第53話 ゲロゲロのピンチ
黒き大雨が降り注ぐ大地。
その上空に向かって、一匹の大きな蠅がうるさい羽音を響かせながら舞い上がっている。
三つの頭部を持つその蠅は、その顔にある無数の眼玉をギョロギョロと動かしながら、周囲の状況を確認していた。
人の多くは虫の姿を忌避する。
その羽音を聞くだけで、全身がゾッとするものもいるだろう。
だが、今そこにいる蠅はそんなレベルではない。
あまりに醜悪。
あまりに悍ましい(おぞましい)
――そして
あまりに巨大すぎた!
その化け音は、羽の長さを合わせれば優に10メートルはある。
こんな化け物が街に襲い掛かってきたら、間違いなく誰もが逃げ出すだろう。
例えどんな屈強な戦士であろうとも、この相手を前に戦おうと思う者はいないはずだ。
そしてそんな相手を前に、上空に飛び立ったゲロゲロがそれと向かい合う。
「ゲロロン!(お前まずそう!)」
その化け物を見てゲロゲロはそう吠えるや、次の瞬間、ゲロゲロの口から聖なるブレスが放たれる。
その白く輝く息は、周りに降り注ぐ暗黒の雨を消し去りながらも、蠅に向かって一直線で飛んでいった。
――しかし、
ブレスが放たれたであろう場所に、巨大な蠅はいない。
ゲロゲロは敵を消滅させたかと思い油断すると、ゲロゲロの後方から黒いモヤが襲い掛かってきた。
「ゲロぉ!?(なに!?)」
即座に反応したゲロゲロは、そのモヤを爪で斬り裂くも、それは変わらず向かってくる。
そこでやっと気付いた。
その黒いモヤの正体がなんであるかに。
蠅だ。
そう。それはモヤではなく、小さき蠅の大群だったのだ。
そして斬撃から逃れた蠅は、ゲロゲロの体にまとわりつく。
「ゲロォォ!(痛っ!)」
その小さき蠅は、一匹一匹に獰猛な牙を備えており、大量の蠅がゲロゲロの体にかみついた。
大きなダメージこそないが、突然全身に感じる痛みに驚き、たまらず高速で飛翔して振り払おうとするゲロゲロ。
それによって大部分の蠅が体から離れるが、その隙を化け物が見逃すはずもない。
突然ゲロゲロの横っ腹にダメージと衝撃が走る。
「ゲッ!」
ゲロゲロに近いの速さで飛翔する巨大蠅は、ゲロゲロの死角から突撃すると同時に、三つの頭でゲロゲロの胴体を噛み千切った。
飛び散るゲロゲロの血潮。
「ゲロロォォーン!」
上空にゲロゲロの悲痛な叫びが響く。
だがゲロゲロも負けていない。
敵が自分に噛みついている今、攻撃するには絶好のチャンス。
痛みに耐えながらも、ゲロゲロはその爪に光を宿した。
ディバインクロー
爪から放たれる光の斬撃は、体に噛みついている巨大な蠅の胴体を一刀両断する!
……かに見えたが、巨大蠅はゲロゲロが爪を振り下ろす直前に高速で離脱した為、ディバインクローの直撃を免れた。しかしそれでもその一撃は、蠅に生えている二頭を斬り落とす事に成功する。
「グギャァァァオォォォ!」
今度はさっきと変わり、巨大蠅が叫び声をあげながらその体を地上に落下させていく。それにトドメを刺すために急降下しながら接近するゲロゲロ。だがしかし、突然全身から力が抜けていってしまい、両者共にそのまま地面に落下してしまった。
大きな音と同時に、地上に開いた二箇所の大穴。
その内1つの穴から這い上がったゲロゲロは困惑している。何が起きたかゲロゲロ本人すらわからなかったからだ。ふとゲロゲロは先ほど噛まれた場所に目を向けると、傷口の周りが黒くなっているのに気付いた。それを見て、ゲロゲロは生まれて初めて恐怖を覚える。
その傷口の黒い物の正体は、
ーー大量のウジムシだった。
そのウジムシは、その口から絶えず何かを吐き出してゲロゲロに注ぎ込んでいる。
自分の体に起きている悍ましい状況。
混乱したゲロゲロは、噛まれた腹部に目掛けてブレスを吐いた。
「ゲ……ロォォォ!!」
ゲロゲロの口から悲痛な叫びがあがる。
自分の体を自分のブレスで焼いたゲロゲロ。ましてや焼いた場所は傷口であり、その激痛は想像するにたやすい。
だがそれでも、今のブレスによって悍ましいウジムシどもは消えた。
しかしゲロゲロのダメージはかなり大きく、満身創痍とまではいかないが、直ぐに動ける状態ではない。更に最悪な事に……目の前の巨大蠅は、いつの間にか斬り裂いたはずの頭部を生やして立っている。
よく見ると、降り注ぐ黒き雨が巨大蠅の体を回復させているようだった。
傷口に雨が当たると、煙を発生させながら欠損部位が回復していっている。つまりそれは、この雨が続く限り目の前の化け物は回復し続けるという事。
その事実がゲロゲロの心を折る。
ゲロゲロにとって、巨大蠅は天敵とも言える程相性が悪い相手だった。
ステータスだけ見れば、素早さを除けば、この巨大蠅はゲロゲロの強さに遠く及ばない。しかし継続ダメージに特化した巨大蠅は、少しでもダメージを与えられれば、ゲロゲロを倒す事ができる。
もしもゲロゲロが最初から本気を出していれば、余裕で倒せたかもしれない。
だが、遅い。遅すぎた。
今のゲロゲロは力の半分も出すことができなくなっている。先ほどのウジムシの攻撃で、ゲロゲロのステータスは一時的に下げられてしまったのだ。それでも攻撃力、防御力の両面で巨大蠅を圧倒しているが、素早さの低下は致命的。
このままでは殺される。
ゲロゲロは初めて、自分に死が近づいている事を感じた。
すると完全に回復した巨大蠅は、再度空に飛びあがると、そこからゲロゲロ目掛けて急降下してくる。
今の状態ではそれを躱すことはできないが、体当たりをくらったところでゲロゲロの防御力が破られる事はないだろう。
だがしかし、傷口に例のウジムシを植え付けられたら今度こそ完全にヤバイ。
一瞬、ゲロゲロは自分の死ぬ未来を想像してしまった。
ゲロゲロは一度自分が死んで魔石になった時、どれ程サクセスが悲しんだかを知っている。
もう二度と大好きなサクセスにあんな思いはさせたくない。
しかし、無常にも死は刻一刻と近づいてくる。
死にたくない!
ゲロゲロがそう強く願ったその時である。
突然、急降下する巨大蠅の羽が切断されて落下した。
「ゲロゲロ! あれを使え!!」
その耳に聞こえたのは、ゲロゲロが誰よりも大切に思う者……サクセスの声だった。
それを聞いて立ち上がったゲロゲロは、言われた通りアレを使う。
ホーリークラッシャー
ゲロゲロはその両腕を上空に掲げると、爪の先に浮かんだ巨大な白き球体を落下してくる巨大蠅に放つ。
上空でぶつかる白と黒。
ホーリークラッシャーは、巨大蠅に直撃した瞬間に大爆発を起こして、周囲の黒き雨事全てをかき消した。
そしてその光が消えた後……そこに巨大蠅の姿は無い。
どうやら完全に消滅したようだ。
消えた場所付近でも、雨によって復活する様子は見受けられない。ふと先ほど声がした方を見ると、未だに巨大な亀と戦っているサクセスが見える。サクセスは戦いながらも、遠くから自分を救ってくれたのだ。
その事実に、ゲロゲロは不甲斐なく思うと同時に胸が熱くなった。
「ゲロ……ロン。(サクセス……大好き)
だがそう呟く声は小さい。
ウジムシを排除したはずなのに、未だに継続ダメージが続いており、体力がどんどん失われていたからだ。
――しかし
「大丈夫ですよ。今治しますから。」
そこに突然現れたのはシロマだった。
シロマはそう言うと、ゲロゲロの体から未知の毒物を浄化していき、そして傷を回復させていく。
実はシロマは、サクセスとの約束を完全には守っていなかった。
森までは走っていったシロマは、シルク達と一緒にライトプリズンの中には入っていない。その中間地点で立ち止まると、どっちにでもすぐに動けるように準備していた。それが功を制し、敵が消えたのを見計らってゲートで駆け付けたのである。
そしてゲロゲロを回復させたシロマは、人差し指を口の前で立てて、
「サクセスさんには内緒ですよ。」
そう言い残して、再びゲートを使って元の場所に戻るのであった。
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