花の命

右左上左右右

(SSG)

昔好いた男に愛を告白したいと言う彼女の背を押した。

転ぶ彼女に手を差し伸べる彼。

「…様」

「それ…祖父…」

うっかりしていた。

五十年経てば若者も爺になる。彼は彼女に、祖父は入院中で危篤だと、知り合いならと病院の名まで教えてくれた。

教わった病室には萎びた爺が一匹、死にかけていた。

彼女がさめざめと泣く。お慕いしておりました、と。興醒めである。この男は死ぬ気なのだ。なんたる無礼。

彼女がその身を保てぬ程に泣き崩れた時、先程の彼が病室に現れた。彼女を拾い上げ花瓶に差す。

「爺ちゃんの名前で俺を呼ぶ人に会った。あの人…? 爺ちゃんの初恋の…まさかね」

嗚呼、なんという事だろう。彼女の恋が叶ってしまう。我等はもう傍に居る事かなわぬ。彼女は、男と一緒に逝くつもりなのだ。黄泉の案内人として。


1503号室の患者は息を引き取った。急いで家族が呼ばれた。


病室には、花瓶に花が一輪だけ差してあった。

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