王子様は食欲旺盛!

節トキ

マシュマロ男子で何が悪い!?


 そりゃ俺だってもう高校生なわけだし、可愛い彼女がほしいなーとは思うよ。クラスの皆が好きな子に告白してオッケーもらえたとか、話題のスポットでデートしたとか、ついにキスしたとか、そんな話を聞いてたら羨ましいって気持ちになるし、それに比べて自分は……って落ち込むことだってある。


 女の子にモテるイケメンを目指して、外見だけでも頑張ればいいんだろうけどさ。


 でも――俺にとっては、女の子と付き合うより大事なことがあるんだ。



「ふあー、うんまー! 腹ペコにジューシーな唐揚げって、マジ最の高だよな! 全身に幸せが染み渡るー!」



 待ちに待ったお昼休み、誰よりも早く弁当を取り出した俺は誰よりも先に箸を付け、誰よりも高らかな歓声を放った。この時の俺は、誰よりも輝いた顔をしていると自分でも思う。



「……南、お前よくそんなバクバク食えるな。俺、食べるどころじゃねぇわ」



 目の前で、高野がげんなりとした顔で項垂れる。最近付き合い始めた彼女が好きだという、俳優のナントカみたいにカッコ良くセットした髪もぐったり萎れていた。四時間目の体育、キツかったからなぁ。



「高野、食わねえの? だったら弁当寄越せよ。俺が綺麗に片付けてやんぜ?」


「は? ふざけんな。このお弁当はマナちゃんが俺のために愛を込めて作ってくれたんだ。お前みたいな爆食いデブの餌にしてたまるかよ」



 せっかく親切に申し出てやったというのに、高野は可愛く包装された弁当を慌てて俺から遠ざけた。



「うっわ、爆食いデブとか辛辣ぅー。いくら親友でも、言っていいことと悪いことがあると思いまーす」


「うっせ、間違ってねーだろ。何だ、その巨乳。無駄にむにむに出っ張りやがって。そろそろブラ付けたらどうよ?」


「お、俺のこの豊かな雄っぱいを揉みたいのか? 仕方ねぇな、一回だけだぞ? もちろん、マナちゃんに言いつけてやるけどな!」


「誰がお前の贅肉なんか触るか。ハンバーグに肉団子付けたような手で唐揚げ貪り食うデブなんざ、お呼びじゃねえわ。俺を誘惑するつもりなら、マナちゃんみたいにスレンダーになって出直してこい」



 さすが小学校からの親友は容赦ない。


 現在、身長170センチに体重は90キロ弱。運動部に入ったことなんてないから、筋肉があるわけでもない。おかげでこのふくよかボディは、成長期に乗じて年々ぷよぷよ膨らみつつある。



「あれ、『王子様』じゃん。随分と戻ってくるまでに時間かかったな」



 高野の声に、俺は五個目の唐揚げを頬張りながら教室の出入り口を見た。すると、そこには目を奪われるほどの美青年の姿が。


 俺は唐揚げをはむはむと噛みながら、ぼけーっと彼――王子様こと北大路きたおおじを眺めた。


 いやー、本当に何度見ても美青年だよなぁ。サラサラの黒髪とか、切れ長の目とか、鼻とか口とか輪郭とか、全部が全部整いすぎてて、とても俺と同じ人間とは思えない。パーツは同じはずなのに、何でこんなに違うのかと人体の神秘を感じるよ。美青年って言葉、三次元の相手では初めて使ったかもしれない。北大路って奴は、そのくらいの美青年なんだよな。


 俺だけじゃなく、教室にいた全員が北大路に視線を送っている。チラ見する者ガン見する者、それらを無表情のまますり抜けて北大路は窓際の自分の席に向かっていった。



「北大路、遅かったな。もしかして、更衣室から教室まで戻るのに迷ってた?」



 唐揚げを飲み込み、俺は問いかけてみた。


 この学校に北大路が転入してきてから、もう一ヶ月になる。なのに彼はまだ、クラスの誰とも打ち解けられずにいた。だから俺なりに気を遣って、なるべく声をかけるようにしているんだけれど。



「ううん、別に……」



 が、北大路の返事はいつもと同じで素っ気なかった。



「何だよ何だよ、また女子から告白されてたとか? 北大路、イケメンだもんな〜。ホント羨ましいぜ!」



 そこへ、高野が軽口を叩く。しかし北大路は何も答えずに、カバンを持って教室を出て行った。今日もどこかで一人、ご飯を食べるんだろう。


 俺だって、何回も誘ったよ。だけど全然うんと言ってもらえないから、迷惑なのかと思って諦めたんだ。



「ったく、北大路って顔はいいけど性格はまるでダメだよな。あいつ、俺らのことバカにして口もききたくないとか思ってんじゃね? 前の学校って、有名な進学校だったらしいし。あー、腹立ったら腹減ってきた。俺も飯食お」



 高野はそう言って、乱暴な手付きで弁当を開いた。



「おい、やめろよ、そういうこと言うの。やっかみにしか聞こえないぞ?」


「ウヒョー、今日のお弁当も美味しい! さすが俺のマナちゃん! ……ん、何か言ったか?」



 俺がたしなめるも、高野は愛する彼女の手作り弁当でテンションが上がり、自分の発言などすっかり忘れてしまったらしい。はいはい、こいつはこういう奴なんだ……。


 高野に限らず、北大路のことを良く思っていない奴も少なくない。あまりにも高スペックゆえに、名前をもじって『王子様』とまで呼ばれてるくらいだ。嫉妬する男子、告白してフラれた女子などなど、転入してまだ一ヶ月ほどだっていうのに良い意味でも悪い意味でも既に有名人だ。


 だけどまだ誰も、北大路が本当はどんな奴かってのは何も知らないまんまなんじゃないかな。心を許して話してくれたら、ものっすごいおもろい奴かもしれないじゃん? あの顔なら、どんなギャグ言われても笑う自信あるし。


 それより何食ってるんだろ? 前に住んでたところはここより都会だったみたいし、美味しい食物やらお店やらいっぱい知ってるんだろうな。同級生からお取り寄せスイーツとか送られてきてないかな。仲良くなったら、分けてくれないかな。



 結局――食欲最優先の俺にとって、北大路の一番気になる点は、そこなのだった。

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