先代アーサーの異能学園観察

◆先代アーサー


「剣にも浄力か霊力を纏わせろ!」


「応!」


「呪いが掠った! 後ろに下がる!」


 もう年寄りの出る幕はないな。今でも偶に教育の場に連れ出されるが、その度に思ったことを改めて感じる。生徒達は、呪詛特化型の非鬼という初見殺しの安売りをしているような奴に、自分達で考えながら、少しずつ戦う時間を伸ばしている。その様子に教員達も、表情には出していないが満足そうだ。


「せやあ!」


 孫弟子のアーサーが剣を振るう。

 個人的にも満足だ。最初は邪魔にならないよう訓練場にいるだけでいいと言ったが、邪魔にならないなら話は違う。経験不足なため活躍こそしていないが、歳を考えると非鬼と相対して周りの足を引っ張っていないだけでも上出来だろう。


 師匠とはよく喧嘩していた仲だが、孫弟子の方が優秀というのは珍しく同じ考えだったな。アーサーは弟子の今代と比べたらずっと優秀だ。


 師匠なら、素直じゃない奴め。その論を認めるんなら、結局今代も優秀だろうが。と言うだろうが、あの馬鹿師匠の方がずっと素直じゃない。こんな年寄りの前に化けて出て、奥義なんか食らわすか普通? 絶対、邪神と意気投合して契約を結んだに違いない。


 さて……祖国のことを心配しなくていいなら、日本のことでも考えるか。遠すぎるから気を抜いて考えられるのは救いだな。これで隣国だったら胃を痛める原因だっただろう。


 八百万信仰と言うらしいが、何でもかんでも神話を取り入れたせいで、神秘が複雑に絡み合った結果、異能者も妖異も強くなりすぎている。日本の暗黒期は地方に特鬼が一体ずつ出現していたと聞いたが、イギリスなら間違いなく滅んでいただろう。


 その暗黒期の解決に竹崎重吾が活躍したのだから、世界にもその名は轟いている。しかし、以前会った時と比べて別人のようだ。あの時はまだ全盛期を維持しているのかと感嘆したものだが、今の圧と間合いはそれを更に凌駕している。師匠には及ばないとは思うが……身内贔屓か? 少なくとも、自分の最盛期は凌駕しているだろう。


 それ故、教え子達も使い手だとは思ったが……あれは反則だ。


 出来るだけ何気なく上階の観客席を見る。ああクソ。目が合った。


 あのニタニタ笑っている女だ。あれは人間の手に負える相手ではない。学園の入り口からずっと毛が逆立っている。アーサーからバトルロイヤルで、アメリカ、イギリス、ギリシャの三か国同盟を叩き潰した女だと言われたが納得しかなかった。自分が最盛期の頃で、同程度の腕利き達と組んでも消し飛ばされるだろう。


 あの肉体的到達者も近くにいるな。座っている姿だけでも、極まっていることが分かる。あの女と違って、一人の武人として立ち会ってみたくはあるのだが……隠居の先代とは言えアーサーが学生に負けることは政治的に不味い。


 というかあの観客の一角は何だ? ニタニタ笑いの女には及ばないが、軽薄そうな雰囲気の男子生徒にも警戒感が沸く。それと、学園の入り口でアーサーと火花を散らしあっていたのは、“虹”の使い手の筈。あれらが大会でチームを組んでいたのなら、ギリギリまで秘匿する必要なかっただろうに。


 あの場所だけではない。他の観客席にもちらほらと、危険を感じる生徒がいる。特殊な事情がある訳アリという生徒か? 一体全体この学園はどうなってるんだ。元とは言えかつて世界最強の一角を担っていた“アーサー”に、生徒が危険を感じさせるとは。


『ギギャアアアアアアアアアアアアア!』


「絶対に真正面から攻撃を受けるな!」


 信じられないことに、特別なのは竹崎重吾や生徒達だけではない。以前、特鬼の巨猿ともやり合った時も思ったが、式神符の知能が高い。高すぎるというべきか。あの蜘蛛、生徒達が対処出来るか出来ないかのギリギリを攻めている気がする。


 ……少し試してみるか。


『ギ!? ギギギギャアアアアアア!』


「な、なんだ!?」


「気を抜くな!」


 やはり! あの蜘蛛の最も恐ろしいのは知能だ! 生徒達の前に剣の間合いを置くと、蜘蛛は飛び退いてこちらを睨みつけて吠えてくる! 力を抜いたとはいえ、訓練符が“アーサー”の間合いを分かるか!


 これではっきりしたな。あの蜘蛛を作った奴は正真正銘の天才だ。呪詛特化の非鬼に、訓練教官に必要な知能を詰め込んだのだ。寒気がするほどの才能と言わざるを得ない。


 はあ……だから日本に来たくなかったのだ。どこにでも恐るべき存在が潜んでいる。ここはあまりにも魔窟だ……。


 ◆


 ◆四葉貴明


 うん? なんで今、蜘蛛君飛びのいた? ひょっとして先代アーサーが何かした?


「先代アーサーのマッスルが、剣の間合いを意識したようだ。蜘蛛はそれを感じ取ったのだろう」


「なるほど」


 マッスルの解説に頷く。もういい加減こいつの理論には慣れて来た。


 つうか、剣の間合いとは言っても、大型トラック並みの蜘蛛君が飛び跳ねられるほど訓練場は広いんだけど、そこに離れた場所から剣の間合いを置けるのか。流石は先代アーサー。


「本気を出したらこの訓練場全体が間合いだろうから、かなり手を抜いているな」


「ちなみに聞くけど、どうしてそれが分かるんだい?」


「それが出来るマッスルだからだ」


「ああそう……」


 先代の本気をなぜ分かるのかと佐伯お姉様がマッスルに問うが、答えはマッスル汚染を引き起こしそうだった。


 ああ恐ろしい。


 先程までの先代の視線は、学園を観察するものだった。


 だが、まさか筋肉の付き方だけで自分が丸裸にされているとは思うまい。


 見ているということは見られていることなのだ。


 ああ、ああ恐ろしい。


 これが肉体的到達者なのだ。

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