第48話 勇者の輝き

「なかなかしぶといグベェ……。」



 あれから約一時間、ビビアンと魔王ドシーは激しい戦いを続けていた。


 お互いダメージを与えるも、直ぐに回復してしまうため、両者共に倒れる気配はない。


 お互いに決定打が足りないのだ。


 まさに終わりなき戦いである。


 

 歴代、歴史上存在したとされる勇者達は、そのパーティ全員でお互いをカバーし合い、魔王を討伐してきた。


 なぜパーティを組んで戦うのか?


 それは魔王という存在は、本来勇者一人で倒せる様な存在ではなく、勇者本人もまた、そこまで万能ではないからである。


 その為、


    

   敵の攻撃を防ぐ戦士

   弱点を攻撃する魔法使い。

   味方を回復させる僧侶



等のあらゆる状況に対応するべく、仲間が必要だった。


 だが現在、ビビアンのパーティにはビビアンに比肩しうるメンバーはいない。

 

 そして対する魔王は、歴代勇者達が倒してきた魔王より一段格上。


 ビビアンが如何に規格外な強さを持っていたとしても、そんな相手を一人で倒すというのは、正に無謀そのものとも言える。


 これが過去に戦ってきた



 バーゲンやグラコッサ



の様に相性が良かったなら別であるが、今回に限ってはその相性もまた悪すぎた。


 目の前の魔王は一匹であるも、複数の腕から放たれる攻撃は、魔王を同時に三体相手にしている事と同じ。


 そういう魔王こそ、本来パーティで討伐すべき対象である。



 せめてもう一人アタッカーがいれば……



 ビビアンはこの戦いの中で何度も頭でそう思うも、居ない存在を期待しても意味がない。


 故に、目の前のこいつと戦える者は自分しかいないという現実を受け止め、ビビアンは戦い続ける。


 

「はぁはぁ……はぁはぁ……いい加減くたばりなさいよ!」



 ビビアンのスタミナは既に限界にきていた。勇者と言えども人間には変わりない。いつまでも無尽蔵に戦えるわけではなかった。



「グベ? 疲れたグベ? ちょうどいいギャ!」



 ビビアンの攻撃が止まったのを見て、ドシーは激しい炎を口から吐き出すと、その炎は瞬く間に森を覆い尽くす。



 だがやはり、ビビアンにブレスは効かない。



「ふん、そんな炎は効かないわ。まだわからないのかしら?」



 ビビアンは、目の前の魔王が無駄な事をしてくれたお陰で、少しだけ息を整えられると思うも束の間、いつのまにかドシーは面前から消えていた。

 

 

 おかしいわ……。

 奴は……?



 その時ビビアンはハッと気づく。今のブレスがブラフであった事に。



 すると、突然ビビアンの背後から危機迫るマネアの叫び声が聞こえる。



「ミーニャ!! 危ない!!」



 ドシーは激しい炎によって発生したその煙で姿をくらますと、ビビアンではなく後方にいた二人に襲いかかっていた。


 そして今回狙われたのは、光の結界を保持しているミーニャである。



「おしおきだグベぇ~。」



 突如、ミーニャの背後に立つ邪悪な存在。



 ドシーはニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべると、その無防備な背中を激しく切り裂いた。



「キャーー!!」



 何かを抉る様に切り裂いた鈍い音。

 それと同時に発せられる痛みの絶叫。



 ミーニャの背中は無惨にも切り裂かれ、大量の血が噴き出していた。



 ジュルジュル……グベぇ



 そしてドシーは、ミーニャの血がついた爪を美味しそうに舐めている。


 目を覆いたくなる様な光景がマネアの目に映し出されるが、呆然としている時間はない!



 直ぐにミーニャに対して回復魔法を唱えた。



「ミーニャ! 【エクスヒーリング】」



 しかし、ドシーはそんな時間を与えたりはしない。

 

 今度は、回復魔法を使って隙だらけになったマネアを攻撃しようとした。



「次はお前だグベ。」



 だがマネアは魔法を止めない。



 当然次は自分がやられるとわかっているが、それでも目の前で瀕死となった妹を助ける事を選んだ。



「プチっとな、だべぇ~。」



 ドシーは手をゆっくりとマネアの頭に伸ばし、それを握り潰そうとする……が、そうはならない。



「させないわ!!」



 今まさにドシーの手がマネアの頭を掴もうとした瞬間……ビビアンが間一髪で間に合った。



【ビビストラッシュ!】



 その一撃により、二本の腕が宙を舞う。



 それによりマネアはたすかったものの、ビビアンはギリっと歯を食い縛っている。



 あれだけの隙があって尚、ドシーを倒すどころか腕の二本を斬り落とすだけにとどまってしまった現実。本当は今の一撃で倒すつもりであった。



 しかし、ビビアンはそこである異変に気づく。なんと、今回は斬ったドシーの腕が直ぐに再生しなかったのだ。



 それを見てビビアンは、一つの仮説を立てた。



 ドシーの再生能力は完璧ではなく、ダメージが大きければ大きい程再生に時間ぎかかると。



 だが今はそんな事よりも、まずは二人を逃さなければならない。



「ミーニャ! マネア! 早く逃げて!」



 ビビアンは攻撃直後にそう叫ぶも、マネアは動かずに回復魔法を続けている。


 なぜならば、ミーニャの意識がいまだに戻らないからだ。


 先の一撃は、ミーニャにとってほぼ即死に近いダメージであった為、回復が追いついてい。


 それでも時間さえあればなんとかなるのだが……状況は最悪である。



 ミーニャが倒れた事で光の結界は弱まり始めたことで、周囲で燃え盛る炎の熱気がマネアを襲い始めていた。



 それを見たビビアンはドシーに追撃せず、周囲の炎を消すためにギバタイフーンを放ち、真空の風で炎を打ち消していく。



 それによって少しだけ熱波が弱まった。


 

「早く回復してミーニャ! そして目を覚まして!」



 焦るマネアは、まるで祈る様にミーニャに呼びかけるも、やはり意識は戻ってこない。


 するとダメージを負って回復に専念していたドシーが再び動き始める。



「グベーー! よくもやってくれたグベ!」



 完全に腕が再生されてしまったドシー。


 それに気づいたビビアンは、真っ先に攻撃を再開する。



(マネア達には、絶対近づけさせない!)



「マネア! ミーニャが回復したら急いで逃げるのよ!」



 ビビアンはドシーと斬り結びながらも、再度マネアに告げた。



「……はい、わかりました。ですがビビアン様も一度撤退して下さい。」



 しかし、マネアの返事にビビアンは答えない。


 否、激しく斬りあっていて返す余裕がないのだ。


 だがマネアはビビアンを信じ、一刻も早くミーニャを回復するべく、直ぐに魔法に意識を集中する。



 すると、ここにきてようやくミーニャの意識が戻った。


 

「姉さん……ごめん。」


「ミーニャ! 良かった! 意識が戻ったのね。」


「ビビアンは!?」


「今魔王を抑え込んでくれているわ。ミーニャ、立てる? 急いで逃げますよ!」


「え? ちょっとどういう事? ビビアンはどうするのよ!?」


「ビビアン様は私たちを逃すために時間を稼いでくれているわ。私達は……足手まといなの!」



 困惑するミーニャに、鬼気迫る勢いで現状を伝えるマネア。


 それを聞いたミーニャは、後ろ髪を引かれる思いを感じながらも頷いた。



「わかったわ。でも……一度下がるだけよ! 後方で戦っている仲間を連れて必ず戻るわ!」


「はい。私もそのつもりです。なので……急ぎましょう!」



 その言葉と同時に二人は駆け出す。それを横目で確認したビビアンは、少しだけ安心した。



(これで、あとは目の前のコイツを倒すだけ!)



 心配の種が消えた今、ビビアンは全ての意識を目の前にいるドシーにだけ注ぎ、全力で攻撃を始める。


 その戦いぶりは先ほどと比較にならない程激しいものであり、後に残す余力等全く考えていない動き。



 そう。ビビアンは最初から逃げる気などない。

 逃げればまた仲間が襲われる。



 そんな事を許せるビビアンではなかった。



 しかしそれでも尚、ドシーには余裕があるようで、取り残されたビビアンを見て、再び気持ち悪い笑みを浮かべる。



「グベグベ……グヒャヒャヒャ。仲間に見捨てられたグベェ。」


「気持ち悪いわね。なんなのグベグベグベグベ。その汚い口を切り裂いてやるわ!」


「グベべ、威勢の割にさっきから動きが悪いグベ。そろそろトドメを刺すグベェ。」



 実際ここまで全力で戦い続けてきたビビアン。


 ドシーが言う様に、ビビアンの体力は尽きかけていた。


 ドシー相手に一人で戦うには、まだレベルが足りていない。



 すると突然、ドシーが腕に黒い稲妻が集約させ始める。それは、ビビアンが来る前にブライアンに放とうとした最凶の技【ヘルスパーキング】の予備動作であった。


 それを見たビビアンも、ここが勝負時と感じて、残っている全ての力を剣に込めると、大王者の剣に青い光が収束していく。



「消えるグベ! ヘルスパーキング!」


「消えるのはアンタよ! ギガビビストラッシュ!」


 

 ドシーから放たれた暗黒のいかづちと、ビビアンが放った勇者の一撃!



 二つの強大な力が両者の間でせめぎ合う。



「グベェーー!!」


「いけーーー!!」



 二つの力は拮抗していたが、次第に青き光が黒に侵食されていった。



 それでもビビアンは、必死に力を振り絞って暗黒のいかづちを押し返そうとするも、じわりじわりと押し込まれてしまう。



「どうしたグベ? もう限界グベ?」


「まだよ! まだ負けてないわ!!」



 明らかに優勢なドシーは余裕の笑みをこぼす。


 そして逆に劣勢のビビアンは、苦しそうな表情で言葉を返していた。



「まだよ! まだ……サクセスに何も伝えられてないわ! アタシは……負けない! 負けられないんだから!!」



 ビビアンはその強い想いを叫ぶと、そこで変化が生じる。


 なんと、ビビアンの全身からかつてないほど眩い青き光が溢れ出してきたのだ。



「グ……グベべべべ……なんだグベ? 何が起こったグベ!?」



 すると、ビビアンから放たれた勇者の波動が暗黒のいかづちを押し返していく。



「消えなさい!!」

 

「グ、グベ~~!!」



 目の前に迫る勇者の光にドシーは叫び声を上げた。


 ドシーの本能は、今まさに激しく警笛を鳴らしている。その光が自らを消滅させうるものだと。



 だがしかし、その時突然ビビアンの耳に信じられない声が聞こえた。



「勇者様、油断はいけませんよ。」



 その声に思わず意識が逸れてしまうビビアン。


 何故ならば、その声は……

 


ーー行方不明になっていたシャナクの声であった。


 

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