邪神。イギリスに立つ。

 し、失念していた……! アイマスクと耳栓をキャリーバッグに入れてたから、一緒に貨物室に運ばれてしまった! そのせいで十一時間ちょいのフライト中、八時間くらいしか寝ることが出来なかった……。


 しかああし! 入国審査も終えてやって来ました、早朝の大英帝国ロンドン!


 ロンドン、いや、イギリスの皆さああああん! 清く正しい邪神四葉貴明がやって来ましたよおお!


 そして!


「さて、今代アーサーとエクスカリバーはどこかしら?」


 いつもの素晴らしいニタニタ笑いをされているお姉様!


「いやあ肩が凝った」


 サングラスを掛けて、肩を回している佐伯お姉様!


「……」


 飛行機から降りても少しぼうっとしている橘お姉様!


「ヨーロッパはやはり寒いな」


 久しぶりの海外旅行を懐かしみながら、白い吐息を吐いている藤宮君!


「高地マッスルトレーニングを思いついた」


 雲の上で、分かりたくないなにかを思いついたマッスル!


「ヨーロッパ来たら、あちこちから通信が飛んでくるなあ」


 なんかすげえヤバいこと呟いてるチャラ男!


「特売のチラシを探すわよ!」


 腕を組んで気合を入れている厚化粧!


「寒くないか?」


 東郷さんを気遣う常識人!


「うん大丈夫」


 はにかんでいるネクロマンサー東郷さん!


 あああああああ!? すいませんロンドンの皆さん! な、何かが、暗黒エネルギーが溢れそうだああ!


 んんっ!


 兎に角以上10名! お世話になりまあああす!


『それでは楽しんでほしい』


『お世話になりました』


 そしてイギリス校とはここで別れるため、マッスルのお礼に合わせて頭を下げる。

 まーた先代アーサーがお姉様をチラ見してるが、一体なんの心配をしてるんだ。しかし、お爺ちゃんなのに色々と振り回されて、日本にまで来てたんだから労わらないとな。じゃあまた機会があれば、コンスタンティンさん呼んでやるよ。


「まずはホテルでチェックインだな」


 マッスルの言う通り、まずはホテルに行って荷物を降ろさねば。


 ◆


「事前に調べた時も思ったけど、やっぱり学生が宿泊するにはちょっと上等だね」


「ですね佐伯お姉様」


 一目で分かる立派なホテルを見上げている佐伯お姉様の言う通り、イギリスが用意してくれた宿泊先は、学生が気軽に泊まれるようなクオリティじゃなかった。これで旅費も宿泊費もイギリス持ちなのだから、俺達の強さの秘訣を探るために調査員がうろちょろしているのは我慢してやる。


 しかも、空港からここまで調査員が追ってきているが、途中で人員が入れ替わっている念の入れようだ。かなり慎重にやってるな。まあ、見ること、覗き込むことが専門の俺を誤魔化すことは出来ないんだが。


「桔梗にいた時もそうだけど、基本的に宿泊先は旅館だから、ホテルなのは新鮮ね」


「分かるわ」


 ホテルの中に入ると、名家出身でホテルに馴染みがないお姉様と、落ち着かれた橘お姉様が、内装を物珍しそうに眺めている。


『お部屋にご案内いたします』


 チェックインを済ませて、部屋に案内してくれるホテルマンに付いていくが……今思ったんだけど……。


『こちらの階の部屋になります』


 やっぱり! 俺とお姉様は同じ部屋だから九部屋でいいのに! いやまあ、常識的に考えたら、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……。


 さて、部屋の中に入って荷物を降ろし……じーー。ふむふむ。ホテル全体を見渡したが、盗聴器やカメラの類はないか。現物が見つかったら、言い逃れが出来ない国際問題になるからな。そこまでリスクを冒す必要はないと判断したか。実際そんなことされてたら、パパに言いつけるところだったからよかったよかった。おえ。パパとか言っちゃったよ。


 よし、荷物も整理したし皆と合流だ!


「夜は女子会だね」


 佐伯お姉様が、夜に女子会の開催を宣言しながら部屋を出てきた。


「なんで私を見ながら言ったの!?」


 一足先に廊下に出ていた東郷さんを見ながらだ。しかし、そりゃあ東郷さん、理由は分かってるでしょ?


「ならこちらは男子会か?」


「しねえよ」


 それを聞いた藤宮君が、しっしっと手を振る常識人を見ながら男子会を提案する。俺も二人の馴れ初めを聞きたいが、聞いたら聞いたで全身からタールをまき散らす自信がある。


「普通に告白してOK貰っただけだ」


「も、もう勇気君……」


 ああああああああああああ! 溢れるううううううううううう! この世の全ての怨念が溢れうううううう! イギリスの皆さんすいません! 地球が終わるその時まで薄れない呪いが爆発します!


「私は澄んだ黒い目に一目ぼれって言われたわよ」


「ひょっとしてボク喧嘩売られてる? 今なら小夜子にも勝てるかもしれないなあ」


 お、お姉様ああああああ! ってなんだ!? 佐伯お姉様の気迫が普段以上の強さのような!?


「ワイの場合は」


「それでは観光に行こう」


「あっはい」


 チャラ男がモイライ三姉妹との出会いを語り出しそうだったが、マッスルが止めてくれた。ナイスだ。九州の実習から帰ってすぐの頃だったか、チャラ男に延々とのろけ話を聞かされて憤死する寸前だったことがある。


「おや、雪だ。栞が絵になるねえ」


「妙なことを言わないで」


 ホテルの外を出ると、少しだが雪が降っていた。

 佐伯お姉様の言葉を橘お姉様は否定しているが、雪と氷の化身のような橘お姉様が、自然の雪の中で佇む様子はとても絵になる光景だ。


「橘お姉様、写真撮りますか?」


「撮らなくていいわ……いえ、そうね。一枚お願い」


「分かりました!」


 俺が提案すると橘お姉様からカメラを渡されたので、一枚写真を撮る。多分、今度のお盆にご両親へお見せしようと思ったのだろう。ならばこの四葉貴明、来年も踊らさせていただきます!


「まずは時計台だな」


「そうだね北大路君!」


 マッスルが観光パンフレットを広げている。ロンドンに来たのだから、世界で最も有名な時計台を外す訳にはいかない!


 さあ! ロンドン観光の始まりだ!

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