第77話 信玄と義信

「この愚か者が!」

武田義信は武田信玄に叱責されていた。

「しかし、父上、ヒロユキを呼びつけた事の何が悪いのでしょうか?」

「義信、ワシをなめているのか?お前がヒロユキを始末しようとしたことに気付かぬと思ったか!」

義信は企みがばれた事に一瞬、罰の悪そうな顔をするが・・・


「父上、そもそもヒロユキ等何処の馬の骨かもわからぬ者、重用するのが間違っているのです。

私が家督を継いだからには最初にどちらが格上か教える必要があったのです。

その上でヒロユキが頭を下げ、私の下僕として働くなら生かしても良いとは思いますが。」


「義信、武田家が名門とはいえ、そのような考えは捨てよ!

このワシとて家中の顔色をうかがわねば国が持たんというのに、御主にワシ以上に家中を纏めれると言うのか。」


「譜代の家臣達はヒロユキの排除を望んでおりますれば、言わばこれは家中の総意にございます。」


「譜代の家臣だと?」


「はい、甘利信忠、板垣信安からの嘆願にございます。」


義信が上げた、甘利、板垣は親の代の功績から筆頭家老を任せている家である。

信玄にとってもこの者達の意見も無視する事は出来ない。


「甘利と板垣か・・・」


「父上、彼等の声は一部にございます。

名門武田の名を誇りに思う者は素性のわからぬ者を不快に思っているのです。

どうか、御検討なさってくださいませぬか?」


「義信、そなたの言葉もわかった、ただヒロユキにはまだ働いて貰わねばならん。

当分は自重せよ。

なお、家督を継がせる話は取り消す。

大人しく甲斐を治めるように致せ。

甲斐を纏めておればいずれは他の者も義信を認めるであろう。

良いな、くれぐれも自重致せ。」


「父上!!・・・いえ、わかりました。

その時が来るまで、甲斐を治めておきます。」


義信は不満がありつつも今は時期ではないという判断をくだし、大人しく信玄に従う。

ヒロユキを始末するのは家督を継いでからだと・・・


そして、信玄にしても家中が割れた事を重く受け止めていた。

果たして義信が家督を継ぐ時までに家中が纏まるのか、不安を感じていた。


「信繁戻ったか?してヒロユキはなんと?」


「兄上の隠居の撤回、甲斐に行かない、義信に会わない事を条件に此度は矛を治めるように話をつけてきました。

ただ、ヒロユキとしては義信の廃嫡を望んでいるようにございました。」


「些か、傲慢ではないか?」


「命を狙われておりますゆえ、致し方無い事かと。

して、義信の方は?」


「それがだな、甘利と板垣が義信を支持しておるようだ。

まあ、隠居の撤回は認めさした。」


「甘利と板垣ですか、親の代は功績を立てておりましたが今の奴等は・・・

ヒロユキの手柄を妬みましたか。」


「とはいえ、筆頭家老の立場であるからな、無視も出来まい、頭の痛い問題よ。」

信玄は頭を抱える。


「兄上、義信以外を跡継ぎに出来ませぬか?」


「それは出来ん、そもそも誰を跡継ぎにするというのだ。

次男信親は失明しておるし、三男信之は亡くなってしまっておる。」


「勝頼ではいけませぬか?」


「あれは正室の子でない、家中が纏まらぬであろう。」


「確かに・・・しかし、義信でも纏まらぬのでは?

それならば、ヒロユキと仲の良い勝頼の方が武田の為になるのでは?」


「信繁、家督についてはあまり口を挟むでない。

これは当主の裁量である。

そして、一家臣の好き嫌いで決めるものでもない。」


「申し訳ありません、少しでしゃばりました。」


「良い、信繁がワシを思っての忠言であることはわかっておる。

ようは義信が皆が認める手柄を立てれば良いのだ。」


「兄上、何か考えが?」


「うむ、尾張攻めの大将を義信に任せる。駿河、遠江、甲斐の兵を使い攻めさせる。

信繁は北信濃に入り、上杉への備えを頼む。

ワシは駿河にて政務を取ろう。」


「三河のヒロユキは如何に致しますか?」


「あいつが出たら義信の手柄が霞むであろう。

上杉との戦いで消耗しているとの名目で三河の兵と共に出陣をさせず待機とする。」


「わかりました。そのように手配致します。」


信玄は攻めやすいと感じた尾張からの侵攻を考えていた。

先日、同盟の打診があり、ほぼ纏まりかけていたということにも関わらず・・・

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