第25話

 艦橋の外では円柱状の容器を甲板に設置する作業が進んでいた。〈スイマー〉が〈ミグラトリー〉の残骸の中から回収した天然ガスの貯蔵タンクを、フランシスが改造したものだ。

「こんなものを運び込んで、本当に大丈夫なのか?」

 気密窓越しに作業の様子を眺めながら聞くと、室内の放送用スピーカーから〈プロテージ〉の声が響いた。

〈これ自体はただの装備。本体はあなたが食われるのを目撃したという機体の方〉

「あれが……」

 艦橋のモニターの前ではエディが作業の指揮をしている。そこでは配電盤から遠い。装備の稼働に干渉する。エディがいう一方で、それなら自分でやってみろ、とクレアも応戦する。二人の口喧嘩を尻目に、ぼくはメインモニターに目をやった。映っているのは作業の様子だ。拡大。更に拡大。そうして、円柱状の容器のデティールを掘り下げると、容器の中は赤いゲルで満たされているのが確認できた。

〈食ったっていうのは?〉船外で作業中のマクスウェルだ。

「魂を抜かれたのさ」

〈魂?〉

「本体だか核だかが、中にいたんだ。それをあの怪物が……食った」

 どうして、ぼくたちは赤いゲルを回収しているのか。話は作業に取りかかる前に遡る。マクスウェルが艦橋を出て行って、ぼくたちが現実に打ちのめされたあと。沈黙に沈む空気を払拭しようと、クレアが口を開いた。

「それで? このあとの計画は?」

 そう。その通り。ぼくたちには計画がある。あるらしい。縋るものがなくなっても、やらなきゃならないことが無くなったわけではないってこと。それに挑み、挑んでどれだけのことがぼくたちにできるのか。できたところでそこに何の意味があるのか。正直、全く見当がつかないが。

「あなたたちが〈グリッター〉と呼称した《 》が纏う――」

 また発音のしようがない言葉だ。ぼくはフランシスと顔を見合わせ苦笑いした。

「あれは恒星から抽出した〈エーテル〉と呼ばれる液体合金。合成前の《 》の表面上で安定した形状を保ち、加えられたエネルギーを蓄積。その分容積が肥大化する」

「その蓄えたエネルギー。放出することは?」とフランシス。

「可能」

「爆発するのを見た」とぼく。

「熱量や電力の置換は即時行われるものの、運動エネルギーにはほとんど対応できない。液状だから」

 液体だから? 液体だから、衝突したものは、すり抜けていくってことか?

「ぼくが隕石を振り回したら命中したぞ」

「それは制御ユニットが自衛のために、貯蓄したエネルギーの一部をあなたの攻撃に合わせて放出したから」

 即刻反論されたぼくに、四人の視線が集まる。なんだよ。疑問に思ったことくらい聞いたっていいじゃないか。

「還元できない衝撃は、〈エーテル〉に緩衝された分を差し引いた分が制御ユニットに達することになる」

〈プロテージ〉はそう言って、話を戻した。

「そして」とエディ。「〈スフィア〉の砲弾は、熱線だ」

「その〈エーテル〉で〈スフィア〉の砲撃を遮るって案は解った。だけど、それで遮れるなら、脅威でもなんでもないじゃないか」とぼくが聞く。

「こちらが〈エーテル〉を利用できるって解ったら、二射目は撃ってこない」

「それは……そうか」

 再び、四人の視線がぼくに集まる。解かった。解かったよ。ぼくでは〈プロテージ〉の知識に太刀打ちできない。

「〈スフィア〉は撃ち損。では次の手は?」とエディ「これは予想のしようがないし、残された資源だけで対処できるかだって怪しい。怪しいというか、無理だろうな。だからこそ、打って出る必要がある。いいか。これは最期にして最大のチャンスだ。まず一つ。〈コントラクター〉は、ぼくたちのプランに気づいていない」

「狙撃の準備を始めたから?」とフランシス。

「ああ、そうだ。〈エーテル〉がこちらの手に渡っているとは考えてないんだ。その誤解こそが、ぼくたちにとって唯一のアドバンテージになる。向こうが他の手を用意してくる前に攻め込んで、次の手を封じるんだ」

「封じるといっても、相手は惑星規模だぞ」

「それが総出でかかってきたらどうなる。それこそ、対処のしようがない」

 エディは全員を見渡し、異論が出ないのを確かめると再び口を開いた。

「〈ミグラトリー〉と衝突した際に爆発した〈グリッター〉が周辺宙域に自分の部品を撒き散らした。〈プロテージ(彼女)〉の話じゃ、その多くも核(コア)と同じ材質なんだそうだ」

「それを回収すれば――」とぼく。

「どうだ。エンジニア(フランシス)」

「……やってみる。あいつらに一矢報いることができるなら」

 方針を共有すると、ぼくたちは〈グリッター〉の残骸と〈エーテル〉を回収し、それからこうして〈ファントム〉の改修に取りかかっているというわけだ。

「信用できるのか? 〈プロテージ〉のこと」

〈プロスペクター〉の修理を後回しにされたぼくは、周辺監視の名目のもと、艦橋でエディとコーヒーを飲むくらいしか仕事がない。

「疑うべきだとは思うよ。何せ、得体が知れないし、話さない。話されたところで、信憑性を確認する手段もないが」

「じゃあ、どうして」

「素性がどうであれ、目的が一致しているのは確かだ。〈スフィア〉を制御する前線基地を破壊したい。少なくとも、君とマクスウェルを助けたのが、ぼくたちを出し抜くためのパフォーマンスだったとしたら、凝り過ぎだ」

 それに、とエディは続けた。

「利用価値がある。彼女がいれば、この船の全貌を解き明かせるかも」

「この船、他にも何か?」

「有っても不思議はないだろう。異星人の船だ」

「ぼくがカギを握ってるって、最初の言葉――」窓に映る自分が酷く陰気臭い顔でこちらを見ている。「……先のこと。将来を見通せていたらって思うよ」

「後悔してこそ人生だって、諦めることだな」

「珍しく悲観的だな」

「クレアもいっていただろう。先なんて誰にも解からないって。だから、間違うのは当たり前だし、それが嫌で立ち止まろうとしても、世の中の方が勝手に変わっていく」エディは窓外の星屑に目をやる。「こんな風にな。時間の流れに置き去りにされて、どうして自分は変わろうとしなかったんだって後悔する。心残りなんてないように……なんて生き方は無理な話だ。それこそ、時間を巻き戻したり、あるいは――」

「あるいは?」

「不老不死になるとか。永遠の命があったら、一度や二度の失敗も、どれほどの喪失も、無限の時間と経験を前に比重が小さくなる」

「そんなの、在り得ない」

「そう。在り得ない。できるのは、将来のために今最善を尽くすことだけだ」

〈艦橋の二人〉と通信機からクレアの声が響く。〈そろそろ時間よ〉

 エディが観測機を起動し〈ミグラトリー〉が在った宙域にカメラを向ける。〈サークレット〉の救助船で情報交換をした際にクレアが聞いた話では、これから些細な追悼式を行うそうだ。弔うにも大した供物を用意できないから、生存者たちは、非常信号灯として艦内に備蓄があったケミカルライトを献花の代わりにばら撒くらしい。

 淡い緑色の輝きが、瓦礫が浮かぶ中に広がっていく。それぞれが、その光に祈りを捧げた。唐突に終わりを宣告された者たちに、せめて向こう側で安息がもたらされるように、と。

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