第57話 命乞い
「どうした? サクセス?」
突然大声を上げた俺を見て、心配そうに尋ねるカリー。
「……俺……気づいちまった。」
「ん? だから何をだよ?」
「呪いだよ、呪い! イモコ! ちょっとこっちに来てくれ!」
俺はそう言うと、イモコを呼んだ。
「どうしたでござるか? 師匠。」
「あぁ、イモコには話した事無かったっけかな? 実は、俺も呪われているんだよ。」
その言葉に、そこにいた仲間全員が驚く。
「それは真でござるか!? 体は平気でござるか!?」
心配そうにイモコがそう尋ねると、俺は続けた。
「本当だ。けど、体には問題ない。精神的にはその呪いに何度も追いつめられているがな……。」
「それはまずいでござるな。して、それはどんな呪いでござるか?」
「……童貞の呪いだ。」
は? と、その場にいた全員が言葉を失う。
聞いた事もない呪いというのもあるが、あまりに変な名前の呪いで驚いたのだ。
しかし、それを聞いたシルクは何かを察したのか同情の眼差しを向ける。
「それは厄介でがんすな……。」
シルクがそう呟くと、今度はロゼッタが聞いた。
「おじい様、童貞とはどれ程恐ろしい呪いなのですか?」
「ダメだ、ロゼッタちゃん! 聞くんじゃねぇ、呪われるぞ!」
ロゼッタの質問に思わずカリーが声を上げると、逆にロゼッタは悲しそうな目をする。
「それほど恐ろしいものなのですか? もしかしてサクセスさんは、私以上に……。」
カリーの言葉を聞いて盛大に勘違いしたロゼッタは、目を潤ませた。
それは自身の辛い過去を想像してしまったからである。
「ちょっ! えっと大丈夫だからね、ロゼッタ。おい、カリー! 余計な事を言うなよ!」
「ばぁか。お前がこんなところで、そんな阿呆な事を口にするからだ。場所を考えろよ。」
そう言い返されてぐうの音も出ない俺。
確かにロゼッタの前で話す内容ではなかった。
「くそ、何も言えねぇ。だ、だけどな、俺にとっては深刻なんだよ! ちっ! シルク、ちょっとロゼッタを連れて離れてくれ。俺はこれからイモコと大事な話をするから。」
その言葉にシルクは首を縦に振る。
「わかったでがんす。幸運を祈るでがんすよ。さ、いくぞロゼッタ。」
「えっ? え? でも、サクセスさんが?」
「気にするなでがんす。男には女性に聞かれたくない事もあるでがんすよ。」
そう言ってシルクはロゼッタを遠ざけた。
(あいつ……良い奴だな)
そう思いつつ、更に俺はイモコに状況を説明する。
「話はわかったでござる。しかし、そうなるとそのトンズラ殿が心配でござるな。それに師匠の今の力も……。」
イモコの言葉に、心配になる俺。
確かにこれまで、このトンズラのクソ忌々しい呪いのせいで、散々煮え湯を飲まされてきたのも事実だが、この力があったからこそ生きてこれた事も事実。
であれば、今それを切り離すのはリスクが高い。
脱童貞をとるか……。
力をとるか……。
俺は真剣に悩んだ。
この呪いさえ消えれば、ワンチャン、直ぐにでもシロマと一緒に天国への階段を昇れるかもしれない。
だが同時に、連れ去らわれたビビアンを助ける事や、この大陸に潜む悪とウロボロスに対抗できなくなるかもしれない。
うーん……と唸り声をあげながら俺は悩み続けた。
すると例の如く、目の前にトンズラがモヤっとその姿を現す。
「お、オラを見捨てるだか!? この卑怯者! 租チン! 変態! エロ坊主!」
みんなには見えないが、現れるや否やトンズラは罵詈雑言を吐き出した。
それを聞いて、イラっとする俺。
「うるせぇ! お前の嫉妬にどれだけ苦しんでると思ってんだ。」
「おい? どうしたサクセス? 気でも狂ったか?」
突然の俺の様子に心配するカリー。
やはり、周りにはトンズラは見えないらしい……が、目を閉じたイモコは感じている。
そこに何かが現れた事に。
「師匠。そこにいるのは、もしや呪い本体でござるか?」
「ん? 見えるのか? イモコ?」
「否。見えないでござる。だが、何かがいるのは感じるでござるよ。斬った方がいいでござるか?」
そう言って鞘に手を持っていくイモコ。
その様子を見たトンズラは激しく動揺する。
「やめるっちゃ! 早くとめるべさ! ちょっ! 今のは冗談だべ。謝る! 謝るべさ!」
必死に命乞いをし始めるトンズラ。
なぜかそれを見て、俺の胸はスゥっとして気持ちよくなった。
「どうしよっかなぁ。だって今、散々悪口言われたしなぁ。よし、じゃあイモコ……。」
「待つべ! 本当に悪かったっちゃ! この通りだべ。 ちょっ! 抜かないでけろ!」
刀を抜いたイモコを見て、トンズラは焦りながら言葉を続けると……叫んだ。
「で、できるだけこれからは呪いを抑えるるんだべ、だから……斬り離すのはやめるべぇぇぇ!!」
「ほぅ? そんな事できるのか? イモコ、斬るのはちょっと待ってくれ。」
トンズラの言葉に、俺は今にも斬ろうとするイモコを止める。
「わかったでござる。」
イモコはそう言って、刀を鞘に戻した。
それを見て、ホッとするトンズラ。
「それで、トンズラさん。今のはどういう意味かなぁ? 詳しく吐いてもらおうか。あぁん?」
だが俺はトンズラを睨みつけると、奴は震えながら答える。
「さ、最近気づいたっちゃよ。本当だべ! 信じてけろ!」
「だぁかぁらぁ、俺が聞きたいのは抑えるってのはどういう事かって聞いてんだよ! この童貞が!!」
激しくブーメランなセリフを言い放つ俺に、トンズラは答えた。
「え、エロ本くらいならちゃんと読めるべさ……。」
………………。
それを聞いてあの時を思い出した俺は、再び激昂した。
「あれは、やっぱりお前の仕業かぁぁ!!」
「ひゃああ! 違うべさ。本当に、さ、最近知ったばかりだっぺよ。多分、サクセスが呪いで精神にダメージをくらうことで、オラの胸のモヤモヤが小さくなって呪いが弱まったんだべ。だから堪忍してけろ。」
いつまでも言い訳がましい男である。
これでも、一時は世界を救った勇者であるのだから……情けなくて涙がでそうだ。
だがそれよりも、一つだけ聞き逃せない事がある。
「お、お前……。ていうと、何か? お前は今までずっと俺を見て、スカッとしてきたって事だな?」
その質問に「その通りだっぺ」と爽やかな笑みで一言漏らしたトンズラは、慌ててその口を塞いだ。
それを聞いた俺は、沸々と怒りが湧き上がる。
そう。このやろうは、散々俺の悲劇を目にして笑い転げ、気持ち良くなっていたという事実。
これを許せるほど、俺は寛大ではない。
「ち、違うべ。今のは誤解だっぺ! な? な? 話合うべよ。お互い童貞同士。話せばわかりあえるっぺさ。」
お互い童貞同士というそのセリフに、俺の眉間に血管が浮かび上がった。
「全部お前の仕業だろうがぁ! 二度と出てくんな、馬鹿!!」
俺はそう叫んで拳を振り抜くと、トンズラはドロンっと消えていく。
あまりの怒りに俺の息は荒くなっていた。
「……はぁはぁ、あの野郎。まじで次現れたらただじゃおかねぇ。って、あ! くそ、また大事な事を聞き忘れた!」
俺はあまりの怒りに、呪いを弱めるという事について詳しく聞くのを忘れてしまう。
そんな俺を見て、イモコが心配そうに声を掛けた。
「大丈夫でござるか? 師匠。本当に斬らなくてよかったでござるか?」
「……あぁ。むかつくけど、それはやっぱり今じゃねぇ。全て終わったら、イモコにあいつをみじん切りにしてもらうよ。」
俺がそう言うと、イモコはどこか浮かない顔をしている。
「頑張るでござる。とはいえ、某が斬れるのは呪いとつながった鎖のみ。それに実は、先の者と師匠の間に鎖を感じられなかったでござるよ。」
その言葉に俺は驚いた。
「え? どういうことだそれ? だってさっき斬ろうとしてたじゃん。」
「それは何となく、あのままでも本体を斬れそうな気がしたでござるが……思えば無理だったかもしれないでござるな。」
イモコから発せられる絶望的なセリフ。
やって見なければわからないが、もしかしたらこの呪いはイモコでもどうにもならないかもしれない。
それをどこかで聞いているトンズラは、きっと今頃胸を撫で下ろしているであろう。
「そんなぁ~。でもまぁ仕方ないか。それについては、また何かいい方法があったら試すとするよ。つかそれより、なんであいつあんなに性格悪いの? 童貞こじらせるとみんな、ああなるのかな?」
ちょっとだけ、俺は不安を覚えた。
確かにトンズラに同情する気持ちはあったが、あれは酷すぎる。
もし自分もこのまま童貞のまま死んだら、同じようになると思うとゾッとした。
「よくわかんねぇけど、気にすんなサクセス。人は人だ。それにお前には恋人がいるんだろ? だったら、その時がくるまでビッとしてろよ。」
状況が全くわからないはずのカリー。
しかし、そのセリフに少しだけ救われた気がした。
確かに今の俺には、愛する女がいる。
それも三人もだ。
いつか昇る大人の階段の為にも、いつまでも女々しく考えることは無い。
そう思った俺は、気持ちを立て直す。
「サンキューカリー。確かにそうだな。あいつはあいつ。俺は俺。じゃあ待たせて悪かったけど、みんなのところに戻ろう。」
こうして結局童貞の呪いを消す事のできなかった俺は、みんなと一緒に野営地に戻る事にした。
ーーその日の夜。
夢の中で……
「絶対呪いは弱めてやらねぇっぺよ。」
と言いながら、アッカンベーをするトンズラを見た。
「あのやろう、いつか絶対ぶっ飛ばす!!」
目が覚めた俺は、そう固く誓うのであった。
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