アーサー

 なにか……非常に嫌な予感がする……気のせいか? 具体的には、猫ちゃんズの応援で気合が入った親父のテンションに付き合わされた時のような……。


 いや今はそんなことはどうでもいい。重要な事じゃない。


「佐伯お姉様おめでとうございます!」


「ふっ。まあボクに掛かればこんなもんよ」


 試合会場の観客席で、一回戦を突破した佐伯お姉様を讃える。


「ふひ。あんだけ恥かいたんだから、勝たないと割に合わないしね。ふひひひ」


「とりゃあ!」


「ぐびゃ!?」


 チームの指圧師として佐伯お姉様を正気に戻す。お労しや佐伯お姉様。多分大会中はずっとこんな感じだろう。


「幸先がいいな」


「私達も続くわ」


 藤宮君と橘お姉様もそれに続く気満々で気合を入れている。


 この場にはチーム花弁の壁が勢揃いしているが、まだ試合が終わっていない藤宮君と橘お姉様がこの場にいるのは訳がある。


 次はどうしても見ておかなければならない試合の一つなのだ。そう考えているのは俺達だけではなく、この観戦席は立ち見までいるほど人で溢れかえっている。


『選手入場!』


 来た。


 片方はギリシャの漢戦士。漲る闘志は異能を発動する寸前まで高まり、強力な圧を発している。見たところ当然の様に近接型の霊力者で、まさしく選び抜かれた者だと一目で分かる。


 しかし会場の目当ては彼ではない。


 それはもう片方。落ち着いた足取りでやって来たのは、青春のスポーツ青年のような煌めきを碧い瞳に宿した、短い金髪の戦士


 いや


 騎士。


 その身から発される力強さはこれぽっちもない。しかし、誰も、相手もそれを嗤う事をしない。当然。


 随分正反対だ。


 あの人の髪はもっと長かった。


 あの人の剣気は抜き身の剣だった。


 先々代アーサーは。


 そう、今試合場に上がった彼こそが、今代アーサーの弟子。何の因果か本当に本名、アーサーであった。


「不気味だ」


「ええ」


 藤宮君と橘お姉様が、アーサーの静謐ともいえる佇まいに警戒している。先々代は殆ど剣気を隠そうとしなかったことを考えると、恐らく大戦が終わったどこかで、時代に合わせてアーサー流も変化したのだろう。それでなくとも先々代から先代の間で、アーサー流はほぼ断絶しているのだから。


 そんなアーサーを見て警戒しているのは会場の全員だろう。よもやこの場にいる者達が、なんだ、ちっとも気を感じないじゃないか。噂倒れだなガハハ。なんて思う筈がない。


「うん? 構えがコンスタンティンさんに似てるね」


 やはりか。あれは構えだったんだ。


 この大会では武器の持ち込みがありで、アーサーが剣を持って構えているが、佐伯お姉様の言葉通りその構えは、だらりと剣を下に向けたもので、先々代アーサーと同じものだ。多分、いかに断絶しかかろうが基礎的な物は同じなのだろう。となると……。


 そういや先々代の未練は晴らせたようだ。いや、なんでか先代アーサーがここ数日姿を見せず、入院してるんじゃないかと噂されているが、なんでなんだろうなあ。やっぱりもう歳なんだろうなあ。ははははは。


 む、試合が開始されそうだ。


『試合開始!』


『かみ!?』


 アーサーの相手選手は、神から力を借りようとした。


 だが


 思った通りだった。思った通りの戦いだった。


『し、試合終了!』


 そして思った通りの早さだった。


「なんとまあ……」


「これは……」


「むう……」


 チームの皆が唸っている。会場全体がどよめいている。


『勝者アーサー!』


 一刀一太刀。


 試合開始とともに一瞬で相手に、ただ真っすぐに近づいたアーサーは、その手に持った剣を大上段から振り下ろし、一撃で相手を切り伏せた。


 そうなんじゃないかと思ってたんだ。いかに先々代から気質が変わろうと、細かく技が違おうと、その思想は変わってない筈だと。


 つまりだ。


「恐ろしい剛剣ですね」


 つい無意識に呟いてしまった。


 そう、強大な妖異を相手に、そして二度に渡る世界大戦を経ていたアーサー流剣術の思想は、圧倒的な破壊力と、相手に何もさせない速度を突き詰め、必ず相手を殺すまさに剛剣となっていたのだ。


 先々代とゴリラが似ているはずだ。まさしく似た者同士で同じ考え、同じ思想。そしてゴリラの隠し子である半裸の試合の様だった。


 ひょっとしてこの世の真理はマッスルなのか? マッスルを用いて相手を真っ正面から叩き潰すのがマッスル? マッスルがマッスル? はっ!? いかん邪神の俺が精神汚染を食らっている! ええいこれも全部あのマッスルが、実況でも筋肉だのマッスルだの言う所為だ! 精神汚染された邪神とか笑い話にしかならんぞ!


 それに多分、今の試合を見たマッスルは、また見事な筋肉だのと唸っているだろう。言っておくけど幾らアーサーが早かろうが、万全なお前の方が早いからな。


「やっぱり出場したらよかったかしら? どう思う?」


「もうエントリーどころか大会始まっちゃってるから」


「こっちを見ないで頂戴」


「その笑みを止めてくれ」


 そんなアーサーを見たお姉様が、再び出場したらよかったと思っている様で、佐伯お姉様達に意味あり気な視線を送っている。いかんぞこれは。このままでは西岡君か南條君が急にいなくなる可能性がある……。


「さ、さて、後はジャンヌダルク、マーズ、一人師団の子弟を見ないとね」


「まあその前に俺達は試合を勝たなければならんが」


「確かに」


 佐伯お姉様が無理矢理話題を逸らした。いや、確かに時代の星達を見るのは大事ですよね。うんうん。でもその前に、藤宮君と橘お姉様の試合があるから、まずはそちらを優先せねばらならない!


「そうね。一人師団の子弟の方は、確かに私も興味あるわ」


「おやそうなのかい?」


「ええ。ねえ貴方?」


「はい僕もです」


「意外だね。てっきりジャンヌダルクの妹の方とか、強い霊力者の方に興味があると思ってた」


「ふふ」


 お姉様の言葉に、佐伯お姉様が不思議そうにしている。確かにそうです佐伯お姉様。幾ら対人で強かろうが、限界値が明確に存在する超力者にお姉様は興味を持ってません。


 だからお姉様が見たがっているのは一人師団の次男ではなく……


 相手がギリシャ所属の……


 女性です。

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