第36話 大切な者

 その後、他のメンバーも起き始めたことから、イーゼは自分の部屋に戻って行った。


「イーゼ……ありがとな。」


 立ち去るイーゼの背中を見て、俺は小さく呟く。

 そして俺の部屋で気絶しているリリィちゃんを見て思った。


 俺の初めてのキスがコイツだったら、俺は死んでたかもしれん!


 そう思うと、如何にさっきのキスが素晴らしいファーストキスだったか……。

 俺は改めてイーゼに感謝した。


 しかし、これから俺はどうやってイーゼと接すればいいだろうか?

 童貞の俺が、あんなに優しくされて、更には初めてを奪われたら普通でいられる自信はない。


 だが後悔など微塵もない!

 本当に幸せだった!


 そしてイーゼのお蔭で俺は普段の俺に戻っていった。 



「どうすっぺかなぁ……。まぁ考えても仕方ないっぺ! なるようになるべさ!」



 とりあえず俺は食堂に行く事にする。

 一つ大人の階段を昇った俺は、この余韻をコーヒーでも飲みながら味わいたかったのだ。

 しばらく一人でコーヒーを飲んでいると、女性陣達もぞろぞろとやってくる


――のだが、俺を見てリーチュンが叫んだ。 



「サクセス!? その髪どうしたの!?」 


「サクセスさん、昨日の事なら話し合いましたから、もう気にしていませんよ?」


 シロマは何か勘違いしているが、その声は優しい。

 でもこれは違うんだ。


 そしてイーゼは……。 



「おはようございます、いい朝ですね。」


 笑顔で挨拶するとそのまま席に着いた。


 ヤバイ! なんだこれ!?

 イーゼの顔が見れない!


 何故か俺は、今までみたいにイーゼを見れなくなっていた。


 何故かといいつつ、理由はわかってる。

 童貞特有のあれだ。

 そう、思春期の童貞が必ず通る道、意識しちゃうってやつだな! 



「ちょっと! なんでイーゼは驚かないのよ!? サクセスに何かあったと思わないわけ? おかしいわ! お願い! 何があったか話してよ!」



 リーチュンは、こういう事には敏感だった。

 しかしイーゼは落ち着いて返す。



「何かあればサクセス様から話してくれるはずです。人には言いたくない事もあるでしょう。少し落ち着いてサクセス様からの言葉を待っては?」



 大人の女の余裕って凄い。



「はぁ!? ふざけないでよ! 何が落ち着けよ! サクセスに何かあったのは見ればわかるでしょ! アタイはサクセスが心配なの!」



 だがその落ち着き払った態度に激昂するリーチュン。



 「まぁまぁ、リーチュンも落ち着いて下さい。イーゼさんじゃないけど、きっとこれから話してくれるはずですから。」



 シロマがそう言ってリーチュンを宥めると、納得はしていない顔でとりあえず席についた。 



「心配をかけてすまない。リーチュン、ありがとう。これから俺に何があったかを話す。その後みんなから意見を聞きたい、今後の事について。でも、まずは飯を食べよう。空腹じゃイライラしてまともに話し合えないからな。」



 俺がそう言うとリーチュンも少しは納得してくれたみたいだ。

 俺の様子がいつもと変わらないのもあったのかもしれない。

 ただ、これはイーゼがいてくれたからだが。


 とりあえず軽い朝食を取ると、俺から何があったかを掻い摘んで説明した。


 実は昨日情報を入手していた事。

 黙っていたのは、誰かに話せばうまくいかない可能性があった事。

 そしてなんとかガンダッダ一味の幹部を捕縛した事。

 その際に、内容は言えないがとても辛いことがあった事。


 若干嘘もあるが、まぁ大体こんなところだろう。

 すると、リーチュンが更に興奮し始めた。 



「バカ! なんでアタイ達を頼ってくれないのよ! そんなになるまでサクセスは傷ついているのに……。それなのにアタイ達は……何もしてあげられないなんて辛すぎるわよ! もっとアタイ達を頼ってよ! 信頼してよ! サクセスに比べたら確かに頼りないけど、それでもサクセスに何かあるなら……我慢できないわ!!」



 リーチュンは大声で泣きながらそう叫ぶ。

 その言葉は、俺の胸の奥に深く突き刺さった。

 そのストレートな優しさに胸が痛くなる。

 それと同時にその気持ちがとても嬉しい。


 俺は悪い奴だ……。こんないい子に嘘をつくなんてな。

 ほんと、童貞だとかなんだとか、そんな事を気にしていた俺が馬鹿だった。

 俺にはこんなにも思ってくれる仲間がいるじゃないか……。

 そんな事にも気付いていないなんて、本当に俺は救いようがない。


 泣いているリーチュンをシロマが抱きしめて宥めている。

 そしてシロマも俺に言った。 



「サクセスさん。詳しい事はこれ以上聞きません。ですが覚えておいて下さい。私達は仲間でありパーティです。一人に無理をさせるのが仲間ですか? そんなパーティなら私はいたくありません。サクセスさんが私達を大事に思ってくれているのはわかります。でも私達にとってもサクセスさんは大事な人です。サクセスさんが守ろうとしている人の中に、ちゃんと自分も入れておいて下さい! わかりましたか!?」



 冷静に見えたシロマであったが、珍しく興奮した様子で怒っていた。

 しかし、怒られているのに、なんでだろう?

 こんなに胸が温ったかいのは……。

 そうか……俺はこんなにも仲間に大事にされてたんだな。


 心からみんなにありがとうと言いたい。 



「みんな本当にすまなかった! みんなの気持ちはわかった! 今後は絶対みんなに話す。俺は……お前達が……大好きだ! ありがとう!」


「わかってくれればいいんですよ……。でも本当にお願いしますね、サクセスさんに何かあったら私は……。」



 シロマはそれだけ言うと、その場で泣き崩れてしまった。

 リーチュンとシロマが二人で抱き合いながら泣いている。


 俺はそれを見て本当に反省した。


 もう簡単に捨てようとはしないから!

 もっと童貞を大事にするから!


 ん? なんかちょっと違う。

 まぁ冗談だ。

 とにかくみんなありがとう。



 パンっ!!



 すると突然、イーゼが手を叩く。

 そして話し始めた。



「そう言う事ですので、サクセス様、これからはもう少し頼ってくださいね。これでこの話は終わりにしましょう。では、今後の事について話し合いましょうか。」



 イーゼが話をうまくまとめると、それからガンダッダ一味のことについて話し合うことになえう。

 決まった内容はこうだ。


 一つ、まずはギルドを通して、捕縛した奴らを城に引き渡す。

 二つ、集団で攻めれば逃げられる可能性があるため単独で塔に向かう。

 三つ、時間差で王様にそれを手紙で伝えて、塔の周りを包囲してもらう。


 これからは時間が勝負だ。

 早急に、そして秘密裏に対応をしなければならない。

 しばらくすれば、隠しアジトで何があったかバレてしまうだろう。

 バレたら間違いなく逃げられる。

 とりあえず俺たちは急いで行動した。


 ギルドには、先にイーゼが向かって説明をする。

 その後、ギルドと待ち合わせた場所でワイフマン達二人を引き継いだ。

 その他にも、イーゼには独自のルートで王様に手紙も渡してもらう。


 これで準備は整った。

 後は、いにしえの塔に行き、ガンダッダを捕縛して財宝を奪い返すだけだ!


 待ってろよ、ガンダッタ!


 俺の童貞……そして、みんなを泣かせた怨みは消えてねぇからな!

 あんな店を作ったことを後悔させてやる!


 こうして俺たちはアバロンを出て、いにしえの塔に向かうのだった。



 今、俺の復讐の狼煙が上がる。

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