第5話
「〈ミグラトリー〉の防衛装置を総動員して、追い払えなかった相手だ」
そばでぼくが溜息を繰り返すのに嫌気が差したのだろう。艦橋の中央にある巨大なメインスクリーンの前で周辺宙域の監視をしていたエディは、画面に視線を向けたまま、そう切り出した。
「場当たり的に挑んだにしては、マシな方さ」
隠密装置と先刻の〈ウェーブ〉の起動に莫大なエネルギーを使ったせいで、艦内は目下省エネ中。暗がりを手探りで進み壁際のソファに腰かけると、フランシスが冷えた瓶を持ってきた。瓶を煽って煽って、また煽る。計器を弄りながら横目にぼくの様子をうかがうフランシスに気づいたが、ぼくは瓶を空けるのに専念した。
モニターのバックライトの明転が金属の壁を照らす中、垂れ流しにされたニュース音声と瓶の中身が揺れる音が耳に入る。それだけ。事態を打開するような天啓を願うが、それをもたらしてくれそうな〈銀ピカ〉はぼくたちに牙を剥いた。……いや、中指を突き立てたのはクレアの方か。運命なんてクソ食らえ。そんな感じで。
「クレアはどうなった?」
「〈スイマー〉の残骸は生体反応と救難信号を発信していたからな。〈サークレット〉の連中が道義的責任を果たすために、通常の救助手続きに則って〈ミグラトリー〉に収容された」
モニターの傍らに置かれた鏡に映るエディの目が、ぼくを覗く。
「蓋(キャノピー)を開けてビックリだろうな。箱(コクピット)の中身はなんと、アルドリッチ家の令嬢だ」
「その、通常の救助手続きっていうのに、収監は?」
「親は技術公社の会長だぞ。それはもう、ぼくたちには想像も及ばない――」
「及ばない?」
「贅沢を堪能してるだろうさ」
「元の生活に連れ戻すために、あの手この手を使って誘惑されてるかも」とフランシスが茶化す。
「みんなクレアのこと心配じゃないのか?」
「立場を代わってやれるもんなら、率先して引き受けてやるね」とエディがいい、
「悲惨なのは、クレアの世話を任された人たちじゃない?」とフランシスがいう。
「暢気なことをいっている場合じゃないだろう。彼女はぼくのせいで――」
「君のせいじゃない」とエディは言った。「ぼくたちがやったことだ」
「まずは〈ファントム〉のエネルギーの回復を待たないと」
フランシスがポケットからペンライトを取り出し、ぼくの目を照らす。
「エネルギー」ぼくは光線を手で遮り、エディを見る。「どれだけ使ったんだ?」
「三分の二ほど。……出航は延期だな。残念ながら」
「くそっ!」ぼくはソファの背もたれに身体を預ける。「また待ち続けるのか」
天井を眺めて深い溜息を吐くと、フランシスがぼくの視界に割り込んだ。
「仕方ないでしょう? 出し惜しみしている場合じゃなかった」
ぼくを見降ろすフランシスから逃れるために、窓の方へと視線を移した。果てのない暗闇と、瞬く無数の星々。人類が生まれた星に縛られていたのは遥か昔の話で、その決心をさせた理由がなんであれ、人は自らを育んできたものに別れを告げ、暗く寒い新天地で生きることを選んだ。そんな彼らは前人未到の最先端で在り続け、人類は認知と可能性を更新し続けてきた。
〈ミグラトリー〉なんてものができるまでは。
母星を旅立ち、航海を経て、ここを移住地(ミグラトリー)と決めるまでの経緯は公的記録が残されていないけれど、絵本や唄となって今の世まで語り継がれている。母星を発進した数多ある宇宙船の中の一隻を指揮した男。トム船長。彼とその船のクルーこそがぼくたちの祖先であり、〈ミグラトリー〉の礎をここに築いた。
途方もない旅路の、初めの一歩を踏み出した偉大な人たち。彼らの勇敢さによってぼくたち人類はここまでやって来られたっていうのに、バトンを受け取ったぼくたちは、数百年余りもこんなところに留まったまま一向に先へ進めていない。
「折角、船を手に入れても、これじゃあ、馬鹿みたいじゃないか。同じことの繰り返しみたいに待ち続けて……」
挑戦や冒険を忘れてしまった人たちの代わりに、誰かが引き継がなきゃならない。かつて、ぼくにそう語った男がいた。目を覚ませ。本物の人生は、気密防壁の向こう側にある。男の声は、自信に満ちていた。
ウォルター。ウォルター・ロバーツ。
同じ声をしたあの機械。態度は尊大で、ウォルターのそれとは似て非なるもの。そもそも、何よりこの期に及んであいつがぼくの前に現れるなんてことは在り得ない。
……在り得ないんだ。
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