第34話 テイク・ワン
「ビビアーーン! そろそろ起きなさぁい。今日サクセス君と会う約束でしょう? 遅れるわよぉ!」
「んん~。え……今何時!? 嘘!! もうすぐ10時じゃない!? お母さん! なんでもっと早く起こしてくれなかったの!!」
ビビアンはベッドから起き上がって時計を見ると、その針は間もなく午前10時を差すところであった。
「何言ってんのよ! 何度も起こしに行ったわよ。その度に、後30分っていって寝てたのはビビアンでしょ? もうビビアンは子供じゃないんだから、お母さんはそこまで面倒を見ません。」
「もう! いいじゃない! アタシは何歳になってもお母さんの子供なんだからね! って言ってる場合じゃないわ! 直ぐに準備しなきゃ! えっと、服は……あったわ! あぁ……昨日緊張しすぎて眠れなかったせいね……。でも時間がないわ……。あ、ミーニャに貰った香水だけはつけていかなきゃ!」
ビビアンは、持ち前の素早さを生かして、疾風の如く準備を済ませると、急いで家を飛び出した!
「じゃあ行ってくるわ! 夜に帰ってこなくても心配しないでね!!」
「何いってるのよ。ちゃんと帰ってらっしゃい。じゃあサクセス君によろしくいっておくのよぉ。いつでも遊びにきなさいってねぇ!」
「なんだなんだ、母さん。ビビアンの奴、随分サクセス君にお熱じゃないか。今夜は帰らないというのだけは、ちゃんと結婚してからにしてほしいもんだな。」
「あらやだわ、お父さん聞いてたの? そんなに嫉妬しなくてもいいじゃない。 あのくらいの時が一番楽しいものなのよ。」
「まぁ、気持ちはわからなくもないがな。母さんも、あんな感じで俺の為に慌ててくれたのかい?」
「ふふふ、それはないわね。他に好きな人いたし……。」
「な、な、なんだとぉーー!」
「嘘ですよ、お父さん。昔はお父さんに会うたびに胸がときめいていたわよ。」
「ほっ……て、昔は余計じゃないかな?」
「まぁまぁ男は小さい事を気にしない。それより、ビビアンは本当にまっすぐ育ってくれたわね。」
「あぁ……昔は誰もがビビアンを恐れるあまり、ひどい目に遭わせてしまったからな……。父親として情けないよ、俺は……。本当にサクセス君には感謝しかないな。」
「そうねぇ。早く一緒になってくれないかしらね。うふふ。でもそしたらお父さんはまた嫉妬しちゃうんでしょうね。」
「馬鹿いえ! 他の男ならともかく、サクセス君なら私は任せられるぞ! なんていったって、世界を救った英雄だしな!」
「そうね、サクセス君なら安心ね。あ~あ、多分今日は帰ってこないわね。それじゃ……お父さん……久しぶりに……」
「え……? まさか……。」
「ふふふ、そのまさかよ。私だってまだ30代なんだからね!」
「か、かぁさーーん! 愛してるぞぉぉ!」
ビビアンとサクセスは、冒険者になった後、占い師マネアとその妹ミーニャの導きにより、マーダ神殿で再会を果たし、そのまま4人で冒険を始めた。
その後、様々な苦難を乗り越え、魔王バーゲンを倒すと、世界に再び平和が訪れる。
世界を救った後、サクセスはどうしても一人で旅を続けたいと言ったことから、1年間という期間を条件に、ビビアンはそれを承諾した。
そして、その後に結婚する約束も……。
一方ビビアンは、家に色んな所から偉い人が訪れて大変であると聞き、一度家に戻る事にしたのだ。
マネアとミーニャも、たまにビビアンのところに遊びにきては、それぞれ別々の道を歩んでいる。
そして今日は、その大事な日。
アリエヘンの噴水の前で午前10時にサクセスと再会する約束だ。
高鳴る胸の鼓動をおさえながらも、必死でアリエヘンに走るビビアン。
婚約をしているとはいえ、一年も会えなかったのだから、胸のときめきが止まらない。
「サクセス! 早く会いたいわ! 早く私をお嫁さんにして!!」
ビビアンのダッシュはすさまじく、なんとか30分遅れで約束の場所に辿り着くと、そこには、ずっと待っていた想い人が立っていた。
「サクセスーー! ごめん、待ったよね!? ほんとごめんね!!」
「いや大丈夫だよ。どうせビビアンの事だから寝坊でもしてるんじゃないかと思ってたところさ。」
「ほんとごめん! でもその前に……おかえりなさいサクセス! この日をずっと待ってたわ。」
「あぁ、ただいまビビアン。俺もビビアンに会うのを楽しみにしていたよ。」
「うふふ、サクセスも一緒の気持ちだったのね! じゃあ早く行きましょう! アタシね、サクセスが戻ってきたらいっぱい行きたいところあったのよ!」
ビビアンは、今、生きていて一番幸福を感じていた。
最愛の人と再び出会い、そして結婚の約束までしている。
まさに、今、幸せの絶頂に立っていた。
「あ、ビビアン。すまない、その前に俺はビビアンに伝えなければならない事があるんだ。」
「ん? なぁに? あ、ま、まだいいわよ! よ、夜にしない!」
サクセスの言葉に、ビビアンは指輪とプロポーズの言葉を連想した。
昨日からその事を想像しては心臓を爆発させて、終いには寝坊してしまったくらいだ。
「いや、大事な事だから先に話をさせてくれ。」
「ま、まぁ……サクセ……スがそこまで言うなら……いいわよ。聞いてあげるわ!」
ビビアンは緊張のあまり目をぎゅっと閉じた。
そしてサクセスがこれから話す言葉を、一言一句忘れないように、全集中の構えだ。
「あのな、少し言いづらいんだけど……。俺な、実はもう結婚しちまったんだ。」
「え……? 嘘でしょ? まだ式は挙げてないわよ?」
サクセスの予想外の言葉に目を開いた。
「だから、そうじゃないんだ。ビビアンじゃない、他の女性とだ……。」
「え? どうしたの? サクセス? まだ遅刻したことを怒っているの? それなら何度でも謝るわ。だからそんな意地悪な嘘つくのはやめて。」
「ビビアン……。嘘じゃないんだ。みんな来てくれ!」
サクセスがそう言うと、その場に三人の美女が現れた。
「お初にお目にかかりますわ、勇者様。サクセス様の嫁にございます。」
「はじめましてー。サクセスの妻だよぉ!」
「あ、あの。すいません。私もサクセスさんの妻です。」
ビビアンは混乱した。
既に結婚しているという話でさえ、訳が分からなかったのに、目の前にいるのは自称嫁を語る三人の美女。
「サ、サクセス? え? もうこんなドッキリはやめてよ。じゃあ早く行きましょう。」
ビビアンは現実を受け止められず、サクセスの腕をとって行こうとするが、サクセスは動かない。
「ビビアン。今日な、俺はビビアンにお別れを告げにきたんだ。婚約は破棄させてもらう。もう俺はこの三人を愛してしまっているんだ。そして、既に婚礼の儀は済ませている。ビビアンには俺よりも、もっといい男が見つかるさ。」
「ふざけないで!! やめて! 聞きたくない! 嘘よ! こんなの嘘よ! 嘘だといってよ!!」
「あらサクセス様。わたくしは4人目のお嫁さんがいても構いませんわよ。」
「誰よアンタ! でしゃばってこないで! アタシはこんな女達と一緒なんて絶対イヤだわ!!」
「わかっているよ、ビビアン。そうだと思ったから別れを告げにきたんだ。もしも、ビビアンが受け入れられるならば、結婚しよう。」
「嫌! 絶対イヤ! ふざけないでよ! なんでよ!」
「そうか、わかった。じゃあビビアン、元気でな。」
「ちょ! 待ってサクセス! お願い! アタシを捨てないで! アタシを一人にしないで! 無理! こんなの耐えられないわ! お願いサクセス!」
ビビアンの必死の懇願に、サクセスは立ち止まって振り向いた。
そして、その行動にビビアンは期待をする。
思い直してくれたと思ったのだ。
「悪い、ビビアン。俺はな、ずっと昔からビビアンの事……嫌いだったんだ。だけど、ビビアンと一緒にいればイジメられずに済むだろ? だから利用していただけだ。今回だってビビアンのお蔭で俺は英雄になれた。それは感謝している。だけどな、俺は……いつまでも俺の事を子供扱いするお前が……大っ嫌いだ! だから、頼む。俺の前から消えてくれ……。」
「そ、そんな……。嘘よ! サクセスがそんな事言うわけないわ! あなた偽物ね! サクセスを返して! 早く! 早くしないと……殺すわよ!!」
「そ、そんな……。嘘よ! サクセスがそんな事言うわけないわ! あなた偽物ね! サクセスを返して! 早く! 早くしないと……殺すわよ!!」
ザシュ……
そう言った瞬間、自分は何故か剣を持っており、サクセスの胸に剣を突き刺していた……。
何が起こったかさっぱりわからない。
しかし、その剣先はサクセスの心臓がある場所を貫通している。
「お前はいつか俺を殺すと思ったよ……。生まれ変わっても、どうか、お前にだけは会いたく……な……。」
そしてビビアンの腕の中でサクセスは冷たくなった。
呪いの言葉を残して……。
剣からその手にしたたるサクセスの血……。
最愛の人を殺してしまった事実……
決して信じる事ができない現実……
しかし、
その手に流れ落ちてくる生温かい血は、現実である事の否定を許さなかった。
「嘘よ! こんなの嘘よ!! 絶対嘘よ!! いやあぁぁぁぁぁ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます