第113話 足利義昭
「信長、そいつが土御門か?」
足利義昭は信長の横に座る俺を見下すような目をしながら問いかけてきた。
「私が土御門ヒロユキにございます。」
俺は頭を下げ、返答するも。
「貴様に聞いておらぬわ!」
俺の顔を蹴り飛ばす。
「ヒロユキ様!」
市は俺に駆け寄って来る。
「うむ、良き女子がおるではないか、相手をしてやるゆえ、ちこうよれ。」
市は睨みかえし、
「私はヒロユキの妻にございます。
たとえどなたであろうと相手をする気はございません!」
「なんと無礼な!将軍たるワシの誘いを断るとは!
こちらに来れば良いのだ!」
足利義昭は無理矢理引っ張っていこうと手を伸ばすが、俺がその手をはたく。
「御輿の癖に何を勘違いしている。俺の嫁に手を出すならてめえの首を貰うぞ!」
殺気を込めて足利義昭を睨むと、俺の家臣達を共に殺気を込めて足利義昭に対峙する。
景久は既に足利義昭を間合いに入れ、俺に近付こうものなら即座に脇差で斬る構えであった。
「ワシは将軍足利義昭であるぞ!」
織田家家臣は将軍の肩書きに戸惑う者もいるが、土御門家にとっては関係なかった。
「両者静まれ!義昭様、援軍の将たる土御門の妻を奪えば上洛も果たせませぬ、此処は寛大な心で御容赦致すのも将軍としての器にござらぬか?」
信長が下手に出つつ、この場の収拾をはかる。
「う、うむ、仕方あるまい、寛大なワシに感謝するのだぞ。」
捨て台詞を残して義昭は去っていった。
「すまんな、ヒロユキ殿。」
「信長殿が謝る事ではないですが、あれが御輿で大丈夫ですか?」
「分別の足りぬが、大義名分としての利用価値はあるのだ。」
「わかりました。しかし、市に手を出すようなら・・・」
「その時はかまわん、斬ってしまおう。」
信長にさとされ、俺はこの場をおさめるが、始まる前から上洛戦の失敗が見えていた。
その夜、足利義昭は市の部屋に自らの家臣松田頼隆を送り込んでいた。
「足利義昭様がお呼びである、すぐ参られよ。」
しかし、返事がない。
「ごめん!」
松田頼隆は部屋に入るが其処には誰もいなかった。
「なっ!何処に!」
部屋をざっと探すが人影は無い。
それもその筈、ヒロユキは市の安全を考え、一緒の部屋に滞在していた。
その為、市の部屋は空になっていたのだが、足利義昭はその事を知らなかった。
「仕方ない出直すか・・・」
松田頼隆が部屋から出るが、彼は其処までの命であった。
正成が率いる伊賀者、神部小南の手にかかり討たれたのである。
「ふん!主の奥方様を狙うとはふとどき者が!こうしてくれよう。」
小南は死体を義昭の部屋に放り込む。
市の到着を心待ちにしていた義昭は暗闇に現れた人影を市と思っていた。
部屋の扉が開かれ、倒れ込んできた者を義昭は抱きしめるが・・・
「な、なんだ!頼隆?おい頼隆、市は何処じゃ?」
何度聞いても松田頼隆は答えない。
「おい、頼隆、何とかいうのじゃ!」
義昭は頼隆の死体を揺さぶる。
すると頭が義明の目の前で落下する。
小南が軽く止めただけの首は義昭の揺さぶりで落下したのである。
「ぎぃゃぁぁぁぁぁ!!」
夜中に義昭の悲鳴がこだました・・・
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