最強メンバー&助っ人
「完璧バッチグー!」
「ありがとうございます!」
「バッチグー……?」
半裸の試合後、インターバルが出来たのだが、放送席の近くにいたテレビ局のスタッフに称賛された。どうも学生がアクシデントを起こした時のフォローとして、それなりに権限がある人が来ているのか、年配のスタッフだったのだが、バッチグーとかいつの死語だよ。ガキの頃に親父がよく言ってたから俺は知ってるけど、他の奴には伝わらないんじゃないか? 実際お姉様はなんの言葉か分かってないみたいだし。
「えーっと次は……ギリシャとノルウェーの試合だけど、さっきみたいにいけそう?」
「試合自体は問題ないです。ただ、この二国ならまず間違いなく霊力者なんですけど……」
「あまり余所の神には詳しくないわね」
「同じく」
その中年のスタッフが、次の試合表を見ながら訪ねて来るが懸念があった。俺は天敵の一神教の天使や、そこから零落した悪魔はそれなりに知っているが、ギリシャ神話とノルウェーの北欧神話については一般的な知識しかない。それはお姉様とマッスルも同じで、試合自体の解説は出来るが、マニアックな神の力を使われると、突っ込んだ解説が出来ない可能性があった。
あ、そうだあいつがいるじゃん。ちょっと連絡を取ってみるか。ってあら? 携帯にメッセージが届いてるな。なんか丁度良く、今連絡を取ろうとした彼だ。なになに? なんでもいいから仕事くれ? 出来れば関係者以外立ち入り禁止の場所でか、忙しく走り回るのだって? なんで急に勤労意欲に目覚めてるんだ? まあいい。ここは関係者以外立ち入り禁止だから、まさにぴったりだ。
「助っ人を呼ぼうと思うんですけど構いませんか?」
「助っ人と言うと、さっきみたいな突っ込んだ話を出来る学生さん?」
「出来ます」
「オッケーオッケー。マイク準備するよ」
スタッフに断りを入れて彼に連絡を入れる。お姉様とマッスルは、もう誰か分かっているようだ。
◆
◆
◆
「さて皆さまインターバルも終わりました。飲み物の準備は出来ましたか? さっきの試合は飲む暇もなかったですが」
インターバルも終わり、少しのジョークを交えながらマイクに向かって話す。
「続いての試合はギリシャ代表アーティー選手と、ノルウェー代表エルデン選手の戦いになりますが、ここで放送席に呼んだ助っ人をご紹介します。例によって匿名ですが、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
普段の訛りはどこへやら。標準語でマイクに話しているのは、我がクラスが誇るヤベー奴筆頭こと、金髪チャラヒモ男こと、木村太一である。っつうかお前、前から思ってるけど余所の場所ではちゃんとした標準語だな。
「彼は海外における神々の専門家であり、恐らく霊力者としてギリシャ神話、北欧神話の力を使うであろう両選手を解説するのにぴったりで、急遽助っ人として来てもらいました」
まさか世界に誇る神話を抱える出身の癖に、二人とも超力者とか言わねえよな? もしそうならズッコケるぞ。
しかし、チャラ男の奴どうして急に労働意欲に目覚めたんだ? ん? 虫刺されがあるな。頬を三か所も刺されてるじゃん。
「両選手が入場してきました。ご覧ください両選手のあの巨躯! 筋肉! 力強さ! 近くにいればそれだけで押しつぶされそうな威圧感を放っています!」
選手が入場してきたが、両方ともとんでもない体だ。女性の胴回りほどの腕と表現するべきか。さっきの半裸達は鍛え抜かれた体だったが、この両者は鍛え抜かれすぎている程で、2mほどの身長合わさって威圧感が半端ではない。
がしかし。
「しかしおかしいです。両者の重心と足運びは、その体に反比例して見合っていません。格闘術を収めていないようなのです」
そう。邪神流柔術後継者である俺には分かる。あの二人はこれでもかと筋骨隆々な体をしていて、接近戦の心得がない体の使い方だ。
「あらあら。ノルウェーの方は女ね。化けてるみたい」
「確かに。姿と足音が一致しません。恐らく幻影でしょう。足音が女性のものです」
お姉様とマッスルが、ノルウェーのゴリマッチョを、なんらかの手段で化けている女性と断言した。なるほど、違和感の正体はこれか。しかし、姿と足音が一致しないだって? お前、観客がワーワー言ってる中、足音聞こえたの? 何なの一体?
「あれは北欧神話において、トリックスターとして有名なロキの権能ですね」
「なるほど。ロキは男神ですが、時として女性としての姿も持ちます。つまりこれは欺瞞工作であると?」
「そうなります」
チャラ男が補足を入れた。
出たよこいつのヤバい所。神話において、女神と関わりのない男神なんてほとんど存在しない。その関りのある女神から情報を引っ張って来れるため、チャラ男一人いれば相手の霊力者はどんな力が使えるか丸裸になってしまうのだ。本当にこいつ盤外戦術に置いて俺とタメを張るヤバさだ。
そんでもってロキは自身も女として在るため、直接聞けば答えてくれるのだろう。現代ではほぼ陽炎の様な神から、きちんとした声を聞けるとか無茶苦茶だ。
「対してギリシャのアーティー選手ですが……」
「あちらも幻影ですね。足音が彼のすぐ後ろから聞こえます。恐らく本人は透明になっていますね」
「という事は、両選手は既に戦っているようなものだと?」
「そうなります」
そうなりますって、だからマッスル、お前さんここから見えない奴の足音聞こえたの? 馬鹿なの?
「あれはヘルメスの権能ですね。ハーデスの兜を被ったヘルメスは姿を隠した逸話があり、それを使って透明になっています」
「という事は、ギリシャ神話のトリックスターであるヘルメスと、北欧神話のトリックスターであるロキの化かし合いが行われているのですか?」
「そうです」
そうですじゃねえよチャラ男。多分、ヘルメスの妻だったこともある愛と美の女神、アフロディーテから聞き出したんだと思うが、マジでこいつ洒落にならねえな。欺瞞とか遮蔽がこいつには全く、これぽっちも、一切通用しない。
しかしとんでもない試合になったぞ。
「ふふ、お互い気が付いてないんじゃ仕方ないわね」
「ご視聴の皆様、ルール上、試合開始まで異能は行使されないことになっていますが、世界異能大会はスポーツではなく、異能者同士の決闘と言う側面が強いです。そのため、漫画やアニメである様な、卑怯汚いは誉め言葉が時として通用します。会場にいる古強者と呼ばれるような達人達も気が付いているでしょうが、この試合を止めないという事は、我々異能者の中で十分許容される戦いなのだとご了承ください」
お姉様の言う通り、二人とも自分が化かしているのに、化かされている事に気が付いていない。そしてルール違反なのだが、試合そのもので行われる化かし合いに関しては立派な戦術だから、俺も、そして間違いなく気が付いているゴリラや、単独者達も止めに入らない。
『両選手が相まみえました。昨年は出場していなかったためデータが乏しいですが、この気迫溢れるにらみ合い。ギリシャ代表アーティー選手は戦神アレス、ノルウェー代表エルデン選手は戦神トールの力で戦うのかもしれません』
『迫力ある試合が見えそうですね』
本放送は、外見に騙されて力と力による激突を予想しているが、ロキとヘルメスの戦いでそれはまずない。
「これは癖者同士の寝技勝負になりそうですね」
「はい。お互い前に意識を向けている振りをしていますが、実のところ筋肉は上を向いています。これは試合開始と同時に上へ飛びあがり、突っ込んできた相手を搦め手で倒そうとしているのでしょう。誤算なのは、二人とも前へ出るつもりがこれっぽっちもない事ですね」
トリックスター同士の戦いが、真っ正面からのものになる筈がない。マッスルもそれに同意しながら解説しているんだけど、筋肉が上へ向かうって一体何の事だ? バベルの塔が崩壊する前なら、俺もこの意味が分かるのかな? いや、分かりたくねえ。
「足に集中してるわね。確か、靴の逸話がなかったかしら?」
「はい。ヘルメスもロキも、空を飛ぶ靴を持っています。飛び上がるだけではなく、空中で留まり頭を抑えるつもりではないでしょうか」
お姉様が、両選手が足に力を溜めている事に気が付き、それをチャラ男が補足した。なんか変な共通点があるな。
「となると最初の見どころは、ノルウェーの選手が、消えているギリシャ選手に気が付くかどうかね」
「さて、両者はどうやら真っ正面から戦うつもりなんてこれっぽっちも無いようです! 先程とは真逆の試合が見えるかもしれません!」
『これは先程と同じく、一瞬で決着がつくパワー勝負になるかもしれません』
本放送と副放送の俺達で真逆の意見になってしまった。どちらが正しいか、この後すぐ分かるだろう。
『試合開始!』
始まった! 実況は俺の仕事だ!
「試合が開始されました! ノルウェー、エルデン選手いきなり飛び上がった! 靴が先程の物とは違います! そして同時に突っ込んだアーティ―選手ですが、あれは幻影です! 本人もまた空中に飛び上がっているのか!? エルデン選手、金に輝く紐のようなものをアーティー選手の幻影に投げつけた! あれはまさか、ロキの息子であるフェンリルを捉えたグレイプニールか!?」
「その通りです。ロキの権能ではないですが、その息子であるフェンリルを捉えていたからと、無理矢理解釈して、その力を使っているようです。一度捕まると、自力ではまず脱出不可能でしょう」
マッスルの予想通り、ノルウェー選手は空中に飛び上がると、必殺の捕縛術を発動したが、その投げつけた相手は幻で本人ではない。これはから撃ちになるか?
「どうも自動追尾の術式を編んでるわね。ふふ、案外透明な方へ向かうかも」
「仰った通りになりました! なんと投げられたグレイプニールは地上にいるアーティー選手に向かわず、何もない筈の空中に向かっていきます! これには投げた本人も驚いている様子!」
お姉様の言う通りだった。あのグレイプニールはかなり出来がいいらしく、恐らく透明になっているアーティー選手に向かっている。しかし、はあ!? とばかりの顔になったエルデン選手にちょっと笑いそう。
「ああっとグレイプニールが弾かれると同時に、何も無かったはずの空間にアーティー選手が現われました!」
「透明になる力は、攻撃した瞬間に解除されるようですね」
チャラ男が解説を入れる。
「なるほど! こうして両選手、空中で初めて対峙することになりました! まさに化かし合い! な、なんとアーティー選手、四人に分身した! 空中に浮かぶ四人のアーティー選手が、エルデン選手を囲むように散開する!」
「全て偽物ですね。聞こえる風切り音は地上からエルデン選手の真下に向かっています。本人はまた透明となっているのでしょう」
マッスルの解説だが確信した。マッスルの見てる、聞いてる世界を俺が体験したら酔うと表現したが、常人は情報量の多さに脳が破裂するだろう。
「あら、騙されちゃったわ」
「エルデン選手、相手の考えと戦い方が己と酷似している事を察知したのか、常に自分の死角にいる一体に注意を向けてしまい、グレイプニールの発動に手間取ってしまった!」
お姉様がいつもの素晴らしいニタニタ笑いで、エルデン選手の失策を見ている。気にせず自動追尾するグレイプニールの発動を優先すればよかったのだろうが、彼、いや、彼女目線では一番本物の可能性が高い、死角にいるアーティー選手を警戒するあまり、グレイプニールの発動が最初の一撃より遅れてしまった。
「あ、今、エルデン選手が幻影の体を捨てる準備をしましたね」
「するとどうなりますか!?」
「脱皮した抜け殻みたいなのが少し残ります」
「つまり何か嫌な予感を感じて、デコイを使うつもりだと!?」
「はい」
チャラ男曰く、中身が女性なエルデン選手は、その幻影を捨ててデコイに使うつもりらしい。勘かもしれないが、下から忍び寄っているアーティー選手に気が付いたのかもしれない。
「ここで本物のアーティー選手が姿を現す! エルデン選手の真下から飛び上がると、霊力で編んだ剣で切り掛かった! 間に合わなか!? いや! 間に合っている! 間一髪! 筋骨隆々だったエルデン選手の背から、まるで蝶が羽化する様に小柄な女性が現われていた!」
逞しい男性の幻影はアーディー選手に切り裂かれたが、本体の女性は無傷だ! 決着がつくかもしれん!
「そしてそして! その目の前には剣を振り下ろして無防備なアーティー選手! その驚愕がこちらにも伝わる! き、決まったああああああ! エルデン選手から放たれたグレイプニールが、アーティー選手を雁字搦めにした! そのミノムシとなったアーティー選手に、エルデン選手が強烈な蹴りを放った! アーティー選手場外! エルデン選手の勝利となります!」
アーティー選手は下から飛び上がったせいで慣性に従い、よりにもよって無防備な横を曝け出し、そこへグレイプニールの直撃を受けて、そのまま場外へ叩き出されてしまった。
「トリックスター同士の化かし合いは、ロキの力を操るエルデン選手に軍配が上がりました! アーティー選手はよりにもよって化かし合いで負けたのかと、首を横に振りながら肩を竦めています!」
トリックスターが騙されたのだ。結構プライドが傷ついているかもしれん。
「お互い騙し討ちで必殺の一撃を叩きこめるなら、近接戦の心得が無いのも納得しました」
「と言ってもうちの学園長ならみっちりしごかれます」
「確かに」
「ははははは」
「ふふふ」
あの二人が近接戦の心得が無いのも納得だ。アーティー選手は消えて頭に剣を叩きこむだけでいいし、エルデン選手は自動追尾して、逃れられない捕縛術があるんだ。そんなものは不要だろう。尤もゴリラは、そんな絶対なんてものはないと実演しながら、格闘術を教育するに決まってる。それを思って俺、お姉様、マッスル、チャラ男は笑い声を上げる。
『いったい今のは……』
『うーん……あの捕縛術は、ひょっとしたらグレイプニールだったのかもしれません』
本放送は大分困っているようだ。
あれ、チャラ男も加えたこの布陣って、やっぱり最強なんじゃね?
後書き
次は多分掲示板回
【悲報】サブがメイン。
とか
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます