第28話 聖女と性女

 仲間全員と合流したビビアンは、現在マーダ神殿の周辺にそびえたつ外壁に向かって歩いている。


 そして外壁中央の門に着くと、近くにいる冒険者や兵士達から熱い視線を向けられた。


 今回、破竹の勢いで活躍した勇者パーティなのだから、それも当然の事である。


 しかしなぜだかその視線は、ミーニャやマネアに向けられており、門番をしている兵士達もまた、ミーニャを見て、なぜか期待した目をしていた。



「ねぇ、なんか師匠とマネアに向けられてる視線が怖いんだけど。何でかしら?」


「あら、そりゃあ私が綺麗でセクシーだからでしょ? 当然よ。」



 ビビアンの質問に、当たり前といった風に答えるミーニャ。


 当然そんな彼女は、周囲の若い男にウィンクするのも忘れていない。



「確かにおかしいですな。普通ならば勇者様のところに民衆が群がってもおかしくないはずですが……。なぜだかここにいる男たちは、お互いが牽制し合うように何もしてきませんぞ。」



 シャナクはその視線が男の下卑た視線でもなければ、畏怖の視線でもない事に気付く。



 理由はわからないが、これは期待の目だ。



「あとマネアを見ている男たちは、何か祈りを捧げてるわね……本当にここは変な町だわ。」



 ビビアンはそう呟きながらも、興味なさそうに門を抜けて町に入っていった。



 そして驚く。



 ビビアンはマーダ神殿と聞いていたので、大きな寺院のようなものを想像していたからだ。


 しかし、目の前に広がるのは、大国アバロンにも負けないくらい活気に満ちた広い町だった。



「ここ……神殿よね?」


「いえ、ここはまだ神殿ではありません。神殿は町の中央にございます。神殿の周りは城下町に負けない程栄えているのですよ。」 



 ビビアンの疑問に、マネアがサラッと答える。



「へぇ~、意外ね。もっと殺風景かと思ったわ。なんかここも色んなものがありそうね。」


「そうなのよ! 結構面白い店とかあるのよ! 後でビビアンに町を案内するわね。」



 今度はミーニャが答えた。


 マネアもミーニャも、ここには何度も訪れている為、この町の地理には詳しい。



 しかし、それにしても周囲の人間がうざすぎる。


 町に入ってから、少しは気持ち悪い目線が消えたと思ったが、今度はマネアを見た者達が一斉にひれ伏してお祈りを始めたのであった。


 流石に道端でそれをやられると、邪魔で仕方ないため、徐々にビビアンはイラついてくる。



「もう! ほんとなんなの!? 気持ち悪いったらないわ!」


「確かに変ね。なんか姉さんを見ると、みんなお祈りを始めるわね……。」



 これには理由があった。



 マネアに助けられて家族の下に帰った者達が、みんな口をそろえて



「聖女に助けられた。」



と吹聴してまわったからである。



 聖女とは、女神伝説の一つであり、主に女神様の使いとして認知されている者の事だった。


 つまり、女神様を深く信仰する者にとっては、聖女様もまた信仰の対象である。



 そして戦場でマネアに助けられた者達の噂は一気に町中に広がった。



 やれ、聖女様が勇者様を連れて来た。

 やれ、聖女様は女神の生まれ変わりだ。



 そんなこんなもあり、ただの僧侶でしかないマネアは、なぜか住民から祈りを捧げられていたのである。

 

 当然、光り輝く勇者の側にいる事で、その噂の信憑性は天井知らずに上がっていった。



 しかし、そんな事は当人であるマネアはもとより、他のメンバーにも知るよしはない。


 あまりに邪魔すぎる住民達に、シャナクは、いつビビアンがキレてしまうか不安を覚えるも、結果的にそれ以上の癇癪を起こす事はなかった。


 何故なら、確かに道端で這いつくばって祈りを捧げられるのはうざかったが、それでも自分達に近づいて来る者はいないため、ビビアンは我慢したのである。



 そんなイライラするビビアンを前に、シャナクは勇気を振り絞って質問した。



「それで勇者様、まずはどちらに向かわれますかな?」


「そうね、今日は疲れたから神殿とかは後でいいわ。サクセスと会った時の為に町の事は色々知りたいけど、先に宿に行って休もうかしら。」



 思ったよりも、ビビアンは疲れていたらしい。


 シャナクの質問に対する返答にも疲れが窺えた。


 だがそれと真逆に、全く疲れていないミーニャはハイテンションな声を上げる。



「いいわねぇ! じゃあ今日は酒場でぱぁーっと景気づけしようよ。ねぇビビアン。」


「やめてください。ここは神聖な町なんです。そのような事を女神様は許しません。」



 再度、意見がぶつかる二人の姉妹。



「まぁまぁ二人とも、道の往来ではやめましょうぞ。ひとまず宿屋に向かいましょう。そこで休んでからでも遅くはありませぬ。」



 シャナクが仲裁に入ると、二人は黙り込んだ。


 それを見てビビアンも頷く。



「シャナクに言われるとなんかムカつくけど、その通りね。じゃあ師匠、早速宿屋に案内してくれる?」



 言葉は悪いが、ビビアンもシャナクの考えに同意した。



「わかったわ。じゃあ早速私の行きつけの宿屋に向かうわね。」



 すると、黙っていたミーニャが喋りだす。


 それと対照的に再び落ち込むシャナク。


 しかし、そこに救いの女神が現れる。



「気を落とさないでください。私は感謝してますよ、シャナクさん。」



 マネアが笑顔を向けてフォローすると、シャナクの顔がパァっと明るくなった。



「マネア殿は優しいですな。惚れてしまったらどうしてくれるんですか?」



 真剣な目でマネアを見つめるシャナク。


 突然のシャナクからの強襲にマネアは戸惑った。



「えっ? も、もう! 知りません!」



 シャナクの言葉と目線に照れてしまったマネアは、そっぽを向く。


 しかし、その足取りは少し軽そうに見えた。


 先頭を歩くビビアンとミーニャには、二人のやり取りが見えていない。


 ある意味、そこは二人だけの世界であった。


 そしてシャナクはその反応を見て、忘れかけていた男が完全に目覚める。



 イケる! これはイケるかもしれぬぞ!!

 10数年間温めて来た、私のテクニックが遂に……。



 年甲斐もなく、シャナクは興奮した。


 そして今日の日記のタイトルが決まる。



【四十路前から始まるラブストーリー】



 それは、ビビアンと旅を始めてから書き続けているシャナクの日記。



 今日は筆が進みそうなシャナクであった。

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