卒業式
ついに迎えた異能学園の卒業式。
そこに推薦組と普通科の区別はない。人に仇なす妖異達に対抗するため教育を受けた、将来の霊的国防の担い手達が、今日学び舎を巣立って行くのだ。
当然俺達も他人ごとではなく、卒業式の準備に学園中の生徒が動員されて、清掃や式場の飾りつけを行ったのだが、かなり気合が入っている。なにせ、日本に唯一存在する霊的国防の教育機関の卒業式なのだから、来賓には政府の偉い手や、業界のビッグネームがやって来る。しかも、推薦組の卒業生の実家は、古くからの由緒正しい名家なのだから、手を抜くことはできない。
そんでもって俺達は現在、教室で待機だ。
「貴明は、ちょっと卒業生と関わりがあったよね」
「そうですね佐伯お姉様。世界異能大会の調整があるときは、学生運営部の長として戦闘会によく出入りしました。宮代会長とは今でも話す時があります」
佐伯お姉様の言う通り、俺は名家出身でないのに珍しく、卒業生、と言うより宮代会長こと半裸会長やその周辺と若干交流があった。
「宮代会長は異能研究所に就職するって噂、どうなのかな?」
「ふむ。俺も気になってた」
「私も」
佐伯お姉様の問いに、藤宮君と橘お姉様も興味があるらしい。まあ、世界異能大会通常学生部門の優勝者で、ゴリラの隠し子疑惑がある半裸だからな。その就職先は気になるのだろう。お姉様は興味なさそうだけど。
「本当です。卒業したら、異能研究所職員宮代さんですね」
「やっぱり」
「そんでもって、宮代家の次期当主ですから、滅茶苦茶忙しくなると思います」
「それはまあ……」
半裸会長から聞いたことをそのまま伝えると、そうだろうなと頷く佐伯お姉様達だが、どう政治的に少し面倒が起こっていたようだ。と言うのも、半裸は長男だから宮代家を継ぐ立場だったのだ。
だが、異能研究所としても、異能大会で通常の一対一とバトルロイヤルの二冠を達成するような奴を、放っておくのはあり得なかった。
そのため、半裸は宮代家の次期当主でありながら、異能研究所職員ということになり、くそ忙しくなることが確定していた。
「昔の酷い時は結構あったみたいね」
「そうなの栞?」
「ええ。お父様も一時期、異能研究所の職員として登録されてたみたい」
「へえ」
橘お姉様の呟きに、佐伯お姉様が興味深そうにしている。
そう。実はこれ、昔は結構あったみたいだ。できるだけ名家の影響力は排除している異能研究所だが、それでも設立当初や、口裂け女など都市伝説系の妖異が猛威を振るっていた暗黒期は、当時隠されていた異能世界そのものが、そんなことを言っていられない状況だった。
人材不足で名家の次期当主が異能研究所と二足の草鞋を履いていたり、酷いときは当主と嫡男が殉職してしまい、異能研究所にいた次男三男坊が急に当主になったなんてことがあったらしい。
それに所長である源道房は、現在では名家である源家の隠居と言う立場ではあるが、普通に当主と所長を兼任していた時期があったので今更と言えば今更だ。それでいて、完全に滅私奉公で源家を優遇したことなど一度もなく、弟である九州の爺さんと共に、異能研究所の気風を完全実力主義で貫いたのだからこそ尊敬されていた。
名家連合が、親父と絶対に関わりたくないってのも理由にあるだろうけど……。
そう考えると、半裸を異能研究所に送り込んだってことは、宮代家は昔行われた親父討伐作戦に呼ばれてないっぽいな。呼ばれてたら絶対、異能研究所と関わる筈がない。
「異能研究所で思い出したが、毎年来賓として源道房所長が来てるんだよな?」
「そうみたいだね」
藤宮君に同意する。
来賓として源所長が来るのは毎年恒例なのだが……来るかな? 源所長が俺を認識したのは分かってる。そんでもってゴリラと違い、散々親父に胃へ剣をぶっ刺された代表みたいな人が、その息子である俺がいる学園に来るかはかなり怪しい。
全く。品行方正な俺と、やらかしまくってる親父を一緒に考えるのは止めて欲しいな。寧ろ世界中の人間から感謝されるような善行しかしてないぞ。
「ふふ。もしやって来たらご挨拶しないといけないかしら?」
「い、いやあ、どうだろうねえ……」
そんな親父に苦労させられたお爺ちゃんが来るはずだと聞いたお姉様が、いつもの素晴らしいニタニタ笑いをされている。でもなぜか佐伯お姉様の頬が引き攣っていた。
おっと時間だ。クラスの皆に声を掛けて卒業式会場に行かないと。
「皆! 時間になったから卒業式の会場に行こう!」
ゴリラは学園長なので忙しいため、来年度も首席として確定した俺は、こういったことも任されていた。
そう! 来年度もしゅ! せ! き! なのだから!
あーっはっはっはっはっはっはっ! ありがとうございます! ガウス先生、オイラー先生、ニュートン先生! 頭オーバーヒートして、もう何も覚えてませんけど……。
と、とにかく会場に行くぞ!
◆
卒業式は、一番デカい屋内訓練場で行われる。
仲が悪い名家の親達も、今日ばかりは大人しく保護者席に座っていた。まあ、火花が散った瞬間、ゴリラ園のボスゴリラがやって来ることを考えると、騒ごうにも騒げないんだが。
そして、来賓席に例の人がいた。
和装の老人。巌のような顔に、鷹のような鋭い目で虚空を睨んでいるかのような古強者。名実ともに日本の頂点に位置する、霊的組織のナンバーワン。異能研究所所長源道房だ。
が。俺には分かる。虚空を睨んでいるかのようではなく、本当に虚空を見つめていることが……。
可哀想なお爺ちゃん。恐らくこの世界で最も親父のことに詳しいせいで、品行方正が人間の形になってる俺のことまで恐れて、見ないようにしているだなんて。これは誤解を解くために、機会があればきちんとお話をしなければなるまい。
『卒業生入場』
そしてついにその時が訪れた。
推薦組と普通科の最上級生にして卒業生。
半裸会長を筆頭に、日本の未来を担う彼らが、堂々と卒業式の会場に姿を現わせた。
『国歌斉唱。皆様ご起立ください』
卒業生達が整列するとお約束の国歌斉唱だ。
『卒業証書授与』
壇上で待ち受けているゴリラの所まで、クラスの代表達が卒業証書を受け取りに行く。纏めてクラス単位でやらないと、日が暮れちまうからな。
そして推薦組の代表は、当然首席でもあった半裸会長だ。ゴリラの隠し子疑惑は未だに囁かれてるけど、やっぱ似てねえぞ。じゃあ噂になってる隠し子って誰のことだ? あ、ははあん。さてはマッスルのことだな?
『竹崎重吾学園長式辞』
ここからはありがたいお言葉ことお昼寝の時間だが、この異能学園の学園長がゴリラである限り無縁だ。
『この四年間で私も、教員達も言うべきことは全て言っている。伝えるべきことは全て伝えている。だから、今日だけしか言えないことで式辞とさせてもらう。諸君、卒業おめでとう。以上だ』
流石ですね学園長。式辞とも言わず、必ず生きろとか、民間人を助けろなんて、四年間で散々伝えてきたことですものね。
いやあ、素晴らしい式辞でしたよ。ちょっと武闘派名家の親御さん達が、流石は独覚とばかりに頷いている以外、え? それだけ? みたいな感じですけど。
『来賓祝辞』
おっと。源お爺ちゃんが立ち上がった。どうやら来賓の式辞は、胃痛のお爺ちゃんの様だ。すいませんねホント親父が。
『話が短いのは、戦後の混乱や、都市伝説系の妖異と戦った者の癖のようなものだと思ってくれ。それ故私からも短い。これから困難があるのは分かり切っている。だが打ち勝って見せろ。以上だ』
変わらず式場を見ているようで見ていないけど流石だなあ。きっと昔は、そういう気持ちで親父に挑み続けたに違いない。うんうん。
いやあしかし、話が分かる大人がトップだと、眠気が襲ってこないから楽だな。
『続いて来賓のご紹介』
ぐうぐう……。
『続きまして、卒業生答辞』
なぬ!? 在校生送辞は!? ひょっとして俺寝てた!? いつの間にか半裸会長が壇上にいるし!
『私も多くは語りません。皆様が育てた我々を見ていてください。以上です』
パチパチパチ! これはもう全力拍手!
原初神の叔父さん達も、その短い言葉に、よくぞ自立の思いを込めたと拍手することだろう! 流石は卒業生の筋肉担当!
『続きまして……』
そして卒業式は終わりへと向かい……。
こうして、卒業生達は異能学園を巣立っていった。
◆
おかしいぞ? 卒業式は終わったのに、推薦組の卒業生達が訓練場に再集結しているようだ。目玉を展開して様子を見ているが、スーツ姿だったのに動きやすい服に着替えている。
いや……なにもおかしくないかもしれない推薦組の担当教員が訓練場に持ってきたのは、一枚の式神符だ。
「起動する!」
そして現れた者こそ……。
『ギギャアアアアアアアアアアアアアアア!』
我がブラックタール帝国が誇る呪術担当教官にして、卒業生達の宿敵ともいえる蜘蛛君だ。
「卒業式の打ち上げだ。行くぞ!」
「応!」
半裸会長の号令で、卒業生達が蜘蛛君に襲い掛かる。
「【阿修羅尽壊塵】!」
「【迦楼羅炎】!」
「【コキュートス】!」
「【超力大砲】!」
「【祓い給い清め給い】」
阿修羅の霊力が、不動明王の炎が、魔法の一撃が、超能力の念弾が、浄力の輝きが訓練場を明るくする。
『ギギャアアアアアアアアアアア!』
それをものともせず、蜘蛛君はその巨体と呪力で卒業生達を迎え撃つ。
蜘蛛君は春に非鬼の教官として再誕し、自らは単独者だと天狗になっていた卒業生達を叩き潰したことから、その因縁が始まった。
勿論、卒業生達は思考と行動が硬直しないよう、蜘蛛君以外の式神符とも訓練していたが、最も戦っていたのは蜘蛛君だろう。
戦って戦って、戦い続けた。
それ故に、卒業生と蜘蛛君はまさに宿敵同士。
だが、卒業式に至るまで、蜘蛛君を撃破することはついに叶わなかった。
それはそうだろう。上に特鬼がいるとは言え、それでも非鬼は、異能特異点の日本ですら最精鋭が集って討伐する必要があるのだから、幾ら傑物の学生達でも荷が重い。
「足が止まったぞ!」
「いや待て! あれは弱っている振りだ!」
「解呪してくれ!」
「ガスを吸うな! 浄力で清めろ!」
『キキキキキキ!』
しかし、卒業生達にとって蜘蛛君は宿敵であり、教官でもあった。現に今も、的確な行動で蜘蛛君を観察しながら対処している。
狡猾な妖異について。
呪詛について。
非鬼について。
戦いそのものについて。
非鬼に対する単なる知識を、実戦形式ではどのように結びつけるか、蜘蛛君は行動をもって示し続けた。
「ぐあっ!?」
「すまん!」
「おおおおおおおおおおおお!」
『キキキキャキャキャガアアアアアアア!』
その結果、卒業生達は一人、一人と数を減らしながらも、格上の筈の蜘蛛君を少しずつ押していく。今や蜘蛛君は、足の半分以上を削られてしまっていた。
「【阿修羅尽壊塵】んんんんんんんん!」
『ギガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
最後の一人となった半裸が、限界を超えた力を拳に宿して腕を振りかぶり、蜘蛛君は呪力を口の前で圧縮して、黒いビームのように放った。
一瞬だけだが、半裸の高密度の霊力は阿修羅の拳そのものになり、黒い閃光とぶつかり合った。
結果。
訓練場を極光が照らし……。
「ぐっ!?」
半裸は訓練場に叩き出され。
『ギギギギイイイイイイイイ……!』
蜘蛛君は訓練場にこそいるものの、右の頭から尻に向けて一直線に消え去り、地面に倒れ伏して呻き声を漏らしていた。
この程度で非鬼は死なない。だが卒業したとはいえ、つい先ほどまで学生だった者達が、非鬼をこれほどまで追い詰めたのだ。世界中の異能者が称賛を送ることだろう。
「訓練終了!」
卒業生達が全員やられてしまったため、教員が訓練の終了を宣言して、蜘蛛君をもとの式神符に戻す。彼らの宿敵である蜘蛛君は、破れぬ宿敵のまま、うん?
「起動!」
『ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
今度は半裸が蜘蛛君の式神符を起動すると、元通りになった蜘蛛君が何度でもかかってこいやと、気合を入れて吠えた。
かなり惜しかったから、もう一度というこ、と……ではなさそうだ。
卒業生達が、蜘蛛君の前に横一列になる。
「全員、礼!」
『ありがとうございました!』
始まりが半裸の号令なら、終わりも半裸の号令と……頭を下げた卒業生達の感謝の言葉だった。
蜘蛛君は卒業生達にとって、宿敵であり呪術担当教官であり、破るべき壁であり……恩師の一人だったのだ。
蜘蛛君は式神である故、そのような機能はない筈だが。
『ギ……』
八つの赤い瞳から、微かに涙が流れたかもしれない。
こうして、異能学園の卒業生達は、蜘蛛君の教え子達は、異能学園を巣立ったのであった。
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