第40話 ただの童貞
俺達はその後も苦戦することなく、四階、五階と塔を上っていく。
その間、相当な数の敵を倒したが、レベルは思ったより上がらなかった。
経験値が10倍とは言え、どうやらレベル差があり過ぎて上がりづらくなったようである。
それと道中、いくつかの宝箱を見つけるが、前回のような失敗は無かった。
あの時の経験が生きている。
まぁいいものも出なかったけどね……。
4階以降も出現する敵はほとんど変わらない。
しいて言うならスリープきのこが出現し始めたことくらいだ。
でもこれが意外に大きい。
状態異常は、ダンジョンでは危険すぎる。
しかし、それもシロマが新しく手にいれた疾風の杖のお蔭で難なくさばくことができた。
本当に俺は運がいいな。
そして遂に最上階に上がる階段が見えてきた。
「やっと、ここまで来たわね。」
リーチュンは、珍しく緊張している様子だ。
多分、対人戦の経験が少ないからかもしれない。
かく言う俺もほぼない。
魔物を倒すのと違い、実際に斬れば自分と同じ赤い血は出る。
対人戦は、全く別物だろう。
まぁ俺の場合はワイフマンとリリィちゃんのお蔭で大分慣れたがね。
俺は、自分で思うよりも残酷な面があるようだ。
「怖いか? リーチュン。」
俺は、リーチュンに問う。
必ずしも、無理に前衛に立つ必要はない。
無理して戦わせる方が危険だ。
しかし、それはどうやら杞憂だったようである。
俺の仲間の精神は、そんなヤワではなかった。
「そうね、人を殺す事に慣れてないからね。でも覚悟は出来てるよ。大丈夫、アタイが全員ぼっこぼこにしてみせるわ!」
遠距離攻撃よりも、近接の方が人を殺す実感が強い。
できれば全員を捕縛で済めばいいが、そうは簡単にいかないだろう。
油断すればこっちがやられる可能性もある。
捕縛するつもりではダメだ、殺すつもりで捕縛する。
この違いは、意外と大きい。
「サクセス様、深夜とは言え、見張りくらいは立てているはずですわ。まずは、見張りを魔法で眠らせればいいかと。うまくいけば、寝こみを襲えて一網打尽にできますわ。」
そこでイーゼが作戦を提案した。
まだ王様の援軍は来ないだろうし、逃げられるわけにはいかない。
俺はイーゼの作戦に同意する。
この天才の提案に、異論などあるはずもない。
「よし、じゃあまずは、俺が偵察に出る。みんなはここで待っててくれ。」
俺はそう言うと、階段を上って、音を立てないように偵察を開始した。
最上階は、真ん中の部屋の他にフロアはなく、周囲に通路があるだけ。
しかも、見張りは一人もいない。
念のため、通路全てを確認するも、人はおろか魔物すらいなかった。
どうやら全員寝ているようだ。
チャンスだ!
俺は直ぐに5階に降りてみんなに報告した。
「そうですか。それはチャンスですね。」
シロマは直ぐに突入することを提案。
当然リーチュンも同じだ。
だがイーゼだけは考え込んでいる。
「どうした、イーゼ? 何か不安があるか?」
「はい……少しおかしいかと。この時間とはいえ、一人も見張りがいないのは……。」
「だが、いずれにしてもあの扉に入るしかないだろう?」
「そうですわね……考えても仕方ないことですわ。ですが、罠がある可能性だけは心においていて下さい。」
イーゼは慎重だった。
今までならば、あまり気にしなかったと思うが、今は違う。
イーゼがそう感じたなら、十中八九罠がある。
どんな罠かはわからないが、細心の注意が必要だ。
それを聞いて俺は、事前にいくつかの作戦を練ることにした。
「イーゼが言うならば、罠を念頭に動きを決めるぞ。いくつかのプランを決めておこう。」
俺がそう言うと、全員で作戦を考えた。
基本的には、敵が行うであろう、俺達にとって最悪なパターンだ。
そうなった時の対応を重点的に考えていった。
「よし、これで作戦会議は終わりだ。作戦通りに行かなくても、まずは自分の命を一番に考えて行動してくれ。」
「わかりました。」
「わかったわ。」
「サクセス様は私が守りますわ。」
「ゲロォ」
全員が俺の言葉に同意する。
ちょっとイーゼだけは違う気もするが……。
まぁいい、とりあえず心の準備はできた。
後は作戦を通り、全力でガンダッダを捕縛するだけだ。
「いくぞ!」
俺の号令と共に、全員で最上階の扉の前に向かう。
塔の形状から、この扉の中は円形で広いフロアであろう。
扉はここにしかない。
ここを抑えれば逃げられずに済むはずだ。
「ゲロゲロ、さっき話したとおりだ。お前だけは、この扉の外で待機しててくれ。もしも敵が出てきたら……迷わず殺せ。」
捕縛しろとは言わない。
手加減して殺されたら、後悔しか残らないからだ。
少なくとも殺せば、殺されることはない。
「ゲロ!(わかった)」
ゲロゲロは理解したようだ。
これでもし逃げられたとしても、少しは時間が稼げるはず。
そして俺は、ゆっくりとドアを開けて中に入る。
どうやら鍵はかかってないようだ。
扉の中は、やはり大きな円形のフロアになっており、そして奥には二つの宝箱が見える。
しかし、問題はそこじゃない。
俺達は入った瞬間にガンダッダ一味に囲まれていた。
やはり罠だったか。
敵は既に臨戦態勢。
扉を囲んで30人位の盗賊っぽい奴が武器を構えている。
そして宝箱の前にいる男。
巨大な体に赤色の目出し帽……間違いない。
あいつがこの一味の頭領ガンダッダだ!
「がっはっは! ようやく来たな。本当に来るとは思わなかったぞ。」
「お前がガンダッダか?」
俺は、一応そいつに確認した。
その態度から間違いなさそうであるが。
「そうだ。俺こそが、この国の裏を支配するガンダッダだ。お前らの方こそ、よくもそんな少ない人数で乗り込んできたもんだ。勇気だけは褒めてやるぜ?」
ガンダッダは、余裕の笑みを浮かべている。
「どうして俺達が来る事がわかった!? なぜ逃げない?」
ガンダッダが会話に応じたため、俺は会話を続ける。
それによって、パーティが戦闘態勢に入る時間を稼ぐためだ。
既にここまでは、想定済みである。
「それをお前に言ったところで意味はないだろ? ここで死ぬんだからな。それに、俺達が逃げる? お前ら如きに? がっはっは! こいつはおもしれぇや!」
ガンダッタが笑うと周りの子分達も一斉に笑った。
どうやら俺達は、なめられているらしい。
逆に好機だ。
「なら、お前らを全員捕まえて、地獄に落としてやるよ。いまだ! イーゼ!」
「はい! ラリパッパ!」
イーゼは準備していた呪文を唱える。
睡眠魔法だ。
全員を眠らせる事は無理でも、半数は眠ってくれるだろう。
そう期待して予め作戦を立てていた。
イーゼが罠だというならば多分罠だ。
だからこそ、いくつかのパターンを想定している。
だがしかし……イーゼの魔法は発動しなかった。
「すみません、サクセス様! かき消されました! ここで魔法は使えないようです。」
「がっはっは! お前らはバカか? 使わせるはずがないだろう。このフロアは魔封じの石でできている。魔法は使えないぞ。 間抜けな侵入者が来たもんだな! がっはっは!」
そう言うとガンダッダ一味はまた大笑いを始める。
つまりは、まだ油断しているということだ。
大丈夫! これも想定内。
「作戦Bだ! ゲロゲロ! 入れ!」
作戦Bとは、ドアの前に待機するメンバーを変更すること。
イーゼは、魔法が使えない可能性も予想していた。
相変わらず天才である。
魔法は使えなくても、シロマの疾風の杖は使える。
よって、イーゼとゲロゲロの配置チェンジだ。
今度は、イーゼがドアの外に待機する。
シロマはドアの前で援護、ゲロゲロはシロマの護衛。
そして俺とリーチュンは、一気に奴らを仕留めに行く!
「行くぞ! リーチュン!」
「わかったわ! サクセス!」
俺とリーチュンは同時に敵に向かって駆けていった。
「うお! なんだこいつらは!? はええぞ! ぐわぁぁ!」
最高速度でつっ込んだ俺は、どうのつるぎを抜いて、端っこから順々に子分どもを叩き伏せる。
その際に一応急所は外した。
俺の場合は急所でなくても、一撃で致命傷なはず。
そしてやはり、俺にやられたガンダッダ子分達は立ち上がることはない。
更にリーチュンも、持ち前の素早さを駆使して敵を翻弄し、はがねの爪で次々と敵を斬り裂いていく。
子分達は、リーチュンより大分弱かった。
余裕そうだな。
敵は、複数で斧や剣を使って襲い掛かってくるも、その動きはまるでスローモーション。
魔物の方がよっぽど強い。
だがそれでも油断は禁物だ。
「リーチュン!!」
突然シロマが叫ぶ。
リーチュンが倒した敵が完全に倒れておらず、リーチュンの背後から斧を振りかぶった
……が、シロマが疾風の杖を使って攻撃を反らす。
これこそが、この陣形の長所。
中衛のシロマが前衛をサポートする。
そして、そのシロマに襲い掛かってくる敵は、ゲロゲロが倒す。
正に完璧な陣形だった。
「サンキュ! シロマ!!」
今度こそ、リーチュンはそいつにとどめを刺した。
やはり能力に差があっても数が違い過ぎる。
油断は禁物だ。
ここに来る前に、大量のモンスターに囲まれて戦闘をしてきた経験が生きている。
「ど、どういうことだ! お前らは何者だ! なぜそんなに強い!?」
ガンダッダは、子分達が一方的に蹂躙される姿を見て焦りだした。
そして俺は、それに答える。
俺が何者かをな!
「俺は……お前の子分によって、大切な物を……誇りと純情を傷つけられた……ただの童貞だぁぁ!!」
俺はそう叫ぶと同時に、ガンダッダに接近した。
なぜかリーチュンとシロマはポカーンとしているが気にしない。
今更隠しても仕方ない!
今の俺は童貞を誇りに思うぜ!
「ままま、待ってくれ! すまない! 俺が悪かった! 殺さないでくれ!」
するとガンダッダは、突然その場で土下座した。
その行動に一瞬攻撃をためらう俺。
しかし……それは罠だった。
「危ない! サクセス!」
リーチュンが叫ぶ。
「馬鹿め! 死ね!」
そう言うとガンダッダは、土下座で隠していた斧を、俺の足に向けて薙ぎ払った。
ダンガの能力は子分より断然高いせいか、その攻撃は早い。
がしかし……舐めてもらっては困る。
俺の素早さは225だ。
止まって見えるぜ。
「落ちろ! カトンボ!」
俺は、ジャンプでその攻撃を難なく避けると、ガンダッダの腕にドロップキックをかました。
バキっ!
ガンダッタの腕から鈍い音が聞こえる。
「グィヤァ! いてぇ! 折れた! 降参だ、本当に降参だ! 俺が悪かった!」
「許すわけねぇだろ! このカスがぁぁぁ!」
俺は、剣では殺してしまいそうだったから、その拳でダンガの顔面をぶん殴る。
「ブベラァァぁぁぁ!」
ガンダッダは、変な悲鳴を上げながら後ろにぶっ倒れた。
どうやら気絶したらしい。
俺達の勝利だ!
そして、いつの間にか中に入っていたイーゼは、シロマと一緒になって倒れた子分達を捕縛している。
本当に俺の仲間達は優秀だな。
「みんなよくやった! 遂に倒したぞ! 後は応援で来る王様の軍隊を待つだけだ。」
「やったわね! サクセス! 流石!」
リーチュンが俺に抱き着いて来る。
感情が高ぶると直ぐに抱き着く癖があるようだ。
だが俺も今回だけは、抱き着かれたままではいないぞ!
抱き着かれた拍子に、俺は、素早くリーチュンのお尻を触っておく。
今なら、ばれない!
もみもみ……。
OH! イエース 最高だ!
今回の戦闘で、どうやら俺のスケベスキルがレベルアップしたみたいだ。
リーチュンは全く気付く素振りがない。
やっぱりリーチュンの桃は最高だぜ!
この弾力がイィー!
こうして俺達は、勝利の喜びをかみしめていた。
しかし、そこで突然、倒れているガンダッダから不気味な声が発せられる。
「ふふふ……ふはははは。おもしろい! おもしろいぞ!」
その声は、さっきまでと声と全く異なるものだった。
そして、ガンダッダの体から赤い煙がもくもくと上がる。
次第にそれは大きくなり、赤い影の形をした何かが、突如そこに現れるのであった……。
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