第4話
再会は、意外とあっさりとしたものだった。翌朝、クラスに行くと僕の左隣の席に彼女がいた。しかしあっさりとしすぎたというべきなのか、昨日のような印象はなく、むしろ凡庸な、知った顔程度の感覚しかなかった。
彼女は前と同じ、水色のパーカーとジーンズを身につけていた。だから恐らく同じ人なのだろうが、到底そうは思えなかった。まだ双子といわれれば納得する。
彼女は友人と談笑していた。それだけで進学校出身だとわかった。このクラスは殆ど特定の進学校の出身で構成されていて、僕なんかは顔見知りがいない。このクラスに友人がいることそれ自体が偏差値の証明になる。
嫌な思いだった。彼女が「そっち側」であってほしくなかった。あの光景はもっと別の、切実な何かによるものであってほしかった。足りぬ故の輝きであるべきだった。
嫉妬だった。それも、身を焦がすほどの感情でもなく、人知れず目を冷やかすような、独りよがりで勝手な嫉妬だった。そしてその感情を、また身勝手な落胆がオブラートのように包み込んでいた。
予備校の一日は、午前の九時から四時までにわたる授業と、午後十時までの自習によって構成されている。辛い生活のように思われそうだが、僕には丁度いいものだった。
授業の講師は話の上手い人が多く、気軽に聞けるし、教材も充分だったから自習にこと欠くことはなかった。
また、クラスに知り合いがいないのも幸運だった。僕には人の些細な言動を過敏に反応する癖があって、人のことなんてわかりっこないのに、それが悪意なのか好意なのか妙に気になってしまう。しかし、知り合いがいなければ話しかけられることもないので気が楽だった。
そして何より、彼女が自分と異なる人間とわかって、あの光景に対する執着が薄れたことが大きかった。嫉妬はあるものの、それを吐き捨てて勉強に集中できた。
浪人が始まって、一週間ほどのことだろうか。僕は初めて彼女と話した。僕が落とした消しゴムを彼女が拾うという一連が何度か繰り返されるうちに、彼女がからかい気味にその理由≪わけ≫を訊いた。
自習の静かな教室に、彼女の声が轟いた。小言だったけれど、僕には充分大きく聴こえていた。社交的でいて、それでも人に媚びない声だった。
僕はとっさに思いついた言い訳で返した。やや早口だったかもしれない。彼女は軽く笑い、元の姿勢に戻す。僕も同様に俯き、英単語のページを開いた。単語は頭に入らず、代わりに彼女の言葉だけが反響した。伸びすぎた前髪がひらりひらりと視界に入るように、ひどく邪魔に思えた。
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