと漂う変な臭いが鼻に入ってくる。酒臭さと血生臭さ、それが合わさったような何とも言えない気持ち悪い臭いだ。どうやらその臭いの原因は、直ぐ近くにある大きな池らしい。


 俺はゆっくりその池に近づくと、思わず目を覆ってしまう。



ーーそこにあったのは、血の色に染まった真っ赤な池だった。



 その中には苦悶の表情を浮かべたまま死んでいる裸の女の子達が浮かんでいる。あまりの酷さに注視することはできないが、体の一部が欠損している者や、目が繰りぬかれている者も目に映った。



(……これが、これが人のする事かよ!!)



 サイトウへの怒りが頂点に達しそうになった俺だが、今だけは冷静になる。本来ならば、この非業の死を遂げた女性達を弔ってあげたいところであるが、それは今ではない。故に俺はその場で手を合わせて冥福を祈るだけに留め、直ぐにサイトウの居場所を探し始めた。



(見つけたぞ! 腐れ外道!)



 俺は屋敷の探索を始めて、ものの数分でサイトウを見つける事に成功する。この屋敷は敷地自体かなり大きいものであったが、個人の隠れ家として使う為なのか、屋敷自体はあまり大きく作られていない。その為、音を立てないように屋敷の中を探し始めると、中央の大きな襖を開けたところ無防備に裸で寝ているサイトウを発見した。



(この顔……間違いねぇ。つか、ここにいる男はこいつだけだろうから間違えるはずもないがな)



 一応人違い等あったら大変なので、寝ているその男がサイトウなのかじっくり眺めてみるが、そもそも間違えるはずもないと気付く。それと同時に、寝ているサイトウの横に裸の女性が4人程並んで横になっているのがわかった。 


 幸いと言っていいのかわからないが、寝息が聞こえる事からどうやら殺されてはいないようだ……とはいえ、間違いなくいつか殺されてしまうのだろう……。



 それを想像するだけで、サイトウをそのまま殺したい衝動に駆られた俺だが、それをグッと抑えてサイトウの枕下まで忍び寄った。


 

 そしてサイトウの首を持ち上げた瞬間、ハンゾウからもらったネックレスを巻き付ける。



(これで大丈夫なのか?)



 一瞬の事とはいえ、間違いなく衝撃があったはず。そのためサイトウが目を覚ますのではないかと警戒するが、サイトウは微動だにしない。


 どうやら成功したらしい。


 このネックレスの効果に睡眠が付与されているとは聞いていたが、しっかりと効果を発揮してくれたようだ。後はミラージュを使ったまま、拠点にサイトウを連れていくだけ。そう考えた俺は、サイトウを持ち上げて担ぎあげる。



 するとサイトウを担いでいるはずなのに、布団にはさっきまでと同じ姿勢で寝ているサイトウがいた。



(凄いなこのネックレス。とはいえ、寝たままの分身だけではいつかはバレるだろうな。)



 そう考えるも、それについてはハンゾウがどうにかするのだろうと思うので、俺はそのまま屋敷から抜け出し拠点に戻っていった。




 ※  ※  ※



 作戦部屋に戻った俺はそこにクズ野郎を投げ入れると、部屋の奥で待っていたハンゾウと目が合う。



「流石はサクセス君。早かったでごじゃるな」


「あぁ、お蔭様で簡単にこのクズを捕まえる事ができたよ。」



 そう言いながら軽くサイトウを足で蹴飛ばしてみるが、サイトウが起きる気配は全くない。



「これで僕チンは完全にサイトウになれるでごじゃる。記憶が無くても変身はできるでごじゃるが、妲己に近づくのであれば完全ではないと危険でごじゃる。」


「あぁ、なるほどね。それで記憶が必要だったのか。」


「それだけではないでごじゃる。この者の被害に遭った者達からの依頼も完遂できるでごじゃる。一石二鳥でごじゃるよ。」



 どうやらハンゾウは情報を売っているだけではないらしい。もしかしたら暗殺とかも含めて多くの事業に手を伸ばしているのかもしれない。まぁ俺には関係ないけど。



「そっか……なら一つ頼めるか? このクズの隠れ家にまだ生き残っている女性達がいた。それに……殺された子達も。できるならなくなった子達は親族に返して弔う等してあげたいんだけど、できるか?」


「お安い御用でごじゃる。というよりも、既にそれは僕チンの影が実行している際中でごじゃるよ。」



 どうやら全て想定済みらしい。まぁ情報屋のハンゾウなら被害者の特定もできるだろうから心配はないが……それにしたって手際が良すぎる。こいつは一体どれだけの情報を持っているのだろうか。俺の性格も既に把握しているみたいだし。



「ありがとう。それを聞いて少しだけ心のモヤが晴れたよ。しかし、このクズ……サイトウセイジだっけか? こいつはマジで許せねぇ。できるなら俺が殺してやりたい……」


「必要ないでごじゃる。それにこいつには生きてもらうでごじゃるよ。」


「はぁ!?」



 ハンゾウの言葉に納得がいかなかった俺は、思わず睨みつけてしまう。しかし、睨まれた方のハンゾウは蛙面なので反応がまったくわからない。殺気も同時に放ってしまったから、本来なら蛇に睨まれた蛙のように縮こまりそうだが、そういう様子もない。



「サクセス君。サイトウがこの国でどれ程恨まれているか理解できるでごじゃるか?」


「数なんかわかんねぇ……けど、こいつのせいで罪のない人が多く殺されたのはわかる! それを殺さないだと? ふざけんなよ!」



 俺は怒りに任せて再度ハンゾウを怒鳴りつける。しかしそれでもハンゾウの口調は全く変わらず落ち着いていた。それが逆に俺を苛立たせる。



「サクセス君は優しすぎるでごじゃる。それだけの悪人を殺すだけで終わりにするでごじゃるか?」



 そう言いながら首を傾げるハンゾウ。


 正直言っている意味がわからない。なんで殺す事が優しいという事になるんだ。



「じゃあ生かしてどうするつもりなんだ? 優しくないお前は?」



 俺はあえて嫌味を口にする。まぁ、実際どうするつもりなのかはちゃんとこの耳で聞いておきたい。



「まずはサイトウの記憶を得るでごじゃる。それによってこいつがやってきた事の全てわかるでごじゃるよ。」


「それは聞いた。それで?」


「全ては無理だとは思うでごじゃるが、サイトウが蓄えた財産を被害者に分配するでごじゃる。実際にはサイトウだけでなく、罪に関わった者全ての財産でごじゃるが。ただこれは直ぐにはできないでごじゃる。だから順次といったところでごじゃるよ。」



 なるほど。確かにそれは建設的な考えだわ。命は返ってこないが、それでもできる限り金という形で償わせる。でも現実的に考えれば、こいつの被害者はかなりの数なはずだし、更にその被害者の親族全員にとなると、普通に考えて不可能だ。いや、やるにしても途方もない時間が必要だと思う。


 だがそれでもハンゾウはやると言った。


 それならば間違いなくやるんだろうな……こいつは。俺は少しこいつを勘違いしていたらしい。とはいえ、それでもサイトウを生かしておく理由はわからない。



「凄いな、お前は。それが事実なら俺はお前を尊敬するよ。ハンゾウ。」


「よすでごじゃる。照れるでごじゃるよ。でもそれが僕チンの信念。これだけは何があっても曲げないでごじゃる。僕チンはあの日に誓ったでごじゃる。卑弥呼様が表からこの大陸を正し、そして僕チンが影となってそれを支える……。」



 その蛙面は表情こそわからないが、多分遠い目をしているのだろう。しかし、今の言葉で少しだけわかった。ハンゾウがここまで俺達に協力する理由が。過去に何があったかはわからないが、ハンゾウは卑弥呼に大きな恩があるっぽい。そして何よりもこの大陸の事を考えている。話した感じからしても多分嘘ではないだろう。



「お前の決意はわかったぜ。だけど、一つだけ聞かせてくれ。なぜサイトウを生かす? ハンゾウがサイトウに変わることができるなら、こいつを生かしておく理由がわからない。」


「それは簡単でごじゃる。このサイトウが行った数々の蛮行の分だけ、あらゆる方法で拷問を加えるためでごじゃるよ。僕チンの想定では1年以上の時間がかかると思うでごじゃるが……。」



(罪の数だけ拷問!? そりゃすげぇわ。)



「そう言う事か。なるほどな、そう言われると確かに俺は優しすぎるな。まぁ自業自得とはいえ、それは想像以上にやばそうだ。」


「そうでごじゃる。普通の人間なら一分もしない内に殺してくれと懇願する内容の拷問でごじゃる。それを一年以上殺さず受け続けるのは、正に地獄でごじゃる。」



 そう口にするハンゾウの顔は少しだけ笑みをこぼしているように感じた。相変わらず蛙面なので変化はないが。



「でもさ、頭いかれちゃったら時間はあまり意味がないんじゃない?」


「大丈夫でござる。当然対策はするでごじゃる。毎回新鮮な気持ちで苦痛を味わえるでごじゃるよ。それと拷問の前に、何をした罪で拷問を受けるかも説明するでごじゃるから、僕チンは親切でごじゃる。」


「……あ、あぁ、そうだな。新鮮な気持ちで拷問って……。それ以上は聞かないことにするわ。」



 流石に若干引いてしまった俺はそれ以上追及するのを止める。とはいえ、サイトウについては因果応報。もうこのクズの事を俺が考える必要はない。後はハンゾウに任せよう。

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