第83話 男の約束

「それでは最終ラウンドです。ブレイク……します!」



 セイメイは、そう言うとビリヤード台に立ち、ブレイクショットを打った。



 カンっ!!



 その一撃は、今までで一番強く、第一ラウンドよりも球が大きく散らばった。



 右の数は……1,2,3……8!

 俺からだ!



 どうやら最終ラウンドの先手は、俺に決まったようだ。

 正直、先行でも後攻でもそこまで差はないのだが、さっき先行で勝てたのもあり、俺は勢いづく。

 そして俺は、ビリヤード前に立つと、自然に言葉が漏れだした。



「俺は……まだ何もわかっていないガキだ……。だけど、少しは成長しているところを……」



 コンっ!


 ガコ!



「見せてやるんだ!!」



 俺の第一球は、見事に穴の中に入る。

 さっきまでの無言の試合と違い、なぜか俺は、独り言を呟いてしまった。

 最終ラウンドの雰囲気に飲まれないように、俺の防衛本能がそうしたのかもしれない。



 すると……



「俺も、昔はガキだった……。人の意見に耳を傾けられず、ただ自分の才能に……」



 コンっ!


 ガゴッ!



「溺れているゴミだった!」



 カリーも俺と同じように、独り言を呟きながらショットを打つ。

 そしてそれは、当然の様に穴に吸い込まれていった。



 その後も、二人の戦いは続く。


「俺は自惚れていた。それに気づいていない振りをしつつ……ずっと自惚れていた!!」



 コンっ!


 ガゴっ!



カリー

「俺は……人の痛みがわからないクズだった!!」



 コンっ!


 ガコッ!



「そんな俺を、いつも陰ながら成長させてくれる奴が、俺にはいた!!」



 コンっ!


 ガコっ!



カリー

「俺に優しさと痛みを教えてくれた人は……大事な女だった!」



 コンっ!


 ガコっ!



 その後も、俺達の独り言は交互に続いた

 それは相手ではなく、自分に言い聞かせているかのように。

 打った球は、その想いと同じく真っすぐに全て穴に向かって行く。

 そして、一球一球に込められた想いが昇華されるように、球は穴に吸い込まれていった。



「俺は感謝している! だけど、そいつに酷い事言ってしまった!」


 

 コンッ!


 ガゴッ!



カリー

「俺は……謝罪と感謝を伝えたいのに……その相手は、もうこの世のどこにもいない!!」



 カンッ!


 ゴン!!



 その玉は今まで一番強いショットであったが、それでも球は、穴に吸い込まれる。

 俺は気づかなかったが、この時、カリーの目には涙が溜まっていた。

 カリーが言っているのは、前に言っていた、亡くなってしまった最愛の人の事である。



 今ので8球が終わり、残すところ後7球。



 全てストレートで進んでいるため、時間はかかっていないはずなのに、一球一球が重い為、俺は、実際の時間よりも長く感じていた。



 そして第9球。



「俺は、そいつを尊敬している。本当の兄のよう……に!!」



 コンッ!


 ガコッ!!



カリー

「俺は……人に尊敬されるような人間じゃ……ない!!」



 コンっ!


 ガコッ!



「俺はそいつのように……なりたい!!」



 コンッ!


 ガコッ!



カリー

「俺と同じ想いは……絶対お前にはさせない!!」



 コンッ!


 ガコっ!



「それなら、俺は尊敬する兄……いや親友の為に、過去も未来も変えてみせる!!」



 コンっ!


 ガコ!!



カリー

「そんな事できるわけがない! だが、俺は……もう、絶対大事な奴の未来を奪わせない!!」



 コンッ!


 ガコッ!



 いつの間にかヒートアップしていた俺達の思いは、言葉となり、その部屋に響き渡っていた。

 そして今、遂に14球が終わる。


 お互い独り言のように、言葉を漏らしていたはずなのに、いつの間にか二人の言葉は一つとなった。

 ファイナルラウンドが始まってから、俺もカリーも一度も目を合わせていない。

 だけど、試合と共に、心が一つに混じり合っていくのを感じる。



 そして運命の第15球目……。



 ここまで俺のスコアは、1,3,5,7,9,11,13……49

 カリーのスコアは、2,4,6,8,10,12,14……56



 ここでもしも俺が決めたら、49+15+ボーナス30で94ポイント

 カリーとの得点差は38点。

 現在俺は36点差で負けている。

 つまり、2点差で俺の勝利だ。



 しかしこの時、俺の頭の中にそんな計算は全くない。

 ただ、目の前の勝負と……そしてカリーと正面から向かい合っているだけだった。



「俺は約束する……必ず……この手で、世界も親友であるお前も! ……全て救ってみせる!!」



 カン!!


 ガッ……



 グルン……!



 ここに来て、俺は初めてショットを外す。

 しかし、外した事が気にならないほど、俺の集中は続いていた。

 そしてカリーも……。



カリー

「なら……救ってみせろ!! 俺も……お前も……。 約束だ!」



 カン……。



 コン……。



 ゴロゴロゴロ……スッ……。



 最後の一球が穴に落ちた。



 つまり、この勝負……カリーの勝利!

 だが、俺はそんな事を気にもせず、カリーに近づくと、両手でその肩を抱きしめた。

 見ると、カリーは目から涙をあふれさせ、その肩を震わせている。



「ありがとう……カリー。そして、色々酷いことを言ってごめん。本当に俺は、情けないクズだ。」



「違うんだ……。あれは、俺が、うまくできなかった……。謝るのは俺の方だ。大人気なかった。それに、お前に言われた通り、俺はお前に嫉妬している。それは事実だ。」



 大切な者を自分のせいで失ったカリー。

 大切な者が傍に居る俺。



 当然、平気なフリをしていても、カリーだって思うところはあったのだろう。

 もしも、大切な人が生きていたら……。

 そう思えば、やるせない気持ちになって当然だ。


 そして、そんな事が頭に過ってしまう自分自身を、カリーは許せなかったのである。



「そうか……。だったらもう一度俺は約束する。お前のあるべきだった未来の幸せを、俺は必ず救ってみせる! 約束は命がけだ。そうだろ? カリー?」


「あぁ……そうだ。できない約束は絶対にしてはいけない! それがわかってていってるんだな?」


「当然だ。俺はこの命を懸ける。まだどうすればいいかはわからないが、できなければ俺は死ぬ。その覚悟がある。親友のお前が幸せになれない未来を生きるつもりは……俺には無い!」


「はっ! じゃあ、俺はお前を絶対守るって約束しているからな。俺もお前を死なせないように、一緒に過去も未来も取り戻さなきゃなんねぇな!」


「あぁ、共に行こう! カリー!」


「そうだな……。今日から俺とお前は二人で一つだ。男の約束だ、サクセス!」



 俺とカリーはがっちりと腕を組み合わせる。

 すると……。



 パチパチパチパチ……。



 娯楽室に拍手の音が響き渡る。



 ふと気づくと、いつからそこにいたのか、シロマ、イモコ、そしてセイメイが立っていた。



「お゛お゛お゛ぉぉぉ! 師匠!! カリー殿!! 某は……某は!! 感動したでござる!!」


「サクセスさん……カリーさん……。よかった……。」


「サクセス様、カリー殿。素晴らしい試合でございました。」



 イモコは、なぜか号泣しており、シロマとセイメイもその瞳に涙を溜めている。



「みんな? なぜ? いつから?」


「そんな事はどうでもいいでござるよ!! 某は……某は……。」


「イモコさん、もう泣かないで下さい。サクセスさん達が困りますよ。」


「そうおっしゃるシロマ様も泣いているではございませんか。」



 俺の質問には、誰も答えられない状況。


 しかし、これだけははっきりと言っておかなければならないだろう。



「みんな。丁度いいから聞いてくれ。俺はこれからこの船を降りる。だから到着は遅れるかもしれない。だけど、必ずサムスピジャポンにはたどり着くつもりだ。なので、これからはカリーをリーダーに進んで行ってくれ。」



 そう、俺は負けている事にさっき気付いた。

 だからこそ、約束は守らなければならない。



「そう言う事だ。だからみんなすまないが、サクセスをサムスピジャポンで待っててくれ。俺もサクセスと一緒に泳いで向かう。」


「おい! カリー! それじゃ勝負の意味がないだろ! カリーは残っててくれ! 俺が一人で行く!」


「お前がさっき言ったんじゃねぇか。共に行こうって! 俺とお前は二人で一つ。お前が行くところが、俺が行くところだ。そして、俺はそれまでずっとお前の傍で戦う。」



 あぁいえばこういう。

 ったく、カリーらしいな。

 だが、確かにそうだな。

 しかたない、二人で行くか!



 俺がそう思った時だった。

 突然セイメイが喋りだす。



「それでは、この勝負……カリー殿の勝利です。負けたサクセス様は、約束通りこの船を降りてもらいます。」


「あぁ、それは分かってる。」


「いいえわかっていません。私は、最初から最後までずっと一緒に聞いていました。勝敗の条件もです。カリー殿は、負けた方がこの船を降りると言っていましたが、その時期は言っておられませんでした。ですので、サクセス様は負けたのですから、サムスピジャポンにこの船が着いたら、必ず船を降りてもらいます。」 



 !?



「ちょっ! それは屁理屈だろ!?」


「あぁ、そうだな。こりゃ、一本取られたな。サクセス、負けを認めろ。審判の言う事は絶対だ。」



 そういうと、カリーは笑っている。

 


「そう言う事ですので、サクセス様。拒否はできません。なぜなら、あなた様は負けたのですから。」


「クソッ! わかったよ! 約束は絶対だったな。やっぱりセイメイには勝てないわ。お前とイーゼ、いい勝負だよ。」


「そうでございますか。イーゼ様という方には会った事はありませんが、是非一度お会いしとうございます。」


「いや、それは約束できないな。なんか、怖い事になりそうだ。」


「それよりサクセスさん。夕飯まだですよね? 上に用意してありますので、みんなで食べましょう。ここにいるみなさん、全員がまだ食べていないんですよ。」



 シロマにそう言われると、確かに急にお腹がすき始めた。



「そうだな。じゃあ、みんなありがとう。本当に俺は仲間に恵まれている。こんな不甲斐ない俺だけど、これからもよろしく頼む!」



 俺がそういうと、全員笑って頷いた。

 



 本当にありがとう……みんな!

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