第21話

 艦橋の定位置に座るエディは、大型モニターに映像を映した。

「御覧の通り〈サークレット〉の連中は救助で手一杯だ」

 瓦礫が漂う宙域に、数台の艦船が陣形を組んで浮かんでいる。中心にいる艦船は艦首のライトを一定の規則で点滅させていた。要救助者に向けた呼びかけだろう、とエディは補足する。

 ビルの残骸が船の前を横切っていく。ここには暮らしがあった。少し遠くの方では、椅子やテーブルの群れが所在無げに回遊している。人が生きていた。元が何かも判別できない鉄くずが更に離れたところでゆっくりと回っている。

 ここに、人が生きていた。

 全てが宇宙に放り出されてやっと、ぼくたちはそんな当たり前のことを実感している。これまで、ここに歴史が紡がれていたことを。ぼくたちはその一連の中を生きていて、つい先ほど、それが終わった。

 大きな亀裂が入ったコンドミニアムが、〈ミグラトリー〉の外壁らしき金属板と衝突して、腹の中身をぶちまける。食器。衣類。電化製品。〈ファントム〉の生体探査装置が動体反応を見つける度にスキャンして、それが有機体でないと解かると注目を解除していく。靴。非常用缶詰。照明器具。見つかるのは、生活の名残だけ。

 ここで続いた全てのことが終わって、これから先は何もない。

 せめて。せめて、一人でも生き残りはいないか。いてくれないか。ぼくとマクスウェルが〈プロスペクター〉の予備機で瓦礫の中を奔走したのは一時間ほど前のこと。それがこうして〈ファントム〉の艦橋から宙域を監視しているだけなのは、救助を諦めたからではなく、同様に生存者を捜索していたらしい〈サークレット〉の集団と鉢合わせした際に、総攻撃を浴びたせいだ。

「デイリーニュースのトピックに挙がれば、何であれそれが事実になる。今やアップロードする会社もネットワークも無くなったが」

 報道が最後に見せた光景は、ぼくたちが〈ミグラトリー〉の防衛装置を破壊して回る姿だったそうだ。だから、生き残った人たちはぼくたちの船を見つけると、全ての責任を取らせるため、目の色変えて襲いかかってくるってわけ。

 意気消沈して俯くぼくたちの中で、エディが手を叩いて視線を集める。

「悲観的になるのは後だ、後。まだ何も終わっちゃいないぞ」

 そう。まだ何も終わっていない。真空を越えてやってきた〈グリッター〉は宣戦布告に過ぎず、メッセージを送りつけてきた奴らは、次の手を用意していた。

「恐らく事態はどちらが絶滅するか、という話なんだろう」

 それは、遥か遠方で観測された。

「次は何のご登場だ」

 マクスウェルが苛立たし気に聞く。

「何って。見えるだろう」

 エディは、艦橋の窓を指す。

 それは、ぼくたちが生まれるよりも遥か前から、そこに存在していた。

「光っているでしょう。堂々と」とフランシスが痺れを切らす。

 次の脅威。それは、暗黒の海で煌々と輝く白い星。

 ぼくたちは今まで、あれを太陽と呼んでいた。

「何をイラついてんだよ」とマクスウェルがフランシスを睨む。

「……肝心なときに、何の役にも立たなかった」

「おれたちはやれること以上のことをやったさ。なあ?」

 マクスウェルはぼくを見る。

「……ぼくじゃなくて……」ぼくは呟く。

「何だ?」

「ぼくじゃなくて、ウォルターだったら……」

 マクスウェルは歩み寄り、項垂れるぼくの胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。

「だったら、何だ?」

「こんなことにはならなかったかもしれない」

「くだらねえ」

 マクスウェルはぼくを床に引きずり倒した。

「あのお嬢様(クレア)は、こんなときにどこで何をしてる」

「生存者の中に、わたしたちの知り合いがいないか調べに向かってる」

 いいながら、フランシスはぼくに歩み寄り、手を差し伸べた。

「爆発が起こったのが見えた。あんまり、現実感はなかったけど。何、あれ。なんで? そんな感じ。エディがカイルたちと通信を結ぼうとしたときに、やっと実感できた」

 ぼくは差し出された手から顔を背けた。すると、フランシスはぼくの腕を掴んで引き上げた。

「エディがどれだけ叫んでも、スピーカーから流れるのは――」

「叫んでないぞ」とエディ。

「叫んでた」とフランシスはぼくに耳打ちした。「あなたたちは生きていてくれた。だから、まだ終わりじゃないって思える。なのに、そっちだけ勝手にもう終わりだなんて顔はしないで」

「生き残ったことを喜べないなら」とエディ。「あるいは、時計を巻き戻す方法でも相談してみるか?」

「……随分、冷酷なのね」とフランシス。「もっと犠牲になった人たちに寄り添うとか考えられないの?」

「そうやって暖めれば死体は蘇ったりするのか?」

「そんないい方――」

「……声がしたんだ」

 全員がぼくを見る。

「カイルは、あの化物と話をしたらしい」とマクスウェル。

「化物って?」フランシスが聞くと、エディはコンソールを操作して、映像をモニターに表示した。

 ぼくはフランシスとエディに視線を送った。

「あいつ……」いいながらも、ぼくは二人の視線をうかがう。ぼくの意図を知ってか知らずか、二人とも反応を見せない。「ウォルターの声をしていた」

「はあ?」マクスウェルはワザとらしく声を挙げた。「誰の声だって?」

「だから」ぼくも思わず声を荒げた。「ウォルターの声で喋ったんだよ。あの化物は。取調室にもあいつは現れた。ウォルターはこの船のことを聞いて……何をやったんだって――」

「マクスウェル」と、エディ。「君は聴いたのか。その……ウォルターの声を」

「聞くわけないだろう! どうせ、そいつの幻覚だ」

「……だそうだけど……カイル?」

 ぼくは爪を噛みながら考える。確かにあれは、間違いなくウォルターの声だった。彼がこの世にはもういないというのは解かっている。「あの日」のことだって、忘れたわけじゃない。

「通信ログは。ぼくの作業服(スーツ)の通信機が記録しているはずだ」

 すると、エディは溜息を吐いて、コンソールを操作した。波形が表示されると共に、音声が流れる。

 しかし、聞こえてきたのはノイズだけ。時折、雑音越しに喚くぼくの声も混じってはいるが、ウォルターの存在を示すものはどこにもない。

「ぼくは話したんだよ。……あいつと。ウォルターと! これは明日を変えようとした代償だって、あいつは……」

「ウォルターが?」とフランシス。

「ぼくたちは眠り続けているべきだったのか?」

「バカバカしい」マクスウェルは吐き捨てるようにいった。「いいか、カイル。後悔も懺悔も、するのはお前の勝手だ。だけどな。お前以外は、もうみんな前に進もうとしている。……進まなきゃいけないんだよ! それをお前は――」

 マクスウェルはぼくの顔を見て言葉を詰まらせた。そして、ぼくはマクスウェルの顔を見たそのとき、自分の頬を涙が伝っていることに気づいた。

「……くそっ!」マクスウェルは艦橋の出入口に向かって歩き出した。「輸送船を整備してくる。エディ。生存者を見つけたら声をかけてくれ」

「……ああ」

 マクスウェルが出て行ったのを見計らったように、フランシスが口を開いた。

「カイル……何か飲む?」

 憐れむフランシスの視線から逃れるために、ぼくは顔を伏せた。

「ぼくは……どうすれば良かった?」

「それは……」

「君は生きてる連中より、死んだ奴らが大事らしいな」

「そういうわけじゃ――」

「ぼくだけだったら全滅していた」

 エディの言葉に、ぼくは思わず顔を上げた。

「君の機転が〈グリッター〉の軌道を、あの三百人から逸らしたんだ」

「それで慰められるとでも?」

「慰めたつもりはない。ただ――死人に寄り添って暖かく弔ってやるか、生き残った連中を護るために、冷酷になるか。今はそれを選ぶときだ」

 エディが環境のモニターに映像を表示する。映し出された映像には、真白な球体が映っていた。球体には大小様々な亀裂が彫られていて、それぞれが何らかの独立した機能を持つユニットのようにも見える。亀裂からは絶えず眩い光が漏れ出ていて、ぼくたちが太陽だと錯覚した光の正体がそれなのだろう。

「この球体は恒星を内包しているんだそうだ。だから、惑星系の配置的にも、あれを太陽だと思い込んできたのは全くの間違いってわけでもない」

「恒星が?」フランシスが聞く。

「この惑星系で、最もエネルギーを産出する自然物だからな。外殻は発電システムと――破壊兵器を兼ねている」

「どうして今まで誰も気づかなかったの?」

「さあね。……いや、あれの正体を見抜けなかった理由は解かるんだが」

「煮え切らない返事ね」

「強力な妨害電波さ。無人機を飛ばしても途中で信号が途絶える。ここから電子拡大してもノイズが奔って見れたもんじゃない。だから、視認できる情報しか判断材料がなかった。……勿論、太陽以外の何物でもないという思い込みもあっただろうがな」

「そこまで解っていて、何が解らないの?」

「今更になって観測できる理由だよ。妨害電波を解く理由が解らない。まあ――」エディは窓の外に目をやった。「無くなったものが今後の状況を左右するとは思えないから、一先ずは目の前の問題に集中しよう」

 言って、エディは話を進めた。

「便宜的にあれを〈スフィア〉と呼ぶが、外周にリング状のユニットが三機ある。それぞれに穴が開いていて、そこを通るエネルギーを収束させるそうだ」

「『そう』?」とフランシス。

「情報提供者については、後で話すが……。目下、ぼくたちと生き残りの船を狙っているのが、あの狙撃装置というわけだ」

「そんなものがあるのなら、初めから使えば良かったんだ」と、ぼく。そうだ。たった一瞬でまとめて全部ケリを着けてくれていたならば、煩わしい問題も残らなかった。

「向こうも、こちらの手の内を全て解っていたなら、そうしていただろうさ」

「どういうこと?」とフランシス。

「恒星がどれだけ膨大なエネルギーを絶えず放出していたとしても、それで制御の手間が省かれるわけじゃない。収束し、狙いを定める。それだけのことだって、距離が離れていれば難題だ」

「外したら、また打てばいいだけじゃないか。エネルギーはほとんど無尽蔵なんだろう?」ぼくがいうと、フランシスが溜息を吐いた。

「いっそ、全滅していれば良かったって思ってる?」

「別に……」

「次段発射に時間が必要なら、そういうわけにもいかないんだ。こっちには〈ファントム〉があるからな」

「この船が?」

「〈ウェーブ〉ね」とフランシス。

「これまで碌な接触を計ってこなかった連中だ。こちらのエネルギー事情には詳しくないだろうが、こちらに何があるかってことくらいは掴んでいたんだろう」

「どうして?」

「攻め方に対する理由付けさ。ただ滅ぼしたかったから滅ぼそうとしたなら、狙撃で終わらせていい。だけど〈ウェーブ〉の本領を発揮できさえすれば、こちらは一射目をかわして遠くへ逃げたり、裏をかいて反撃することもできる」

 エディは映像を切り替える。

「そして、もう一つ。焦点を手前に移すと……影がはっきりするだろう?」

「これって」とフランシス。「まさか、星なの?」

「規模は〈ミグラトリー〉の三倍ほどだ。構造からして、自然発生したとは考え難い」

「建造物?」

「前線基地ってところだろうな。〈グリッター〉が飛来してきた方角と座標が一致している」

「じゃあ……」

 口を開いたぼくに、エディは頷いた。

「あれが全ての元凶だ」

「あれが……」

 ぼくたちが招き寄せてしまった災厄。数百年続いた〈ミグラトリー〉の歴史をたったの一撃で終わらせてしまった奴ら。

「そして、あれを根城にしている連中の正体だが。……それについては、彼女の口から直接聞かせてもらおう」そして、エディは窓の方を見ていった。「入ってきてくれ」

 ガラスを擦り抜け、〈プロテージ〉が艦橋に現れた。

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