王子様、マジギレです!


 けれどそれが現実である証に、北大路きたおおじはミツキちゃんに詰め寄って畳み掛けた。



「あんた、俺なんかのためにみなみくんを利用したのかよ! 南くんの優しさを踏み躙るような真似して……南くんを何だと思ってるんだ!? 南くんが許しても、俺は絶対にあんたを許さないからな!」



 死人みたいに青ざめたミツキちゃんの顔が、呆然としていた俺の脳を覚醒させた。


 そうだ、何をぼんやりしてるんだ! 北大路を止めなきゃ!!



「や、やめろ、北大路! いいから……もういいから!」



 思うが早いか、俺は飛び出して北大路の背中に掴みかかった。


 北大路が振り向き、綺麗な弧を描く目を大きく瞠る。俺は北大路を抱えるようにして押さえたまま、視線をミツキちゃんに向けた。



「ミツキちゃん……その、ごめんね」

「こんな奴に謝らなくていい!」



 しかし口を開くも、即座に北大路に一蹴される。



「何で南くんが謝らなきゃならないんだよ!? 南くんは何も悪いことしてないじゃないか! なのに謝るなんておかしいだろ!」



 獣のような剣幕に気圧されながらも、俺は北大路の怒りに燃える目を見つめて首を横に振った。



「おかしくないんだよ。俺も、謝らなきゃならないんだ。ミツキちゃんに……それと、北大路にも」



 北大路の全身から、怒気が引く。俺を映す瞳も、緩やかに凪いだ。


 それを確認してから、俺は北大路を離して固まったまま震えているミツキちゃんにそっと近付いた。



「ミツキちゃん、ごめんね。俺のことなら気にしなくていいよ。俺、わかってたから……ミツキちゃんは、北大路のことを知りたいんだって。でもミツキちゃんは優しいから、なかなか言えなかったんだよね」



 ミツキちゃんの大きな瞳から、涙が溢れ出す。こんな顔、見たくなかった。こんな悲しい表情に、させたくなかった。



「それに俺も、ミツキちゃんを利用してたんだ。ミツキちゃんのためにって理由をつけなきゃ、自分を変えようとなんてできなかった。俺にもっと勇気があったら、ミツキちゃんにこんな辛い思いさせなかったよね。本当にごめん、ごめんなさい」



 謝りながら泣きそうになって、それを隠すように俺はミツキちゃんに頭を下げた。



「私も……ごめんなさい。南くん、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……!」



 後半のごめんなさいは泣き声で震えて、ほとんど言葉にならなくなっていた。


 俺は慌てて顔を上げて、ミツキちゃんにポケットティッシュを手渡した。ミツキちゃんは素直にそれを受け取ってくれた。



 ミツキちゃんが泣き止むのを待ってから、俺は送っていこうかと尋ねた。でもミツキちゃんは一人で大丈夫だと言って、立ち尽くしたままの北大路の横をすり抜けて帰って行った。一度だけ顔を上げて、北大路を見たようだったけれど、結局声はかけなかった。


 ミツキちゃんは、どんな気持ちで北大路の横顔を通り抜けていったんだろう。


 想像しようとして、でもすぐにやめた。彼女の気持ちにこれ以上立ち入るのは、失礼でしかない。



 ミツキちゃんを見送り終えると、俺は北大路に向き直った。



「あのさ、北大路」

「ごめんね、南くん」



 俺が謝るより先に、北大路は謝罪の言葉を口にした。



「え、何で北大路が謝るんだ? お前こそ、何も悪いことしてないだろ?」



 近付いた俺を避けるように、北大路は俯いた。



「だって俺……関係ないのに。南くんに関係ないって言われたのに、首を突っ込んで余計なことして、こんなことに……」



 目の前から、北大路の姿が消える。


 今話してた北大路は幻だったのか!? なんてアホなことを考えたけれど、よく見たら急に蹲っただけだった。



「土曜日の夜、南くんがあの子と一緒にいるのを見て……あの子なら、何か知ってるかもしれないって思ったんだ。急に痩せて元気がなくなって南くんのことが、心配で心配で仕方なかったから、せめて理由だけでも知りたくて」



 それを聞いて、俺は仰け反りかけた。


 こいつ、どんだけ俺を心配してんだよ! おじいちゃんズより重症じゃねーか!


 俺は北大路の隣に腰を下ろし、華奢に見えて意外としっかりしている肩を軽く叩いた。



「心配かけて、本当に悪かった。ちょっとダイエットしようとしてただけで、病気とかじゃないんだ。それに、そこまで痩せてないんだけど……」


「は? ダイエット? 何で? あの子のため? あの子が痩せろって言ったの?」



 北大路が、俺を睨む。


 ええ……ちょっとー、また殺意の波動に目覚めたトワになっちゃってるんですけどー。何をこんなにキレてんだ、こいつ。



「違うよ、さっき彼女に言ったろ? ミツキちゃんのためにって思わなきゃ、やってられなかったんだ。自分を変えたいって気持ち、北大路にならわかるだろ?」



 慌てて言い訳したおかげで、北大路の鋭い目つきは和らいだ。だけど納得できなかったらしく、苛立ちの滲む声でグチグチ言い始めた。



「俺が変わらなきゃならないのはわかるけど、何で南くんが変わらなきゃならないの? 南くんはそのままでいいのに、どうしてダイエットなんかしたんだよ。ダイエットする意味がわからない。そのせいで、南くんが減っちゃったじゃん。何てことしてくれたんだよ、本当に」



 俺が減るとか、変な言い方するなぁ。俺の体積が減ったって、それこそ北大路には関係ない気がするけれど、いちいち突っ込むのも野暮だ。


 それよりも今は、言わなきゃならないことがある。


 俺は改めて、北大路を真っ直ぐに見た。



「ダイエットはもうやめたから、すぐに戻るよ。北大路、いろいろとごめんな。八つ当たりみたいな暴言吐いたし、ラインも無視したし、お前には本当にひどいことをたくさんした。本当にごめん。友達失格だよな」



 北大路はじっと俺を見つめ返していたけれど、すぐにふっと力が抜けたように微笑んだ。



「いいよ、南くんが元の元気な南くんに戻ってくれるなら、俺はそれで十分。でも、もうダイエットなんかしないって約束してくれる? でないと俺、心配してまた暴走しかねないよ」


「大丈夫大丈夫。今日、早速アヤカに寄ってきたから。お前の分の晩飯、半分食ってやったよ。家に残りがあるから、帰ったら処理よろしくな」



 そう言って、俺は立ち上がった。



「なあ、北大路」



 俺の呼びかけに応じて、北大路がこちらを振り仰ぐ。



「俺、お前のこと好きだよ。だから、これからも仲良くしてくれると嬉しいな」

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