ちょろい学園長と蜘蛛の嘆き

「学園長これを寄贈します!」


「なに? 古今東西呪術集?主婦でも出来る、楽々呪術師のぶっ殺し方?」


 遂に完成した古今東西呪術集。主婦でも出来る、楽々呪術師のぶっ殺し方を持って、朝一番に学園長室を訪れた俺。勿論目的は、四葉貴明の処女作を学園に寄贈するためだ。


「……これは?」


「読んで字の如くです! 人間に扱える古今東西の呪術と、それに対する対抗手段について記載してあります!」


 俺が邪神でよかったですね学園長。物心ついたときには脳みそにインプットされていましたから、専門家中の専門家ですよ俺は。


「……ちなみに作者は?」


「勿論僕です!」


 作者名は恥ずかしかったから記載していない。いっそブラックタール帝国皇帝でよかったかな?


「もう添削も終わせました!」


 蜘蛛君が。


 ところでどうしました学園長? また扱いに困るものをと言いたげですね。まあ実際、生徒にこれ自分が書いた本ですって渡されても困るだろう。


「安心してください! セキュリティーはガチガチですから! 悪用されると危ないですからね!」


「そういう発想が出る分には安心なのだが……」


 世の中には毒にも薬にもと言う言葉があるが、この対処本は裏を返せば呪術師としての教科書にもなる。そんでもって自分の作った作品が毒になるのは嫌なので、かなり正当性のある恨まれ方をしている奴がこの本に触ると、ミイラ化した上で当分死ねなくなるのだ。そして最後はボッである。ボッ。


「まあとりあえず禁書庫行きだな」


「ですね。原本は本当に必要な時に使って下さい。こいつを世に出すのは非常に危ないです」


 そんな危ない本を、一般閲覧できる所に置いておけるわけがない。そのためこの本の行先は学園長の許可が無いと立ち入れない禁書庫でいい。これはあくまで、何かどうしようもない事が起こった時に参考になるように作ったのだ。


「本命の方は呪術の使い方とかを記載していない、もっとマイルドな一般能力者向けの写本で、この後製作予定です。これは学生向けの教科書レベルにするんで、完成後よかったら添削お願いします」


 蜘蛛君が。


 いやあ、手足と眼がそれぞれ俺の4倍なのだ。作業効率は8倍になるだろう。いや、8かけ8で64倍だ!


「ほう、呪術対策の教科書か」


 ヤバい臭いがプンプンしてた原本には引いてた学園長が食いついた。このゴリラちょれえ。教材、生徒の為、学園の為。これが対学園長用の三種の神器。


「呪術は初見殺しが酷いですからね。対処法を知っているだけでもかなり違うので、生徒の皆さんの為になりますよきっと」


「うむ、確かに知っていると知らないでは大きな違いだ。そういう事なら喜んで力になろう」


 はい俺の勝ち。これで我が臣民の中から、呪いに対するスペシャリストを輩出することになるだろう。


 おっ、世界向けに翻訳版も書いたらもっといいな。その時はご当地呪術についてさらに詳しく書いておこう。そうしたら、世界中で我が書物が読まれるだろう。テンション上がって来たなおい!


 ◆


 ◆


 side竹崎重吾


「失礼しました!」


 今度は何を思いついたのか、テンションの上がった様子で部屋から出て行く貴明。多分、特技と言うか能力と言うか、ともなくそれを活かして翻訳版を出すつもりなのではないかと思うのだが……。


「それにしても……また扱いに困るものを……」


 問題なのはこの原本だ。貴明はセキュリティーはしっかりしているといったが、大方、邪な者が触れたら呪われるといったところだろう。許可が出た者のみ入れる禁書庫に保管しても、誰彼構わず触れていいものでは無いな。


 だがこの本は、呪術と言う分野においてのみ、まさに知恵の樹に実った果実そのものだ。なにせ書いたのが邪神本人とくれば、誰もがその内容を疑わないだろう。しかし書いた本人が言った通り、本当に必要な時以外の使用は危険すぎる。当分は私と貴明だけの、いや、どうせ小夜子も知っているだろうが秘密だな。


 それにしても教科書か。


 うむ、これで生徒達に呪術に対抗する術を教えられるな。




 ◆


 ◆


 ◆



 原本を渡され添削を終わらせた蜘蛛は、暴虐皇帝に対してまたしてもストライキの決行を計画していた。


 なにせいかに呪術に特化した存在に昇華したとはいえ、超難解かつそこらの辞典の3倍も4倍もあるような大きさの本の添削を終わらせたと思ったら、今度は写本の製作を命じられたのだ。


 大体、原本が超難解だったのに、それを一般能力者向けに説明して、かつ危険な所を削除しろなどと、どう考えても無茶振りなのだ。


 その為蜘蛛は、何度目か分からないストライキ決行を心に誓っていた。


「やあ蜘蛛君ありがとう」


 そんな計画を立てながら、ああでもないこうでもないと悩んでいた蜘蛛の下に、この無限労働地獄へと自分を叩き込んだ張本人、悪逆暴虐邪神皇帝が現れた。


 なおここは地下訓練場の脇にある事務机の上で、原本の添削に当たって蜘蛛は、ミニサイズとなってべージを捲ったり筆を走らせたりしていた。


「添削は他の人にお願いするしかなかったけど、写本は俺がメインでやらないとね。蜘蛛君には、これが生徒向けに正しいかの意見をお願いしたいんだ。やっぱり、直に先輩達と交流している、呪いのエキスパートの蜘蛛君に聞くのが一番だからね」


 蜘蛛は感動した。なにせ完全に丸投げされると思っていたのに、ちゃんと製作者が製作すると言ってくれたのだ。感動するには何かがおかしい。


「いやあしかし蜘蛛君ありがとうね。添削もそうだけど、毎日先輩達に訓練してくれてるお陰で、先輩達も蜘蛛君の薫陶を受けて、立派な帝国臣民として巣立っていくよ」


 やっぱり蜘蛛は感動した。だが労働環境がクソなのは、目の前の超暴虐悪逆ブラック企業社長皇帝のせいである。これは不良が偶にいいことした時のあれであろう。


「という訳で、先輩方や主婦の皆さんが、呪術なんて禄でもない術を扱う奴等をぶっ殺せるように頑張ろう! えいえいおー!」


 皇帝陛下と共に手を上げる蜘蛛。素晴らしい絆である。


「あ! お姉様に呼ばれてる気がする! 多分佐伯お姉様、橘お姉様、藤宮君のチームのマネージャーについてだ! 蜘蛛君ちょっとお願いね! お姉様今行きますー!」


 そう言い残して走り去る超残虐暴虐暴虐ブラック企業社長プロデューサー皇帝。


 絶対にストライキをしてやる。蜘蛛はそう固く心に誓うのであった。

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