■◆神の帰還

 彼らとの関係を厳密に考えると、かなり頭がおかしくなる。天文学的に歳の離れた兄とも言えなくもないし、なんなら父とも言える、かもしれない。だがまあ、適切なのは叔父さん達だろう。


 そう、叔父さん達。年末年始は一族で集まってワイワイ言いながら楽しむもんだから、今の状況は全くおかしくない。これっぽっちも。うんうん。


「俺らの力の後始末つけてくれてありがとな。手助けしたかったんだけどよ。こいつが人間の行いの結果だから、見守ってろって俺らの力を制限したんだよ」


 へべれけな親父を、こいつと呼んでる若い兄ちゃん。それ一体お幾らですか? と尋ねたくなるような輝く腕時計をしている。多分時価だな。そんでお名前は“時間”さん。


「……感謝する」


 俺に言葉を掛けながらも目を閉じて、親父にしかめっ面を向けている“時間”さんよりは年上っぽい外見の兄ちゃん。お名前は“無”さん。


「ありがとう貴明君。しかし、今に始まったことではないとはいえ、お前は妙なところで頑固すぎる」


 マジで吸い込まれそうな、果てのないキラキラしたお目目で、困った奴だと親父を見ている、親父よりは少し年上っぽい中高年。お名前は“宙”さん。


「随分手間を掛けさせて申し訳ない。見ることは出来ていたんだがな……それにしても、“混沌”が唯一名も無いと戯れていた頃にそっくりだった。親子だな」


 縁側で茶でも飲んでるのが似合ってるお爺ちゃん。なんでか親父を“混沌”とか呼んでる。どうしてかなあ。不思議だなあ。そんなことよりお名前は“火”さん。


「いやあ、そっくりな似た者親子だなんて。でへへへ」


 猫ちゃんズが勝った日並みにビールを飲んで、ご機嫌状態で机に突っ伏してる馬鹿親父。痛風は間違いないだろう。そしてやっぱり、本名は“混沌”だったようだな。


 以上。五人揃って原初神ジャーの親父と叔父さんの皆さん。うん。やっぱり親戚の集まりだ。何も問題はない。


 んな訳あるか! ……おいおい。地球死んだな。間違いない。主神級か創造神級が合わせて五人とか、今の地球さんじゃ耐えられないわ。いや、紀元前の神話大戦を潜り抜けた地球さんなら、きっと大丈夫だ。ですよね地球さん? もしもーし?


「あのう、やっぱり皆さんは、ルキフグスがいらんことしたから、起きられたんですか?」


 そして目上の人には礼儀正しい優等生の俺が、正座して恐る恐る尋ねる。


「足崩せよ。甥っ子にそんな畏まられても困る。んで、そうそう。力が零れたのがきっかけで、最初に“無”が起きた。そんで“火”、俺、“宙”も目が覚めてな。でもよ、さっき言った通り、“混沌”が、人間の行いの結果なんだから、人間に任せろって俺らの力を制限しまくってな。んなこと言ってる場合かつったのに、早口で何言ってるか分かんねえとか宣ったんだぜ? ああそれと、“無”が無口なのはいっつもだ。とは言え、百年に一回、一言呟いたらいい方なのに、今回は大分抗議してたぞ。お前さんが俺達の力と戦った時は、ちょっと記憶にないくらい大声出してたし」


 お言葉に甘えて足を崩すと、イギリスの動乱の裏で起こっていたことを、大分砕けた口調の“時間”さんから教えてもらった。でも、早口だって言ったらしい親父の気持ちが分かる。ばーっと説明されて脳がちょっと飲み込めねえ、


 えーっとだ。やっぱりルキフグスが偶然、原初神の力に触れてしまったのは間違いないようだ。それで叔父さん達は目覚めて、自分達の力をなんとか回収しようとしたが、親父がいつもの通り、人間の行いの結果は人間に尻を拭かせろと、叔父さん達の力を制限しまくってたらしい。いや、この場合は力を返さなかったというべきか。


「……甥に自分の力の始末をつけさせる奴がどこにいる」


 なんか、多分凄いレアな光景を見たんじゃなかろうか。“無”さんが口を開くと、“時間”さんだけじゃなく、落ち着いた雰囲気の“宙”さんと“火”さんまで、なんだかぎょっとしている。推測だが、“無”さんが一言以上を話すのは超珍しいことなんだろう。


「“無”はねえ。無口だから変わりもんだって勘違いされやすいんだけど、一番心配症で優しいのさ。でもちょっと過保護すぎだよね!」


 親父よ。机に突っ伏したまま、俺を巻き込むのは止めてくんね? まあ、そんな無口の筈の人、っていうか神が、珍しいくらい口を開いて、俺を気にかけてくれているみたいだが、親父に対しては、よーしその喧嘩買ったって感じになってるじゃん。始まるのか? 伝説の原初神組手が!


「しかし困ったな。年明けには、お年玉というものをあげる文化があるのだろう?」


「え、はい。まあ。」


 こ、この四葉貴明とあろうものが、“宙”さんの言葉に嫌な予感を感じるだと!?


「身一つでこちらにやって来たからな……星ならすぐに準備できるが」


「ふむ。私も“火”だから太陽なら」


 やっぱりな! やっぱりな! スケール感覚が違いすぎる! どこの世界なら、お年玉の玉って星か太陽でいい? ってことになるんだよ! パッと見た感じ球形だから玉だよねってか!?


「なに言ってんだよ。この歳で星もらってどうしろってんだ。そういうのは小物になるだろ」


 信じてましたよ“時間”さん! 実のところあなたが一番常識神だって!


「この腕時計みたいなのはどうだ?」


「い、いえ。もうお年玉をもらう歳じゃないんで……」


 裏切られた! 俺の気持ちは裏切られた! 軽くこの腕時計みたいなのとか言うけど、それ時価になるから!


「あっはっはっはっ! お年玉に星と太陽、“時間”の腕時計って! スケール間違ってるし! うける!」


 親父が爆笑し始めた。

 し、信じられねえ。一番常識あるのが親父とかどうなってんだ……。


「そうは言うが、次はいつ会えるか分からんことを考えるとな」


「確かに」


「まあねえ。また寂しくなるなあ」


「言ってろよ。一万年会わなかったのなんてざらにあるだろ」


「そうだっけ?」


 顔を見合わせる“宙”さんと“火”さん。それに親父がどこかしんみりしてるが、“時間”さんのツッコミに惚けて元に戻った。


「……」


 “無”さんは我関せずと、つまみを食べてる。確かにちょっと変わってるな。


 って言うか、話の流れ的に……。


「と言うことは、また皆さん……」


「おう。寝る寝る」


 “時間”さんが気軽に答え、他の叔父さん達も頷く。


 やはり。異世界で満足して親父に還っていた神達なのだ。偶々起きただけで、その原因が解決した以上、元通り眠りにつくようだ。ですって地球さん。うん。脈は回復したな。


「今いるのも、貴明君と話したかったからだ」


 これぞ好々爺の“火”さんが、俺に顔を向ける。ふ。このイケメンフェイスをとくとご覧になってください。


「あの“混沌”の子だからなあ。そもそもよく結婚できたよな。マジで」


「でへへ」


「うふふ。優しい人ですから」


「洋子ーーーーー!」


 しみじみと“時間”さんが呟くと、ある意味お姉様を超える宇宙最強の女。お袋が、お姉様と台所からやって来た。俺達の晩御飯を作ってくれていて、感謝感激。


「貴明君も結婚しているのだから、めでたい限りだ」


「でへへ」


「うふふ」


 にこやかな“宙”さんの言葉に照れてしまう。そしてお姉様も、最初はお顔を引き攣らせていたが、すぐに普段通りになられたから、流石としか言いようがない。流石ですお姉様!


「じゃあ、猫ちゃんズのハイライトを見ながら、飲みなおそうか!」


 うん? なんだ? 親父が普段通り、猫ちゃんズを推そうとしてるが、今、ぴしりと音が鳴ったような……覚えがあるぞ。これは我がチーム花弁の壁で内紛が起こったときの……。


「バスケは? 普通はブザービート集だろ」


 ははあん。“時間”さんはぎりぎりの攻防が生まれて、しかも野球と違い明確な時間制限があるバスケが好きなんだな。っていうか、異世界にもバスケあったんだ。まあ、親父が元になって生まれた世界だから、共通点は多いのかもしれん。


「いや、サッカーだろう?」


 ははあん。“宙”さんは、ボールがスピーディーに動くサッカーが好きなんだな。多分、夜のゲームになれば言うことなしなんだろう。


「ビーチバレーだ」


 ははあん。“火”さんは、これぞ太陽の下でやるスポーツと言える、ビーチバレーが好きなんだな。


「……」


 ははあん。“無”さんは“無”さんだ。流石というほかない。


 ってやばああああい! 原初神同士でぴしりとするとか、地球さん崩壊待ったなし! 地球さん大丈夫ですか!? し、死んでる……ってギャグかましてる場合じゃねえ!


「皆分かってないなあ。ほんとに分かってない。野球、もっと言うなら猫ちゃんズを観戦しないでどうするって言うんだい。例えそれが、今年のハイライトでも全力で応援しないと」


「もう。喧嘩は駄目ですよ」


「はいすいません……」


 これだから駄目なんだと言いたげな親父が、お袋に窘められて一瞬でシュンとした。やはり宇宙最強だな。向かうところ敵なし。


「せっかく皆さんが来ているんですから、貴明の成長記録のホームビデオを見ましょう」


「母ちゃん駄目ええええええええええええ!」


 俺にまで流れ矢が飛んできた! な、なんとしてでも阻止せねば!


「じゃあそうしようそうしよう!」


「それがあるならそっちを見たいな」


「……」


「確かに見たい」


「うむ」


 原初神共めええええええ! そんなに俺を殺したいのかああああ! 復讐か!? 俺に力の欠片が負けたから復讐するつもりなんだな!?


「うふ。私も見たいわ」


「分かりましたお姉様!」


 でもお姉様に見たいって言われたらしょうがないよね! さあ、我がプリティーな子供時代をとくとご覧くだされ!


 ◆


 やっぱ止めときゃよかった……羞恥心で人生最大に命の危機だった。


 ◆

 ◆

 ◆

 ◆


 世界を食らう。食らう。食らう食らう食らう食らう。


 別の次元に侵入する。食らう食らう食らう食らう食らう。


 例えるなら醜い魚達の群れ。信じられない程巨大で、星々を渡り、本能のままに食い、星と宇宙を進撃する滅びの軍勢。宇宙を埋めるのではないかと思えるほどの数にも関わらず、魚達は一匹一匹がそこらの神格にも勝り、全次元を見渡しても対処できるのはほんの一握りだろう。


 それが、食料を求めてまた別の次元に侵入した。


 黒い黒い世界だった。



















 そこにいた。いてしまった。いてはならない存在が。


 達が。


「ようやく来たな」


 ベンチに足を組んで座り、今何時だと言わんばかりに、腕時計を確認する若い男。名を“時間”。


「……」


 立ちながらベンチの横に腰を預け、むっつりと黙り込んで目を閉じている若い男。名を“無”。


「お前達がどれほど広がり、宇宙を埋めると恐れられようと、結局は小さな点ですらないことを知るがいい」


 腕を組んでベンチに座り、その深淵の瞳で魚を見つめる中高年の男。名を“宙”。


「さて、やろうか」


 短く言葉を発してベンチを立ち上がり、僅かに陽炎が立ち昇らせる翁。名を“火”。


「やあやあ別次元からの侵略者の皆さん! って、話が通じる知能もないみたいですけど!」


 そして……ベンチに座りにこやかに手を振っている中年男性。名を“混沌”。


 彼らが……。


「変身っと」


「……変身」


「変身する」


「変身」


「原初神“混沌”は役目を終えていないけど、たまには復活してもいいよね! ってなわけで」


「変身!」


 変身した。



 ◆

 後書き

 自分の最後の嘘です。

 30“1”話記念、おもちゃ屋の大邪神。

 学園日常編という、話の内容と合っていない章の最初のタイトル、邪神の帰還。


 次回、真曲・300話百万文字記念。原初神の帰還。

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