終章 真空に響き渡るメッセージ

第41話

 散らばる瓦礫と無数の残骸は、景色を荒涼と感じさせるが、その実、ぼくたちにとってそれらは天からの実りそのものだった。

「オーバーテクノロジー!」とフランシスとエディが艦橋のモニターを前に、揃って目を輝かせる。

「研究熱心なのはいいけどさ」とぼく。「回収したところで扱えるのか?」

「わたしを」とフランシス。

「ぼくを」とエディ。

 そして、二人は声を合わせていう。「誰だと思ってる?」

 それを知っているからこそ不安なんじゃないか。ぼくはクレアと嘆息し……。

「あれ。クレアは?」

「彼女たちなら、外」とフランシスが答えた。

 外? というか「たち」って?

 疑問符が浮かんだ直後、艦橋の窓の前を〈スイマー〉と、ぼくの〈プロスペクター〉が高速で横切った。

 え? ぼくの?

 アッシュとの戦いで破壊されたぼくの〈プロスペクター〉は、最早瓦礫と呼んだ方が相応しいほどに崩壊していて、〈コントラクター〉たちの廃墟に在った作業機のパーツらしき部品を一から組み立てた方が、まだまともに動くものができるだろうというフランシスの判断の下、コクピット部以外を全て遺棄されてしまった。……はずだった。

「直ったのか、あれ」

「直ったどころじゃないわ」

 フランシスの鼻息が荒くなったのを察知したぼくは、咄嗟に話題を変える。

「いや、そもそも、誰が乗ってんだよ」

「エミリーよ」

「エミリー? 怪我人だろう?」

「ペダルを踏めて、レバーを握れるようになれば問題ないって」

「誰が」

「彼女の判断だよ」とエディ。「軍医は止めたが」

「聞く耳持たずってやつか」

「エミリー、君よりも才能あるかもな」

「再戦、挑んでみたら?」とフランシス。

「止めてくれ」ぼくはソファに腰かけ、遠巻きに外を眺める。「勝負に興味はない」

「本当に?」

「ああ。彼女が操縦を引き受けてくれるっていうのなら、ぼくは喜んで隠居するさ」

〈スフィア〉が発生させるエネルギーを〈ファントム〉に充電し、フランシスと〈プロテージ〉が廃墟から使えそうな部品を集めた後に、エディが旅立ちを宣言した。

 かつてぼくたちの生活そのものだった〈ミグラトリー〉。その残骸がどんどん後方へと遠ざかり、やがて完全に目視できなくなる。

「それから、あんたたち」エディは振り返る。「肩の力を抜けよ」

 彼の視線の先には、新たに艦橋に持ち込まれた機材と、その前に並ぶ〈サークレット〉の兵士たち。機材はどれも〈コントラクター〉の基地から回収したもの。いずれ、エディはあれの操作を彼らに任せるつもりらしい。何に使うのかは知らないけれど。

 エディはスクリーンの隅に、宙域の地図を表示した。船の針路を水平に取った俯瞰図だ。

「旅は始まったばかりだ」

「お前こそ、険しい顔じゃないか。何か問題が?」

 エディは溜め息を吐いた。「山積みだ。……見てみろよ」

 スクリーンに映されていた宙域の地図が拡大して、更に縮尺も大きくなった。石、石、石。進路上には無数の石が……いや、実際のところはもっとスケールが大きい。

「小惑星群だ」エディは頭を掻く。「こんなのは想定外だ」

〈プロテージ〉からの情報提供により存在が発覚した〈ファントム〉の環境予測機によると、センサー外の宙域にも隕石群は帯状に広がっているらしい。

「寿命が尽きるまでに迂回できるかってところだな」

〈《ウェーブ》は?〉とクレア。〈《スフィア》から充電した分で〉

「せめて環境予測機が『クリア』の判定を出すまでは無理だ」

「環境予測機って?」ぼくはフランシスに聞く。

「あれ」と彼女は〈サークレット〉の兵士たちがいる方を指した。

 それからフランシスはエディに向かって話した。

「問題はそれだけじゃない。人も物も過積載。

「重さくらい、なんだっていうんだ。無重力だぞ」とぼく。

「駄目なの。単独ならともかく、牽引してるから。〈ファントム〉とカーゴの連結部に負荷がかかってる」

「だからって、切り離すなんてしないぞ」

「そうしないで済むように、警告してるの。エディ。これ以上加速しないで。カーゴと並走するように。それから、無闇に舵を切らないこと」

「目の前に隕石が迫っても?」

「ゆっくり、ゆっくり迂回して。……今まで通りに」

「頑張れよ、操縦士」

「ぼくは通信士だったはずだろう?」

「それなら聞くけど、ぼくとクレアのどちらに舵を任せたい?」

 エディは沈黙を返した。

「ちょっと、接続部、見てくるね」

 そういってフランシスは艦橋を出て行き、彼女と入れ替わるようにアドルフがやってきた。

「大丈夫なんだろうな。この船は」

「カーゴの方にいるんじゃなかったのか?」とぼくはエディに聞く。

「大半の設備の〈サークレット(専門家)〉に任せることになったんだ。指揮する奴が必要だろう」

「乗っ取られなきゃいいけどな」

「そんなタマじゃないさ。あれは」

「なんだ。妙に信用するじゃないか」

「市民の命を守る責任があるんだってさ。まだ肩書きを背負っているつもりでいる」

 責任、ね。まあ、肩書に胡坐をかくだけの男じゃないというのは解ったし、こんな狭い艦橋内で地位を登り詰めていったところで、得られるものは幸先不安のストレスと、山積みされた諸問題を解決する義務だけだというのは、アドルフも承知しているだろう。

「それで、どうなんだ。航海は無事に進んでいるのか」

「無事なんてどこにもないって、お互い思い知らされただろう」とぼくがいう。

「そうだが――」

「衝突事故か、電力不足で野垂れ死にか――」

 エディの余計な一言で、アドルフ防衛主任の顔が青褪めた。

「死ぬのか?」

 エディは笑う。

「これ以上余計な口出しをされたら、手元が狂うかもな」

〈それじゃあ、わたしはわたしの仕事を始めるわ〉クレアからの通信だ。

「仕事?」アドルフは眉を潜める。

〈《ファントム》の舵を動かせないなら、障害物を壊して回るしかないじゃない〉

 アドルフはぼくを見た。

「あんなこと言ってるが……」

「破壊と殲滅は彼女の得意分野だ」

「危険はないのか」

「話、聞いてなかったのか」とエディ。「危険を避けるための作業だ」

「作業のことだ。彼女に危険は?」

 ぼくとエディは顔を見合わせた。そして、クレアが叫びにも近い声を上げる。

〈初めて心配されたんだけど!〉

 いや、ぼくたちだって心配したこともあっただろう。多分。

〈だけど任せて〉とクレアが胸を叩く。〈みんなの不安は、わたしが跡形もなく消し去ってやるわ!〉

「ああいってるが」とエディ。

「じ、冗談じゃなさそうだな」とアドルフ。

 普通は冗談だと思うところだが。

「良く解ってきたじゃないか。クレアのこと」

 ぼくの言葉に「解りたくなかったよ」と返し、アドルフは部下の指揮を始めた。

〈プロテージ〉と〈スイマー〉、それとエミリーが乗る〈ぼくのプロスペクター〉が〈ファントム〉の進路上にある障害物を蹴散らし、船はどうにか小惑星群を抜け出した。その間、ぼくは艦橋でエディの背後からスクリーンを眺めているだけ。

「ん?」と不意にエディが声を漏らす。

 微睡んでいたぼくはスクリーンに目をやるが、取り立てて興味を引くものは映っていない。

「通信だ。それも……この座標は……」

「……どこなんだ?」

「〈ミグラトリー〉だ」

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