Episode of Leecyun 3

 リーチュンは、案内されるがまま、馬車の中に入っていくと、一人の女性が横になって倒れていた。

 年は少し上に見え、赤毛の髪に、その細い体を包む服装は軽装。

 見た感じ、職業はレンジャーっぽい恰好である。


 だが、それよりも目を引いたのは、その状態だった。

 全身が傷だらけであり、その体に巻かれている包帯には、大量の血が滲んでいる。



「ねぇ、この子大丈夫!? ごめんね、アタイ、回復薬もってない……。」



 負傷者を目の前にしたリーチュンは、助けることができない事に申し訳なさそうにした。



「お気になさらないでください。彼女は今回のパーティのレンジャーをやっている者ですが、応急処置は済んでいます。町に戻れば、もっとちゃんとした手当てを施す予定ですので。」


「そう……。ごめんね。今度からちゃんと薬草もっておくわ!」


 

 アイテム管理はシロマとイーゼの担当。

 いつも何も考えずに、用意などもしてこなかった事に後悔をした。



「その気持ちだけで結構ですよ。それに、こんなのは日常茶飯事ですし……。ピラミッド内には、無数の罠が設置されている為、危険は付き物なのです。その為、レンジャーはとても貴重です。今回、彼女が生き残る事ができた事は、幸運でした。」


 

 やはりその子は、リーチュンの見立て通りレンジャーだった。

 しかし、そんなことよりも、ピラミッドの危険性を聞き、目を開いて驚く。


「ええ! そんなに危険なの? ピラミッドって!」


「はい。敵は強力ですし、危険な罠も多いです。そして、罠一つでパーティが全滅することもあります。それなので、ピラミッド攻略には強さと同時に、凄腕の盗賊やレンジャーが必須なのです。」



 リーチュン自身、ダンジョンを攻略した経験が少ないため、危険と言われても、その想像が難しい。

 しかし、目の前にいる傷だらけのレンジャーを目にすれば、否が応でもその危険性は理解できた。



「そっかぁ。アタイは腕っぷしには自信があるけど、運がないからねぇ……。」



 罠と聞いて、不安を覚えるリーチュン。

 いにしえの塔では、サプライズボックスを一発で引き当てて、危うく死にそうになった。

 もし、あの時、ゲロゲロがいなかったら……。



「安心してください。探索は一人で行うわけではありませんし、その為のトレジャーギルドです。町に着いたら、ギルドに行ってトレジャー登録をしてください。もしよろしければ、我々のパーティに入っていただけると助かります。今回、ほとんどのメンバーを失いましたので……。」



 男は沈痛な表情をして、リーチュンを勧誘する。

 その姿は、仲間が死んだにも関わらず、直ぐに違う仲間をスカウトしている自分に対し、罪悪感を感じているようだった。


 しかし、リーチュンは早速パーティメンバーが見つかった事に喜ぶ。

 その男が、何を考えてそんな表情をしているかなど、リーチュンに気付くはずもなかったのだ。



「ほんと!? やったーー! じゃあよろしくね、ところで、アンタの名前は何ていうの?」


「私は、ズラーです。今、御者を務めているものがヤッキーで、このレンジャーの子は、ロンジョと言います。全員、子供の頃からの腐れ縁で、今回は運よく、我々だけが生き残ることができました。」



 ロンジョ、ヤッキー、ズラー

 リーチュンは頭の中で、その名前を一度繰り返してみるが、直ぐに覚えられそうもない。



「へぇー。アタイ、名前覚えるの下手だから間違ったらごめんね。みんな幼馴染なんだぁ、年はいくつなの?」


「私達は、今年で26歳になります。今回のピラミッドで一発当てて……ロンジョにプロポーズする予定でしたが……。」


「えぇ!! そういう関係なの? もしかして三角関係?」



 思わぬコイバナに目を光らせるリーチュン。

 いつでも乙女の好きな話題は、コイバナである。


「えぇ……まぁ……はい。ですが、それはいいとして、リーチュン様は、なぜピラミッドを攻略したいのですか?」


「様はいらないよ! リーチュンって呼んで! うんっとねぇ~、なんだろ。欲しいものを探してる感じかな!」


 

 試練の為に、宝を探しているとは言わない。

 なぜならば、一から説明するのが面倒だったからである。

 故に、リーチュンは簡単に説明した。


 シロマやイーゼがいれば、代わりにうまく話をしてくれるのであるが、残念ながらここにはいない。

 みんなそれぞれが、自分と同じように、孤独な試練を受けているはず。

 寂しい気持ちもあるが、自分も負けてはいられない。

 みんながそれぞれ分担してやっていた事を、一人でやるというのは、思ったよりも大変だと痛感する。



「なるほど。確かにピラミッドでは、不思議なアイテムが見つかることも多いですからね。今回も、レアアイテムを取るために罠にかかり、10人いた我々のパーティは3人になってしまいました。宝箱には要注意です。」


「宝箱に注意……。アタイは、そうね、そういうの無理だから、戦闘だけに専念するわ!!」


「それでいいと思います。ところで、あの……イヌビス様……いえ、マーク様とはどういった関係でしょうか?」



 いきなり話題を変えるズラー。

 どうやら、これが一番聞きたい話題だったようだ。

 目の色が今までと違う。

 若干、猜疑心の色が含まれている目だ。


「あぁ! マークね。さっきいきなり攻撃してきたから、返り討ちにしてやったのよ。だから、今はアタイの可愛いペットね!」


「ぺ、ペット!? それに返り討ちですか!? にわかには信じられませんね。いや、しかし、実際二人のやり取りを見れば……。」


 

 リーチュンの言葉に思わず、大きな声が出てしまう。

 それもそのはず。

 サンドワームの大群を一瞬で倒し、そして伝説とまで言われているイヌビス。

 それを返り討ち等と、普通なら冗談として笑い飛ばすところだ。



「あ! そうだ! それよりも、マークはあのままでも町に入れるかな? ちょっと大きすぎるよね?」


「え? 町に入れるおつもりですか!? 町を滅ぼ……いえ、なんでもありません。しかし、それは流石に、大惨事になりますよ!」


 

 思わず、このリーチュンが魔王である可能性を思い出してしまったズラー。

 しかし話した感じ、魔王ではなさそうと判断したため、なんとかその言葉を飲み込む。



「えぇー。だってマークはアタイのペットだしぃ……。 マーク! 聞こえる!? マーク!!」



 そして、リーチュンは突然大声で、マークに呼びかけ始めた。



「聞こえとりますがな。なんでっしゃろう?」


「マークさぁ、人型とか可愛いワンコとかになったりできない?」


「なにいうとりまんがな。そんな事……できるに決まっとりますやろ。せやけど、わい、この姿が気に入っておりまんねん。変える気はあらへんで。」


「えぇ~! お願いマーク! 可愛いウルフになって! ね? いいでしょ?」



 リーチュンは、マークが変身できると聞いて、可愛かったゲロゲロを思い浮かべる。

 ゲロゲロに似た姿でもいいから、その姿になって欲しかった。



「せやから、わいは……。そうですなぁ、ほな、ワイもピラミッドに連れてってくれるなら、人型になったりまっせ。どやろ?」



 マークは、少しだけ考えてから、なぜか条件付きで承諾する。

 ピラミッドに入りたかったのだろうか?


「えぇ~。ワンコになってよぉー。まぁしょうがないわね。それと、マークはアタイのペットなんだから、当然連れてくわ。」



 人型と聞いて、ちょっと残念そうにするリーチュン。

 だが、やはりいつまでも悲しい思いを引きずる訳にはいかない事から、直ぐに気持ちを切り替える。



「ほんなら、町も見えてきたさかい、ちょっくら変身したりますわ。ほいっ!」


「え? もう町に着いたの? ってえぇ!? もう変身しちゃったの!?」



 町が見えてきたと聞いて、馬車から飛び降りたリーチュンは、早速変身したマークを見て笑った。


「どうでっしゃろ? わい、イケメンでっかぁ?」


「プッ……あはははは……! うっけるぅぅー。それ可愛いじゃん! 顔はイヌのまんまなんだね。」



 マークの顔を指差して笑うリーチュン。

 笑われたマークは、非常に嫌そうな顔をした。 



「だから嫌でしたんですわぁ。まぁええでっしゃろ。もう護衛もいらんやろし、わいも馬車に入ってもええですか?」


「オッケーオッケー! じゃあ町に着いたら一緒にご飯……って、あぁ!! アタイお金もってないわ! マーク、お金貸して!」


「わいが持ってるわけないでっしゃろ。ほんなら、護衛料として奢ってもらったらどうでっせ? なぁ、あんさん。わいらの飯代くらい、命に比べれば安いもんでっしゃろ?」


「もちろん、当然でございます。飯も宿屋もわたくしが準備いたします。ちなみに、これから行く町の名前は、イージスでございます。」


「へぇー。面白い名前ね。アタイ楽しみだわ! 美味しいごっはん!!」


 ご飯を想像して、嬉しそうな顔をするリーチュン。

 そして、何を考えているのか、目を瞑って何もいわないマーク。



 こうして、無事パーティに参加したリーチュンは、変身したマークと共に、町に入っていくのだった。

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