62話 知らない照明
瞼に眩い光を感じて僕は目覚めた。薄っすらと目を開けて、瞳を光に馴染ませる。光の正体が照明だと分かると、いまの状況を確かめるために体を起こした。――が、身体の節々に強烈な痛みが走り、一度諦めて目を閉じる。
「おはようございます志水君。8時間も経っていないのに、もう起きるなんて驚いたわ」
どこかで聞いたことのあるその声に、再び目を開けて、声の方向へと顔を向ける。首を動かす程度ならば痛みは少なかった。
「……どうして、
独り言のように呟く。
目の前にいるのは、僕と一緒に遊園地に遊びに来ていた星奈ではなく、高校の制服を着た朱智院だった。
遊園地に行ったのは夢だったのだろうか。――そもそもここは、僕の家ではない。ここはどこだ?
周りを見渡すと、そこそこ大きな部屋だ。どこかの家のリビングだろう。しかし、疑問に思ったのはこの部屋に家具と言ったものが一切存在しておらず、僕は床の上に寝ているからだ。
窓から外を見れば陽が出ていることは分かるが、朝なのか夕方なのか分からない、オレンジ色の光が部屋に差し込んでいた。
再び体を起こす。まだ節々が痛むが最初に比べれば良くなった。それを見て、朱智院はゆっくりと答えた。
「ここはわたしの借りた部屋です。そしてわたしは、志水君を誘拐しました」
「……誘拐? 何をいってるんだ?」
「そのままの意味ですよ。わたしはあなたを誘拐したんです」
「……本当に?」
「本当です」
「な、なにか証拠はあるのか?」
「残念ながら。ですが、この状況からして、誘拐されたと結論づけるのが妥当だと思いますよ?」
たしかに、彼女の言うことは一理ある。気づいたら見知らぬ場所にいるのだ。病院に運ばれたのでは無いのなら、誘拐以外に何があるのだろうか。
「……分かった。これが誘拐だと信じるよ。それで、目的は?」
誘拐したのだから、お金が目的なんだろうなと思いつつも質問する。
しかし、その答えは僕の予想を大きく超えるものだった。
「わたしの目的は、あなたの暗殺です」
「……えっ」
思わず、口から間抜けな声がでてしまう。そして、ここ最近の出来事が脳内に再生される。
買い物帰りに起きた交通事故。一歩間違えれば僕が被害者になっていたであろう事件だ。
考えすぎだと火恋に言われてようやく、考えを改めたのだ。
「それじゃあ、交通事故を起こしていたのは……」
「志水君が思っている通りですよ。わたしは志水君をずっと殺そうとしていたんです」
「あれは、気のせいなんかじゃなかったんだ」
「それじゃあ、いいですか?」
「何が?」
「場所を変えましょう。立ってください」
そう言って朱智院は、どこからともなく拳銃を取りだして、僕に向かって構える。光を反射しない漆黒に染まった拳銃が額に向けられている。本物か? いや、レプリカか? しかしながらレプリカ自体に規制がかかっており入手が難しい。どちらにせよ、指示に従った方が身のためだ。
彼女が指先を曲げれば、僕の脳は一瞬で機能を停止するだろう。そんなことを考えていたら、目の前の死への実感が高まり、心臓が煩いぐらいにドクドクと脈打つ。
「ちょっ、ちょっと待って。今すぐ立つ。」
あくまで平然を装ったのだが、傍から見たら焦っていることだろう。朱智院の視線からは、悪党が正義の味方に命乞いするザマに映ったかもしれない。こんな台詞を僕が言うことになるなんて夢にも思わなかった。
「下げることはできません。あなたが逃亡を図るのを阻止するために、これは必要なことですから」
朱智院は笑顔で答える。僕にはその笑顔がとても恐ろしく感じた。けれども、どこか寂し気にも見えたのは気のせいだろうか。
玄関の扉を開けると、オレンジ色の光が僕を照らす。風は暖かい。夕方だろうと判断することができた。そして、ここはマンションの一室ということが分かった。外は長い廊下になっている。階層は5階ぐらいか。
「それで、場所を変えるってどこに行くんだ?」
「秘密です。付いてきてください。あ、外で拳銃を持ってるのは流石に危険なので、わたしと手を繋いでください。これなら逃げられませんよね?」
「あぁ……、そうだな」
朱智院は左手を伸ばしたので、僕は右手を差し出す。朱智院は僕の手を交わらせて、がっしりと繋いだ。これは俗にいう恋人繋ぎではないか。しかし、この状況では嬉しいとは全く思わない。心臓が高鳴るのは恐怖からくるものだ。
「それでは、行きましょうか」
朱智院はデートでも始めるような口振りで、僕達は部屋を後にした。
<あとがき>
デート後半戦ってトコだね。とことことっとこはむたr
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます