第26話
船体の前後を軸に建てられた八つのポールに、帆が張られた。獅子のたてがみにも見えるこの〈セイル〉が、ぼくたちを砲撃から守ってくれる。
「〈エーテル〉を繊維状に編み込んだことで、使用量を減らしながら表面積の拡大に成功したの」
そう言って胸を張るフランシスに対して、全員が液体をどうやって編んだのだろうという疑問を抱いたはずだが、率先して高説の犠牲者になろうという者が現れなかったために、その技術は秘匿された。
「我ながら良いアイデアだと思うんだけど」
どんなアイデアなんだ、と聞いたら負けだ。
「……おかげで、〈エーテル〉の余剰分を利用して――」
「作ったのが、あの〈盾〉か」
格納庫の映像を見ながら、エディが割り込んだ。
フランシスは頬を膨らませ「その通り」と言って会話を打ち切った。
「それじゃあ」とマクスウェル。「出航だな」
〈ファントム〉が帆を大きく広げ、動き出す。
〈スフィア〉までの実際の距離を通常の速度で航行すると凡そ二週間はかかるという試算だが、今回はその道のりの大部分をショートカットできるだろう。とはいえ、それは相手がこちらの目論見通りに動いてくれた場合の話だ。ドデカい熱線が飛んでくる。それを〈セイル〉で受け留めて、転換したエネルギーで時空の裂け目に飛び込む。まあ、当てが外れたとしても、それはそれで構わない。スケジュールに二週間分のクルージングが追加されるだけ。
懸念があるとすれば……。ぼくはすぐ隣に目をやる。
「何か心配事か?」
聞こえないはずはない距離なのに、返事がない。もう一度同じ言葉をかけて、やっとクレアは返事をした。
「生存者のリスト。両親の名前がなかったの」
そう言われて、ぼくは浅はかな質問をしたと後悔した。誰もが顔に出さないだけで、みんな誰かを失っている。同僚だったり、友人だったり、家族だったり。平静でいられるわけがないんだ。
「行方不明になった人の大部分は、寝ている最中(入眠期)だった。最近は、連絡を取り合ってなかったから多分の話だけど、ライフスケジュール上では、あの人たちも眠っていた。向こうの世界(アウター・ワールド)に居たまま……死ぬってどうなるのか、ちょっと想像つかないんだけど」
死後の世界というものを想像する。宇宙で何百年もの歳月を過ごした人類も、未だそんな世界を発見できていないこと。いずれいつかは自分たちも、その世界に辿り着く運命にあること。願っても、拒んでも、否応なく順番はやって来る。ぼくやクレアの両親がいる世界。ウォルターがいる世界。
「……覚悟はしていた。実際、事実を知っても思ったほど悲しくはなかった。……薄情かな」
「実感がないだけだろう」
「〈ミグラトリー〉を出るって決めたときから、もう会えないんだって自分に言い聞かせてたから。どうして、こんな形で? とは思うし……悔しいけど」
「怒るしかないんじゃないか」
偶然か、今までずっとぼくたちを見ていたのか、ふと艦橋にいたマクスウェルと眼が合った。
「何それ」とクレアは首を傾げる。
マクスウェルは平然と視線を移したので、偶然だったのだろう。
「捨てられないし、割り切れない問題だからさ。他にやり場もない」
「怒ったところで――」
「意味なんかないさ。だけど、意味があることを求めても、今ここにはもう何もないんだ。死人に祈って、それでも清算出来ない想いは、何か他で発散するしかない」
「……発散、ね」
「建設的なことをしようと思わなくてもいい。それができる強い奴もいるけどさ。そいつはそいつなりの発散の仕方を選んだってだけに過ぎない」
「妹がね。生きてたの」
妹。エイミー。エイミー・アルドリッチか。何故かぼくの中でその名前は、容姿や経歴、血縁関係なんかよりも、自分の内臓と結びついてしまっている。
「あいつ、宙域作業機のライセンスを持っていたから、その……『あれ』があったとき、わたしたちを追い駆けようと〈ミグラトリー〉の外に出ていて」
「良かった……と簡単にいえる状況じゃないけど……無事だったこと自体は幸運だ」
まあ、こんな事態に見舞われた時点で不運以外の何物でもないけども。
「無事じゃなかったみたい。救助活動中に、事故を起こしたみたいで」
「傍に居た方が良かったんじゃないか?」
「怪我自体は大したことないみたい。鎮静剤打って、眠ってた」
「大したことなくても……家族だろう?」
「カイルはわたしを船から降ろしたいの?」
「会えるうちは、会っておいた方がいいって思うだけさ」
「それって、体験に基づくアドバイスってやつ?」
「ぼくたちが聞いたと思っていた声。思い過ごしだって〈プロテージ〉がいっていただろう?」
「だけど、カイルたちは諦めないんでしょう?」
再びマクスウェルと目が合った。今度は意図的だ。マクスウェルはぼくの言葉でこちらを振り向いたし、ぼくもマクスウェルがどんな態度をするかと気になって、彼のことを見ていた。エディも姿勢こそコンソールと向き合っているが、意識はぼくたちに向いている。フランシスもこの場に居れば、似たような態度を見せただろう。
「諦めるわけにはいかないんだ。手段がある限り。……約束があるから」
「約束?」
クレアの問いに答えていいものか。ぼくは口にはしないが問いかける。
返答を、二人は口にしないが、無言を了承だとぼくは受け留める。
「ちょっと場所を変えよう」
「ここじゃできない話?」
「見てもらった方が、早いんだ」
艦橋を出る間際、もう一度マクスウェルとエディの方を振り返ると、二人はモニターの前で今後のプランを練っていた。
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