第4話
「エディ! カイルを回収した。そっちは?」
ぼくたちからそう離れていないところで〈ミグラトリー〉の外壁に船首を突き刺した船が見える。先に話を聞いてはいても、実際にその光景を目の当たりにすると、唖然とするばかりだ。
あれこそがぼくたちの船。〈ファントム(幽霊船)〉だ。船。文字通りの船だ。どんな荒波も断つだろうと思わせるほどに逞しい竜骨と、甲板には帆をかけるような柱が立っている。だから、船首を壁面に突き刺していると……それはもうただ操縦を失敗して座礁したようにしか見えない。
〈ご苦労様〉音声と共に、髪を頭の上の方で纏め上げた女性の顔が、コクピットのモニターに映る。〈拘置所の居心地はどうだった?〉
画面の向こうで笑う彼女は、フランシス。
「今聞いたら、後の愉しみがなくなるぞ」
〈ぼくが操縦してるんだ〉と同じ回線から、今度は男(エディ)の声だ。〈あいつらに捕まえられるわけないだろう?〉
前進の推進装置を逆噴射させ、〈ファントム〉がゆっくりと後退していく。〈ミグラトリー〉の外壁から〈ファントム〉の船首が抜けると、外壁に開いた大穴がみるみる内に収縮していった。〈ミグラトリー〉に備わる自動修復システムだが、どんな仕組みかって問いは禁句だ。口にすれば最後。機械好きのフランシスの、終わらないレクチャーが始まる。
合流を焦るぼくに対して、クレアは機体を反転させた。〈ミグラトリー〉の外壁が陽光を照り返して白く輝いている。クローズアップ。ぼくたちが開けた穴。更にクローズアップ。こちらに向かって飛んでくる銀色の輝き。
「追ってきたのか。あいつ」
「随分好かれているみたいじゃない」
「笑えないぞ」
〈スイマー〉の両ヒレの付根にある二門の火器が火を噴く。しかし、鉛玉の連打では足止めにさえならず、〈銀ピカ〉と〈スイマー〉の距離は、あっという間に縮まった。クレアは〈スイマー〉の細長い身体を丸め、尻を前に向けた。尻先には牽引用の大型のアームが、そして、そのアームが掴んでいるのは槌型の掘削機。棘のついた打撃面が高速回転して打ちつけたところを抉る仕組みだ。
〈スイマー〉が振りかぶったハンマーは〈銀ピカ〉の腕に直撃して、赤熱した金属粉を撒き散らした。クレアがその光景に笑みを浮かべる。飛び散った金属粉は急速に冷え、黒色になって漂う。〈銀ピカ〉は空いている方の手でハンマーを押し返そうとする。クレアは負けじと〈スイマー〉のアームを操作するレバーを押し込んだ。〈スイマー〉の体格は〈銀ピカ〉の三倍ほどあり、見た目の対比通り、単純な力比べではクレアが勝っているようだ。
なのに、それなのに。〈銀ピカ〉の腕から赤く吹き出していた金属粉の勢いがみるみる内に失われていく。
「今度は何なの!」
腕だ。〈銀ピカ〉の腕とは別に、もう一本の腕が〈スイマー〉のアームを掴んで押し返そうとしている。どこから生えたんだ、あんな腕。そう思って目を凝らすと、〈銀ピカ〉の背中にあるユニットから、膨大な量の銀粉が吹き出している。銀粉は暗黒を背景に輝きながら、〈スイマー〉のアームを押し返す腕に集合していく。そして、腕の続きを――肩、上体、それから頭部、と人の姿を形成していった。そうして構築された体躯は〈スイマー〉よりも一回り大きく、正に巨人と呼ぶに相応しい。
なるほど〈プロテージ(被保護者)〉ね。〈銀ピカ〉を庇うように〈スイマー〉と取っ組み合う銀粉の集合体を見て、納得した。〈サークレット〉の連中が〈銀ピカ〉をそう呼ぶのは、これが理由か。
「ムカつく!」
「まあ、こうも手も足もでないんじゃな」
「そうじゃない」クレアは乱暴にレバーを操作した。「あの態度よ。態度。なんだか、ああいう態度、父親を思い出す」
「過保護に育てられたって自慢?」
「なんでも根回して、わたしの可能性を奪うことが子育てだって思ってるところ」
根比べを続けていては分が悪いと考えたんだろう。クレアは〈銀ピカ〉から一旦距離を開けた。対して人型に集合した金属粒子は、一旦霧散すると〈銀ピカ〉の前で再び人型を形作り、そして両腕を広げた。まるで我が子を庇うみたいに。その様子を見たクレアが舌打ちした。
「それが気に入らないなら、親父に直接言ってやれ」
「何度も言った。言っても聞かないから、縁を切る(旅立つ)んでしょ!」
ぼくとの会話に気を取られたクレアのその隙を突き、〈銀ピカ〉が金属粒子の巨人諸共、ぼくたちに向かって突進してきた。
「しつこいところも、そっくり!」
迫り来る〈銀ピカ〉に対し、クレアは〈スイマー〉の腹を晒した。降参? まさか。採掘屋(ぼくたち)なりの反撃だ。
「エディ!」クレアは通信機に向かって言う。「あいつの材質は?」
返答を待つ間に〈スイマー〉の腹が展開し、格納されていた人の拳くらいの装置が〈銀ピカ〉――〈プロテージ〉――の周辺に散布された。ぼくたちはあのばら撒かれた装置のことを〈アトラクト〉って呼んでる。
〈解析結果を送った〉
エディの声と共に、コードが送られてきた。〈アトラクト〉は表面を特殊な力場を持つ鉱石に覆われていて、通電すると電圧に応じて特定の組成を持つ金属を吸引する採掘装置だ。コードは〈アトラクト〉に流す電圧を指定する。
「セット!」
クレアの声に反応して、〈アトラクト〉がコードの受信体制を取る。発せられる青い輝きは、準備完了の合図だ。無数の輝きが広がっているのを確認すると、クレアは発信ボタンを押した。
〈アトラクト〉が起動すると〈プロテージ〉を庇っていた銀粉の集合体の表面が剥離して塵と化し、〈アトラクト〉に吸引されていく。銀粉の集合体は容積を減らしながらも〈スイマー〉と肉薄するが、〈アトラクト〉にその身が削がれるのに伴い、力は衰えていった。
イケる。そう思ったのも束の間。〈アトラクト〉に引き寄せられていた銀粉が楔型に形状を変え、吸引力を逆手に取り〈アトラクト〉の制御装置を貫いた。電圧を伴わない〈アトラクト〉は、ただの石同然だ。散り散りになった銀粉は再び集合し、〈プロテージ〉を守護する巨人になった。
〈気づいてないかもしれないから、教えておいてやるが〉とエディの通信が入る。〈港湾から《サークレット》の宙域探査機が発進したぞ〉
クレアは再度〈アトラクト〉をばら撒いた。結果は同様だが、銀粉の巨人の力が一時的に弱まった隙に〈スイマー〉は急速後退して〈プロテージ〉から距離を取る。
「あと何回、同じ手が使える?」
クレアは機銃を掃射して〈プロテージ〉を牽制する。表皮に傷すらつけられない鉛玉にも銀粉の巨人は反応して〈プロテージ〉を庇う動作を見せた。
「残量は……二回ってところね」
〈アトラクト〉を撃墜した〈プロテージ〉が銀粉の巨人を連れて迫って来る。クレアが〈アトラクト〉を散布した。残りは一度分。目測ではこのまま〈ファントム〉と合流できそうだが、側面から〈サークレット〉の部隊が迫っている。
「エディ、聞いてる? 今から《荷物》をパージする」
〈後先考えて言ってるんだろうな〉
「当然でしょう」
「待ってくれ」とぼくは二人の会話に割り込む。「荷物って?」
〈お前に決まってるじゃないか〉
「どういうことだ、クレア」
「あの〈銀ピカ〉の目的は、あんたなんでしょう? あいつの目的が何であれ、相手が欲しがっているカードは最後まで渡さない。勝負の定石よ」
「クレアはどうするんだよ」
「〈サークレット〉の連中はわたしに手出しできない。知ってるでしょう?」
「だからって、ぼくだけ逃げ出すなんて――」
「言ったじゃない。あんたはお荷物なの。エディ、準備は?」
〈できてるぞ〉
コンソールのモニターがぼくに警告を発する。
「ちょっと待て。勝手に話を進めるな」
「〈スイマー〉のメインパイロットはわたしよ」
「エディも! そう簡単にクレアを見捨てるつもりか」
〈彼女がそうしろって言ったんだ〉
「そんなの、簡単に従うなよ!」
〈言うことを聞かなかったら、どうなるかって考えてみろ。君は怒鳴り散らすだけだが、彼女は逆らったぼくらを生かしておかない〉
「そうだろうけど……。だからって――」
「ドサクサに紛れて言いたい放題ね」
クレアは〈スイマー〉の体内に格納されていた有りっ丈の〈アトラクト〉を放出すると、それで銀粉の巨人を退け、長い身体を巻きつけるようにして〈プロテージ〉を拘束した。そしてぼくの座席は脱出ポッドと化し、〈ファントム〉目指して射出される。〈アトラクト〉を撃墜した銀粉の巨人が〈プロテージ〉から〈スイマー〉を引き剥がそうと取っ組み合う。〈ファントム〉が近づくにつれて〈スイマー〉の機影がどんどん小さくなっていく。ぼくは……ぼくは見ているだけだ。
〈助けに来ればいい。クレアだって信じてる。準備さえ整っていたら、ぼくたちはあいつらなんかに負けないって〉
項垂れるぼくに、エディはそう言った。
〈それに〉今度はフランシスだ。〈助けられたがってる〉
〈お姫様に憧れてるもんな〉
「なんだそれ」
〈クレアは最近、そんな映画ばかり観てたの〉
〈助けてもらうためには、まず捕まらなくちゃならないだろう?〉
〈まあ、その映画、最後にはヒロインを助けようとした主人公は志半ばで息絶えて……〉
「これ以上、不吉な話をしないでくれ……」
〈ファントム〉の甲板で待機していた人型宙域作業機〈プロスペクター(探鉱者)〉が、ぼくを艦内に収容する。たどたどしいその動きに、ぼくは違和感を覚えた。
「フランシスか? 乗ってるの」
〈エディは舵を握っているからね〉
「マクスウェルはどうした」
〈外出中。テレビであの《銀ピカ》を見てからずっと〉
「機体を交換してくれ」
〈クレアを助けに行くから? 宇宙服(スーツ)着てないじゃない〉
〈クレア。聞こえているな〉エディの音声だ。〈波(ウェイブ)を打つ。流される覚悟は?〉
〈いつでもどうぞ〉
「良くないぞ!」
銀粉の巨人が〈スイマー〉の胴を引きちぎり、〈プロテージ〉が猛スピードで〈ファントム〉に接近してきた。尾を放り棄てられた〈スイマー〉は無力にも無重力の中を漂う。側面からは〈サークレット〉の部隊による銃撃が始まった。
〈諦めなさい。今出ていったら、クレアの犠牲が全部無駄になる〉
フランシスが言うと〈死ぬつもりはないんだけど〉とクレアが反論した。
〈敗北を胸に刻め〉
エディの言葉と共に〈ファントム〉の船底が光を帯びる。周囲の空間が揺らぐ。揺らぎは〈ファントム〉を中心に波状に広がり、その光景は宇宙が波打っているかのようだ。
波は全てを押し流す。〈ファントム〉が放つ〈ウェーブ〉は、空間そのものを波立たせ、実在するもの全てを流してしまうんだ。銀色の粒子も銃弾も。〈サークレット〉の部隊はもちろん、〈プロテージ〉だって例外ではない。〈スイマー〉の残骸も、辺りに散った〈アトラクト〉も。
〈隠蔽装置を展開して後退だ。この期に及んで船外に飛び出そうなんてことは考えるなよ〉
喧騒の全てが押し流され、宇宙に静寂が戻る。
ぼくと。それから、ぼくの無力感だけが波の中心に残された気分だ。
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