第36話 不安

「ちょっとぉ! また登るのぉ! 待ってよぉ……。」



 文句を言いながらも、ビビアンを追うミーニャ。だがその声とは裏腹に、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべている。ビビアンの成長が嬉しかったのだ。


 そしてビビアンは、そのまま勢いよく階段を登りきると……



ーーそこにシャナクはいなかった。



 てっきりあの後、シャナクはいつものように黙って自分の後ろをついて来ていると思っていたため、すぐに謝ることができると考えていたが、そうはならない。



「ど、どうかしましたか? 勇者様?」



 息を切らせて階段を上ってきたビビアンを見たハゲ爺は、恐る恐る声をかける。



「シャナクを……さっきまでアタシと一緒にいた男を見なかった?」



 ビビアンは先ほど怒りを向けていた事を忘れたかのように尋ねると、ハゲ爺はほっとする。



「はい。お連れの男性でしたら……ん? そう言えば見ていませんな。てっきり勇者様と一緒に階段を下りたのかと?」


「わかったわ。じゃあ少しこの周りを探しているから、見つけたら教えて頂戴。」


「はい、承りました。」



 ビビアンはそれだけいうと、マーダ神殿の周りと中を探し始めるのだった。



【三十分後】



「ダメです、どこにもいません。」


「ビビアンの方はどう? 見つかった?」



 別々に分かれてシャナクを探していたミーニャとマネアが尋ねる。



「いないわ……どこにも。あいつどこ行ったのかしら……。」



 ビビアンは心配そうな表情を浮かべた。



「そうですね。これだけ探してもいないのですから、もしかしたら行き違いになったのかもしれません。一度宿屋に戻りましょうか。もしかしたら既に戻っているかもしれませんよ。」



 マネアがそう言うと、二人も頷き、宿屋に戻る事にする。


 しかし宿屋に戻って受付でシャナクについて尋ねるも、どうやらまだ戻っていないらしい。


 一応念の為、シャナクが泊まっている部屋を確認する三人。


 ビビアンは少し緊張した面持ちでドアをノックした。


 シャナクに会った時どんな顔をすればいいかわからなかったからである。


 今までの事やさっきの事を謝りたいけど、これまでシャナクに謝った事もないし、どんな風に謝ればいいかわからない。


 そんな事を考えていると、部屋の中から男の声が聞こえた。



「はい、どなたですか?」



 どうやらシャナクではないらしい。



「ビビアンよ。シャナクはいない? ちょっと開けてもらってもいいかしら?」



 ビビアンがそう尋ねると、中から扉が開き、御者の男が現れる。



「勇者様、どうされましたか?」



 ビビアンの表情に不思議そうな顔で尋ねる御者の男。



「シャナクは戻ってきている?」


「はい、先ほど戻られましたが、やる事ができたので当分ここには泊まれないと言って出て行きました。それがいかがしましたか?」


「ここには泊まれない? どういうことよ!」


「ヒィィ! く、詳しくはわかりません!」


 

 ビビアンの強い語気に、恐れ慄く御者の男。



「ならいいわ。もし戻ってきたら何とかここに留めて頂戴。」


「は、はい。かしこまりました!」


「邪魔したわね。」



 そう言うとビビアンは扉を閉めた。


 そしてその顔には悲壮感が漂っている。



 まずいわね。またすれ違ってしまったわ。

 というか戻ってきてたじゃないの!

 受付も適当ね!



 シャナクが見つからない事と、適当な事を言っていた受付に苛立つビビアン。


 しかし、それ以上になんとも言えない不安が胸を覆う。



「どうしよう……ねぇ、ミーニャ、マネア……。」



 自分ではどうすればいいかわからなくなったビビアンは、二人に尋ねた。



「うーん、参ったねぇ。今回のは大分堪えちゃったかなぁ……。彼がいないと私も困るのよねぇ……。」



 ミーニャも色んな意味で困る。


 昨日の夜は、シャナクに大分助けられていた。


 だがそれ以前に、パーティとしてもシャナクは欠かすことのできない人物。


 すると、マネアが口を開いた。



「見つからないものは仕方ありませんね。シャナクさんも少し一人になりたいのでしょう。ミーニャとビビアン様は、宿屋で少し休んでいてください。」


「え? マネアは?」



 ビビアンはマネアの意味深な言葉に気付いた。



「私は……シャナクさんが見つかるまで探し続けます。ですが心配しないでください。私も少し一人で町を見て回りたいだけですから。」



 マネアは笑顔でそう伝えるも、ビビアンは不安そうだった。



「マネアも……マネアもアタシを嫌いになった?」



 ビビアンは自分がしてきた事を冷静に思い返すことができたため、如何に自分が酷い人間だったか、今では身に染みてわかっている。


 それ故に、シャナクだけでなく、マネアまでいなくなってしまうのではないかと不安になったのだ。

 

 そんな不安そうなビビアンをマネアは優しく抱きしめた。



「心配しないでください。大丈夫ですよ。いなくなったりしませんから。きっとシャナクさんを見つけてきますから、待っていて下さい。」


「だめ! アタシが探すわ! 二人は宿屋でゆっくりしててよ! だってアタシが悪いんだし。」



 マネアの言葉に食い下がるビビアン。


 しかしそれをマネアは拒否する。



「いいえ、今のビビアン様に一番必要なことは、シャナクさんを探す事ではありません。反省をしている事はわかっていますが、ここでもう一度ゆっくりと今までの自分の行いを見つめなおしてください。その上で今後どうするべきかよく考えて欲しいのです。シャナクさんに謝罪するのは、それからです。」



 マネアがそういってビビアンを諭すと、ミーニャがビビアンの肩に手を置く。



「姉さんの言う通りよ。ちょっとお風呂にでも入りながらゆっくり考えようよ。私が傍にいるからさ。それで、姉さんがシャナクを連れてきたら一緒に謝りにいこ。……ね?」



 ミーニャもそう言われたビビアンは、しばらく黙っていたが、やっと心が決まったようだ。



「……そうね。わかったわ。シャナクは毎回こんな……いえ、もっと辛い思いをしてきたのね……。」



 ビビアンは、申し訳なさそうな顔で俯く。



「そうですね。今のビビアン様ならば少しは理解できるはずです。それではビビアン様の事を頼みましたよ、ミーニャ。」


「わかったわ。姉さんも早くシャナクを見つけてきてね。」


「はい、出来るだけ早く見つかる事を祈ります。仮にもし見つからなくても夜には宿に戻ろうと思います。」



 マネアはそう答えると、二人を残してシャナクを探しにいくのであった。

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