第77話 仲違い
船での生活は早くも一週間が過ぎた。
朝6時に起きて、夜10時に寝る。
こんなに規則正しい生活をしたのは何年ぶりだろうか。
通った事はないのでわからないが、まるで住み込みの訓練学校に通っている気分である。
お蔭様で俺の戦闘における知識や基礎は、今までと比べ物にならない程向上した。
更には新スキルと新魔法の習得。
あとはそれら全部を含めた実践演習だけである。
運がいいのか、悪いのかわからないが、今のところ魔物に襲われることはなかった。
それゆえに、実際に海の上での戦闘は発生していない。
カリーによる実践演習を受けてからの方が良かったのもあったので、やっぱり運がいいって事だろう。
という事で、本日より早速海上演習が始まる。
「今日の演習は、海での歩行に慣れてもらう。俺がリヴァイアサンの時やっていたことは覚えているな?」
「サー! イエッサー! 覚えております! 教官!」
この一週間で、変わった事がいくつかある。
俺はカリーの事を尊敬の念を込めて、訓練中は教官と呼ぶことにした。
カリーはそれを最初は照れて、やめろとか言ってたが、今では満更でもないらしい。
俺も俺で、なんとなくだがこういうのに憧れていたのもあり楽しめている。
つまりは、ウィンウィンということだ。
「うむ、気合の入ったいい返事だ。じゃあ説明は省略するが、実はあの技術、簡単そうに見えて結構難しい。力加減やタイミングが必要なんだ。いくらサクセスでも、最初から上手くできるとは思えない。少なくとも、船に追いつけるほどとはな。まぁとりあえず物は試しだ、やってみろ。」
「サーイエッサー!」
カリーに言われた俺は、即座に船から海に向かって飛び降りる。
ちなみに、今から10分間だけは船を止めてもらっていた。
カリーがイモコに依頼したのだ。
イモコも10分位なら影響はほとんどないとのことで了解している。
俺は以前カリーがやってみたように、海面に着地したのだが……
ドボン!!
パキパキパキパキッ!
普通に海に沈んだ。
しかも沈むだけでなく、足元はどんどん凍っていく。
凍ってくれたおかげで体全部が海に沈むことはなかったが、逆に簡単に抜け出せなくもなっていた。
「なんっじゃこりゃ!」
「あっはははは! だからいったろ? 簡単じゃねぇって。俺の氷属性付与は万能じゃねぇ。凍らせると言っても、体重をカバーできるのは一瞬だ。しかも広げる足幅によっても耐久性が変わるし、体重移動の技術も必要だ。」
「先に言えよ!!」
「何でも教えたら成長しないだろ? 失敗するのも必要な経験だぜ。特に訓練ではな。」
さっきまで教官ごっこをしていた俺達だが、突然のアクシデントで通常に戻ってしまった。
くっそーカリーめぇぇ。
いいだろう、やってやるよ!
すぐにこんなもん慣れたるわ!!
なんとか力ずくで海の上に立つ俺。
長く海に浸かっていたため、氷が厚くなっており、今だけは普通に立つことができた。
とにかく、ここからだ。
体重移動に歩幅、それと多分タイミング。
確かにこればっかりは、体で覚えるしかねぇな。
それから俺は苦戦しつつもなんとか、海の上で歩くことはできるようになった。
しかし、このままだと船が動いた時にまるで追いつける気配がない。
それに、こんなんじゃ激しい実践訓練なんて無理だ。
「よぉーし、いいぞサクセス。戻って来い。そろそろ時間だ。」
あっという間に10分は過ぎて行った。
くそ、もう少し時間があれば……。
「これ、難しいな。そう考えると、地上のように走っていたカリーはとんでもなく凄いな。」
「そりゃあな。俺だって最初から上手くいったわけじゃねぇよ。何度も練習して、できるようになったんだ。」
「これじゃ、もう海の上での訓練はできないな。午後も基礎訓練にするかな。」
俺は今回の事で海の上での訓練を諦めた。
毎回、船を停めるわけにはいかないし、そもそも海の上で戦うことが目的ではない。
激しく訓練する前提として、海の上を提案しただけで。
つまりは、海上歩行にかまけている位ならば、基礎訓練を反復した方がいい。
「なんだよ、もう諦めるのか? らしくねぇじゃんか。」
「いや、諦めるというより合理的に判断しただけだよ。」
「合理的ねぇ~。お前成長してねぇな。」
俺がそう言うと、カリーが挑発してきた。
今のは聞き捨てならない。
今回、俺はただ諦めたわけじゃない。
ちゃんと、未来の事とどっちが有効か天秤にかけて判断した結果だ。
「あぁ? ちょっとできるからって調子乗んなよ?」
「おいおい、逆切れかよ? サクセス、お前は楽な方に逃げすぎだって俺は言ってるんだよ。」
「楽な方に? 俺はそんな風に考えてなんかねぇよ。」
「いぃーや、考えてるね。そもそも人間って奴は、自然と楽な方を選ぶようにできてんだよ。後はそれを認めるか、認めないかだ。」
「じゃあなにか? できもしない、意味も少ない事にだけかまける事が大切だって言いたいのかよ?」
「そんな事を言ってるわけじゃねぇ。お前、できないって直ぐに自分で判断して、そこで思考を切っただろ? その上で他の選択肢を探したんだ。違うか?」
何を言ってるんだカリーは?
喧嘩売ってるのか?
ちょっと教官だったからって調子乗り過ぎだろ。
「そうだよ。悪いかよ。できない事を無理にやろうとするのは愚かだって教えたのは、お前だぜ。カリー。」
「その通りだ。その言葉を撤回するつもりもなければ、俺は今でもそう思う。だけどな、サクセス。今回できなかった事で、他に方法がないか俺に聞いたか? 俺じゃなくてもいい、イモコに今後の予定航路を聞けば、まだ練習できるかもしれない。そう言った事を何一つしないで、お前は簡単に一度失敗したことでそれを諦めたんだ。本当に無理かどうか、ちゃんと確認せずに、お前はその選択肢を切り捨てたんだよ。」
はぁ?
それの何がいけないのか、全く意味がわからねぇ。
「ふざけんな。大体今回の事だって、事前にもっと説明していれば時間を有効に使えただろ? それをしなかったのはカリーのミスじゃねぇか。自分のミスを棚にあげてよく言えたもんだな。」
「あれはミスじゃねぇよ。わざとだ。」
「ならもっとタチが悪いじゃねえか。もしかして、俺とシロマがいちゃついてるのを見て、昔を思い出して悔しかったのか? それで俺に八つ当たりしてたんだろ? 違うか!?」
俺がそう言うと、カリーの顔から表情が消える。
「お前……それ本気で言ってるのか?」
「本気も何も事実だろが。」
「あぁ、わかった。わかったよ。じゃあ好きにしろよ。俺も勝手にさせてもらうぜ。」
「こっちのセリフだ!」
こうして俺達は喧嘩別れをしてしまった。
だけど、あんなひどい目にあわされて、挙句にあんなこと言われたんだ。
俺だって我慢にも限界がある。
カリーの性格があんなに悪かったなんて知らなかったぜ。
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