第46話 獅子奮迅

「全軍、魔法使い前へ!」



 ブライアンがそう指示を飛ばすと、各パーティの賢者や魔法使いが前に出る。



「一斉に……放てぇぇ!!」



 その合図と共に、敵が横隊に広がっている場所目掛けて、火炎魔法・氷魔法・爆裂魔法・風魔法が一斉に放たれた。



 大草原に広がる魔法の嵐。



 数種類に及ぶ魔法の一斉攻撃はまさに壮観であり、それを受けた魔物達は叫び声をあげる。


 だがしかし、それでも魔物の多くは生き残っており、殲滅とまでは遠く及ばない状況。



 今の一斉魔法で塵となって消えたのは、精々前方にいた弱いモンスター五百匹程度だろう。


 そしてその攻撃を受けた魔物達は怒り狂い、特に前衛でダメージを負っていた魔物を筆頭に、先程より激しい勢いで突撃してきた。

 

 

 こうして開戦の狼煙となった一斉魔法を契機に、人と魔物の総力戦が始まる。



 ※ ※ ※



 そして開戦から既に三十分が経過した。


 先制攻撃に成功し、体制を整えていた人族側は、魔物の突撃を見事に押し留めると、各パーティが連携を取り合って魔物を捌き続ける。



……がしかし、やはり体力的にも力的にも魔物に劣る人間達は、次第に魔物に押し込まれていった。


 すると一つの綻びが戦場に生まれ、それがたちまち周囲に伝播し、仲間達の連携を乱していく。



「馬鹿! そこを抜かれるんじゃねぇ!」


「うるせぇ、今こっちは手一杯なんだよ!」


「喧嘩はやめて! あ、また抜かれたわ!」



 やがて乱戦となった戦場では、至る所で罵声が飛び交うようになってしまった。


 敵は思っていたよりも強力な個体が多く、そういった魔物に対しては、パーティ全員で相手をするも、それによって前線は崩れ、守りが薄くなったところを狙って、他の魔物が後方へすり抜けて行く。


 

 しかし、今のところはすり抜けた魔物も後方の守備部隊が討ち取っている事から、ピンチとまではいっていないものの、それも時間の問題だった。


 何故ならば、時間が経過する毎に、前線から抜けてくる魔物の数が増えているからだ。


 当然誰もが必死に戦っており、手を抜いている者なんてその戦場には存在しない。



 しかしそれでも尚、どうしても覆せない要因が人族側にはあったのだ。



ーーそれは、部隊経験の差である。



 今回、人側は兵士と冒険者の混成部隊になっている。当然兵士達は、何度も軍として動いていたのだから、こういった戦いには慣れていた。



 だが、冒険者は違う。 



 その多くは四人での戦闘にしか慣れておらず、ベテランであっても精々3パーティによる合同討伐位しか経験していない。


 とはいえ、ベテランであればあるほど、不足の事態に対する応用はきく為、今回の様な大戦であってもうまく捌けていた。


 しかしそれはごく一部であり、その殆どは経験の少ない駆け出しの冒険者と中堅どころである。


 彼らはそもそもの実践経験も多くなく、それでいて今回の様な大部隊による戦闘なのだから、当然自分達の事で一杯一杯となり、周囲の味方と連携する事など不可能であった。



ーー結果、前線は崩壊する。




「う、うわぁぁ! たすけてくれぇ!!」


「おい! 魔法だ! 魔法を撃ってくれ!」


「無理だ! 近すぎる……うわぁぁ!!」



 ある一組の冒険者パーティがモンスターに囲まれている。


 このパーティは目立ちたいがために前線に突っ込み過ぎてしまい、その結果、他のパーティと連携が取れずに孤立してしまった。


 そして今、そのパーティはいつ全滅してもおかしくない状況に追い込まれている。



「もうだめだぁ……。」


「ど、童貞のまま死にたくない!」


「ママぁ……。ママぁぁぁ!」



 誰もが逃れられない死を覚悟し、最後の言葉を漏らし始めた……その時だった。


 そこに、一人の魔法戦士が颯爽と現れる。



「吾輩が来た!!」



 その窮地に駆け付けて来たのは、全軍を指揮しているはずのブライアンだった。



「諦めるなでござる! 【マグマグ】」



 ブライアンはそのパーティの後方を囲んでいた魔物に向けて灼熱のとくぎを放つと、地中から吹き上がるマグマがそれらを塵へと変える。


 それによって、囲まれていたパーティに一つの道が開けた。


 当然、そこへ向けてブライアンは突撃すると、冒険者パーティを囲む魔物達に連撃を浴びせる。



 【旋風突き】   


 【超連続斬り】   


 【オオタカ斬り】 



 多彩な攻撃スキルを駆使して、魔物の命を刈り取るブライアン。


 今の連撃だけでも冒険者達を囲むモンスターを一瞬で半数まで減らすも、まだ連撃は終わらない。



「まだじゃあ! 【火炎斬り】 【いなずま斬り】」



 最後には得意の魔法剣を使い、残ったモンスター達にトドメをさす。



 あっという間の瞬殺劇。



 やはりブライアンは、他の兵士や冒険者と比べても頭二つは抜けている。


 デスバトラーには、為す術なく撤退を余儀なくされたブライアンだが、あれは相手が悪すぎただけ。


 普通の強い魔物程度では、ブライアンの敵ではない。



 そんなブライアンの獅子奮迅の活躍を目にして、窮地を抜けた冒険者達。



 彼らはその目で人の高見を初めて見た。


 そんな彼らは、この戦いの前までは、



 自分達は周りからの評価以上に強い。

 もっと評価されるべきだ!

 絶対にこの戦場で馬鹿にしてきた奴らに目に物見せてやる。



 と自惚れた気持ちでこの戦場に赴いたのだが、その結果、碌に連携も取らず、ただ功を焦って前線に突っ込み、あわや全滅するところだった。


 しかし今回、本当の格上を目にした事で、如何に自分達が自惚れていたかを思い知る事となる。



「す、すごい……。」


「これが勇者パーティなのか……。」


「俺達は井の中の蛙だったな。」


「ママ……ぼくちん助かったよ……。」



 命が助かった事の安堵と、目の前にいる最強の魔法戦士を見てそれぞれが独り言を呟いた。


 そしてそんな彼らを、ブライアンは指揮官として怒鳴りつける。



「前に出過ぎじゃバカ者! もっと周りの味方に気をくばるでござる! わかったら後方に戻るでござるよ!」


「は、はい! すいませんでした! ありがとうございます!」



 ブライアンに叱られたと同時に、即座に次の行動を命令された冒険者達は、急いで後方に下がった。



 そして無事戦線に戻ったのを見て、ブライアンは誰にも見られない様に溜息をつく。


 今回のブライアンによる単独救援は、これが初めてではない。


 ブライアンは戦況をよく観察し、手薄になった場所や孤立したところに向かっては救援し続けていたのだ。


 そして、前に出過ぎた部隊を後方に下げて、戦況を立て直す。



 これを何度も繰り返していた。



 当然それは一人では無理があるため、基本的には遊撃部隊にその役目を与えていたのだが、それでも間に合わない場合はブライアンが単独で向かう。


 そのブライアンの援護と指揮があるからこそ、現在戦況は均衡を保っていた。



 正に、獅子奮迅の活躍と言えるであろう。



 今回は即席の軍であるため、能力にかなりばらつきがあった。


 熟練のパーティについては、指示がなくともうまく立ち回ってくれていたが、まだ経験の浅い冒険者達は、気が急いてしまって今回のように窮地に陥りやすい。


 そしてそういった部隊が増えれば、戦線は崩壊する。



「ギリギリ……でござるな。少しでも対応が遅れれば、この戦い……負けるでござる。」



 ブライアンは焦っていた。

 

 想定よりも魔物の数が多く、そして強すぎたのである。いや、モンスターが強いというより、モンスターの配置が絶妙というのが正しい。


 それはまるで、人間側の動きを見越したような隊列。


 堅い魔物を前に配置すると、後方には遠距離攻撃や魔法を得意とする魔物が控えている。



 ブライアンはその戦況を見ていて直感していた。



 この敵の動きには、間違いなくデスバトラーが関係していると。



 だが戦場のどこにもデスバトラーは見当たらない。


 奴を見つけさえすれば、勇者様に任せることが出来る。


 しかし……奴の姿はどこにもない!



「どこだ! どこにいる!? 早く姿を見せよ!」



 ブライアンは一人戦場で叫んだ。


 だが当然、それに答える声はなく、ただ聞こえるのは戦場を飛び交う戦いの音色だけ。


 そんな状況の中、ブライアンもデスバトラーの事ばかり考えている訳には行かなかった。


 未だに至る所でピンチとなっているパーティがあり、余計な事を考えている余裕はない。


 

 だからこそデスバトラーについては、ビビアン達に任せるしかなかった。



「勇者様、吾輩の分も頼むでござる……。」



 彼はそう呟くと、再びピンチになっているパーティのところに向かうのであった。




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