特別編 天空職の花嫁達

Episode of Ease 1

【イーゼ編】


 女神の間にいたイーゼは、まるで電池が切れた玩具の様に、プツンと意識が途切れるとーーしばらくして、そのサファイヤの様に美しい瞳を開く。



「ここは……。」



 目の前に映るは、辺り一面、青々強い葉を宿す木々。

 木々を彩る葉の色は、力強い緑で溢れている事から、季節は春から夏と推測できる。

 あまり厚着をしてこなかったイーゼにとっては、幸運だった。


 転移した場所が猛吹雪が舞う、雪景色の中であってもおかしくはない。

 そんな事に今更気付いたイーゼは、ホッと胸を撫で下す。



「どうやら最悪な事態では……なさそうですわ。さて、どちらに向かって歩きましょうかね。」



 誰もいない森の中に、イーゼの独り言だけが、寂しく響き渡る。

 今までならば、誰かしらがその言葉に返事をしてくれていた。

 その事を考えると、胸の奥にしまっていた孤独と不安が顔を出す。


 転移させられた世界が、どんな世界であるのか、当然イーゼにはわからない。


 モンスターはいるのか?

 人がいたとして、言葉は通じるのか?

 天空に伸びる塔とは、いったいどこにあるのか?


 不安をあげればきりがないが、そんなものに構っていられない。

 ここで試練を受けると決めた時の決意は、そのくらいの不安で揺らぐ程、軽いものではない。



 愛する者の為に、必ずこの試練を乗り越える。

 その為ならば泥水を啜ってでも、生き抜いてみせる。


 それこそが、イーゼの命を懸けた決意だった。

 故に、わからない事に悩む前に、まずは一歩を踏み出す。



 イーゼは、東西南北がわからないまま、しばらく、その森の中を歩き続ける。

 近くに町があるかはわからないが、いつまでも森が続くわけがない。

 森があるという事は、自然の恵みが溢れていること。


 その歩みの中で、食べられそうな果物や山菜等も目についた。

 仮に、この森の中で一ヵ月間彷徨うとも、生きていける。

 だが、自分の目的は、森の中で生き抜くことではない。

 それは最低条件であって、あくまで目的は塔の最上階踏破。



 まずは、塔の場所を見つける事が大事であるが、その為には、できるならばこの世界の住人と接触したい。



 この森は自然の恵みで溢れている。

 つまりそれは、動物が住める環境であり、その恩恵を受けるのは動物に限らない。

 ーーそう、近くに人の町があってもおかしくないのだ。



 森を抜けた先に、人か何かが住む町が存在することを確信する。



 ガサガサガサ……



 そこで突然、遠くに見える、腰高の茂みが音を立てて揺れた。

 ここに来るまで、森に生息する小動物等は目にしてきたことから、なんらかの動物の接近だと推察する。

 だが今回は、今まで見てきた小動物とは違う予感がしたため、直ぐに呪文を唱えられる体勢をとった。



 ぷぎゃおぉぉぉ!!



 そしてそいつは、茂みが揺れると同時に、その姿を現すと、当然のように餌(イーゼ)に襲い掛かってくる。

 しかも、三体同時にだ。


 突如現れたモンスター。

 その姿は、顔は鳥で、体は馬。

 イーゼが見た事の無い生物である。

 自然の動物とは思えない高い俊敏性と大きさから、この世界の魔物であると判断した。



「ブリザック」



 イーゼは、即座に上級氷呪文を放つ。

 森の中で火魔法や爆裂魔法は危険だ。

 それはきっとこの世界でも例外ではない。


 故に、森への損害の少ない氷魔法を最初から準備していた。

 敵が接近する直前にその呪文は辺りを氷の世界へと変える。

 初見のモンスターに氷魔法が通じるか、賭けではあった。

 

 --が、そのモンスターは、一瞬で氷の彫像と成り果てると、次の瞬間には塵となった。



「ふぅ……危なかったですわ。やはり前衛やスカウトがいないと怖いですわね。」


 

 敵と突然のエンカウントであっても、イーゼは冷静に対処する。

 やはり125年も生きているは、伊達ではなかった。

 サクセスと出会うまでは、常に綱渡りのようにギリギリの冒険であり、緊張感を持ち続けなけば、いつ死んでもおかしくはない旅が続いていた。


 油断した結果、パーティが全滅し、戦士モーホを失った記憶はまだ新しい。

 だが、そういった経験が、今まさに生きていたのだった。



 イーゼは、目の前に落ちた三つの石を拾い上げ、まじまじとそれを観察する。



 魔力が内包された茶色の石

 そう、それは見慣れてきた魔石であった。



「この世界でも、モンスターは、死ぬと魔石になるのですね。これなら……。」



 今まで生きてきた世界と、初めて同じ現象を目にしたイーゼ。

 この世界の常識が、想像するよりも非常識でない事に安堵した。



 魔石が落ちる。



 という事は、その魔石を利用する人間がいてもおかしくない。

 ーーそれはつまり、魔石の現金化を意味する。



「これならば、町を見つけても、なんとか生きていけそうですわ。」



 イーゼの顔に、この世界に来て初めて笑みが零れた。

 なんだかんだいっても、イーゼは不安であったのだ。

 そして、その不安の一つが解消された事により、自然と強張った表情も緩くなる。 


「では、油断することなく、進むとしますわ。待っててくださいね、ダーリン……。」


 そして再び、人の住む町を目指して、森の中を歩き続けるのであった。

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