新学期だろうが世界は世界
昨日のボウリングは楽しかった。なおお姉様は二連続ガターをやってしまった藤宮君が、錯乱して演歌を小声で歌い始めた辺りでツボに入ってしまい、ほぼボウリングができない状態になってしまった。
現実逃避はよそう。
ゴリラの授業は耳鳴りが発生しそうな程、私語一つ発生しない。まあ、実際はゴリラが生徒に質問するので一定の音は発生するが、それでも何も知らない人間が見ればお通夜のような雰囲気を感じるだろう。
「貴明、全く異なるタイプの妖異が出現するとしたら、どのようものになると思う?」
早速首席の僕に質問ですか。いやあ、こういう時に出来る首席は辛いなあ。
真面目に考えよう。全く異なるタイプの妖異か……そうなると……。
「はい! インターネットで活動している方々への思念を利用するタイプが考えられます!」
「うむ」
ネットに関係するものは外せない。
言ってしまえば第二形態アバターの裏技、もしくは都市伝説系妖異に似ている。
ネットで活動している存在を依り代に、単純な人間の感情だけが集まるだけならいい。だが、人間の感情に寄生するタイプの妖異がそれを吸収して悪用した場合、若干面倒なことになるのは間違いないだろう。
認知度や知名度で強化された妖異が極大の脅威になり得るのは、日本異能界を恐怖のどん底に叩き落とした口裂け女で証明されている。
ただまあ、口裂け女が異常なまでに強化されたのは恐怖の感情が束ねられたからであり、妖異があまり好まない純真な応援の念に寄生したところで、どんなに頑張っても普鬼程度だろう。
実際、ゴリラも同じ意見らしく似たようなことを説明しているしな。
問題なのは……。
「悪意の動画を利用された場合は難しいことになる」
ゴリラの言う通り、人の不幸を楽しんで笑ったりする企画ばっかり作ってる連中の動画だ。
特化に特化を重ねた妖異が奇跡的に生まれた場合、動画を見ている連中の暗い感情だけではなく、下手をすれば常識的な人間が持っている嫌悪感すらも利用する可能性がある。そうなりゃよくて大鬼。最悪の場合は特鬼まで成長するだろう。
ぶっちゃけ自称邪神な原初混沌と人間のハーフなんていう奇跡が存在する以上、インターネットに寄生する妖異が誕生してもおかしくはない。なんならやろうと思ったら俺ができそうだ。
「異能研究所がある程度介入しているし、大抵は思念を散らす結界や札でなんとかなる筈だが、そういった類の妖異が存在する可能性は十分考えられる」
これまたゴリラの言う通りそういった類の妖異。っつうかやっぱり口裂け女が未だにトラウマな胃に剣は、悪意や迷惑を煽る動画投稿者にちょっとだけお話をしている。
殉職者が出まくった暗黒時代を考えると当たり前の対応だが、本場アメリカは権利がどうのこうので色々揉めているらしい。日本と違って強力な妖異が現れない土地でよかったな。密集地帯のど真ん中にいきなり特鬼が現れたら、普通に万単位が死ぬぞ。
国防に関してはガチの国だから無理矢理どうにかするとは思うんだけど、霊的な国防は結構怪しいんだよな……妖異なんてフェイクだって主張する議員もいるみたいだし。
他国のことはいいか。それより授業だ授業。
二年生になろうがお勉強は大事なのだ。
我がインターネットFPS同盟、チートは絶対許さない会の皆、俺っちは頑張ってるよ。だからこの前、格ゲーに浮気してたのは許してくれたまえ。
◆
『アメリカで提出された妖異に関連する規制法案ですが、多くの反発を招いているようです』
わーお。屋上でお姉様とお昼ご飯を食べてたらこれだ。
テレビの向こうでは、妖異が活発化するような行動を規制しようとしている政府に対し、そんなこと許される訳ねえだろうとキレてるデモ隊が……強盗していた。
何故抗議が強盗にクラスチェンジ? WHY? と言いたいところだが海外のお約束である。いつものこといつものこと。
「久しぶりに世間を思い出させてくれたわね」
「そうですねお姉様」
素晴らしい笑みを浮かべられているお姉様の言う通りだ。
春休みは暇だったし、新学期初日は一年生に注目していたが、ここは愛と勇気、友情だけでは片付かない殺伐とした世界なのである。
通常の人間の一部は異能者を恐れ、その逆の一部は侮蔑する。そして妬み羨んで、蹴落とし陥れるのだ。
これで邪悪な存在が生まれない筈がない。正義の反対に悪が存在するのではなく、多くの悪の後ろに少しだけ正義がいるのだ。親父に対するカウンターが存在しないだけでも、世界は悪や混沌寄りだと断言できるだろう。
「確か……アメリカからは一人師団の息子が来るという話だったかしら?」
「そうですね。それと東海岸だけではなく西海岸の生徒もまた来るとか」
お姉様が少しだけ首を傾げて思い出されている。
チャラ男のせいでモイライ三姉妹ばかりが気になるものの、アメリカからはちょっと……かなり運が悪い一人師団の息子。名前は、そう。ウィリアム君が来ることになっている。
「ああいう星の生まれなんでしょう」
「本当ですね」
お姉様に心の底から同意する。
なんせウィリアム君はガチのマジで運が悪い。
アーサーと共に優勝候補筆頭扱いされてた異能大会じゃ、完全初見でモイライ三姉妹の三女、死を押し付けるアトロポスとカチ合い瞬殺されているのだから、全異能者が同情するだろう。
断言するが彼と同じ状況、つまり完全初見かつヨーイドンでアトロポスを攻略できるのは、ゴリラなどの一部のレジェンド扱いされてる人間だけだ。
ついでに言うと我ら急造チームと最初に当たったのもウィリアム君率いるアメリカチームである。
「でも同年代の中では飛びぬけた超力者ですよね」
「ええ。かなりの才能を見せたわね」
尤もこの人物、お姉様も認めるほどの超力者であり、我がブラックタール帝国に素晴らしい交流を齎せてくれることだろう。
新入生との交流をする。首席として頑張る。留学の件で活躍する。
全てをこなすからこそ暗黒皇帝なのだ!
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