53話 お化け屋敷の謎

『そんなに心配することはないと思うよ? 2人でデートしてるんだから。大勢の目撃者がいるところで暗殺ってするものなの?』


 お昼になり、2人は遊園地内の飲食店へ入って行った。


 キーボードを叩いて、店内の監視カメラ映像を見ることができないか探っている所だ。その為、今は翔和に仕掛けた盗聴器が彼の無事を確認することのできる唯一の品だ。


「あり得ない話じゃないわよ。油断しそうな時こそ、しっかりと見守るのよ」


『火恋の場合、監視に近いと思うけど』


「うっさいわね」


『はいはい、……ああ、ダメだこりゃ。その店の監視カメラは録画用しか無いね。リアルタイムで観れないや』


「了解。仕方がないから盗聴器の音声を聞くしか――」


 と、盗聴器の音声を受信しているイヤホンを付けたのだが――


『あーんで食べないとあげません』


 この声は今日デートに来ている女だ。


「ハァ!?」


火恋は思わず、近所迷惑に匹敵するような大声を上げた。至近距離の栞の耳にとっては致命傷だった。


『ねぇちょっと!いきなりうるさいわよ!何かあったの?』


「あーんよ!翔和にあーんしようとしてる!」


『落ち着きなよ。火恋には関係ないことなんでしょう?』


「た、たしかに関係ないかもだけど……。あーっ! 何してんのよこの女!」


『……だめだこりゃ』


 叫び続ける火恋に飽きれ、栞はため息を吐いた。


     *

 

 昼食を終えた僕たち2人は、何かをするわけでもなく園内をぶらぶらと歩いていた。乗り物系は粗方遊び終えたので何をしようかを考えていたのだ。


「先輩、もう一回ジェットコースターに乗りません?」


「いや、さすがにいいだろ。しかも、乗るたびに泣きそうになってるじゃないか」


 何故、強がるのか。


「先輩が泣いちゃうんじゃ止めときましょう」


「いや、おまえが泣くんだろ」


「そうですねー、それじゃあお化け屋敷にしましょう!」


 人の話を聞かない後輩だ。星奈は僕の手を引っ張りお化け屋敷の方向へ進んでいる。

 

 午後になって人の数は若干増えているものの、気にはならない程度。お化け屋敷に並んでいるのは5組で、5分も待てば入れそうだ。


「そういえば、星奈は幽霊とかオカルトの類が好きだったな?」


 先日の会話を思い出しながら尋ねる。


「んー、詳しく言うならオカルトが好きというより、オカルトを科学で否定していくのが好きなんですよ」


 星奈は人差し指を立てながら言った。

 

「いろんなテレビ局でオカルト的な番組ってそこそこやってますよね。その番組の中のひとつに、オカルト信者と科学者が討論するってコーナーがあってですね。そういうのが大好きなんです」


「へー。それじゃあ、星奈はオカルトを信じないみたいじゃないか」


「ちっちっ、そうじゃないんですよ。オカルトは信じるとか信じないの話じゃないんです。もっと深いもので――」


 と、星奈が語りだしたところで、係員に声を掛けられた。


「どうぞ、お入りくださーい」


「よし、いくぞ」


「――それでですね……って、いいところなんだけどなぁー」


 係員、ナイス。これ以上は星奈の長々しい話は聞きたくはなかった。


 お化け屋敷の中は当然薄暗い。緑色の蛍光灯が天井でぼんやりと光っていて、それが唯一の光源だ。


 ご丁寧なことに、白の大きな矢印が壁に描かれており、その向きに移動すれば良いらしい。


 このお化け屋敷は病院をイメージしていて、序盤は地下にある死体安置所を目指す。道中には血を連想させるような赤色で、壁に『助けて』と書かれていた。それぐらいなら問題は無いのだが、階段を下りた後はまさにお化け屋敷だった。


 死体安置所では包帯に包まれたミイラがいきなり飛び出してくるし、血だらけの女が叫びながら追いかけて来るのだ。


「せ、先輩、泣いてませんか?」


 星奈は顔を引きつらせながら、僕の腕にしがみ付いて言った。脚は生まれたばかりの小鹿のようにぶるぶると震わせている。


「心臓には悪いけど、泣く程ではない」


「へ、へぇー、先輩は強がりですねー」


「いや、事実だけど?」


「あ、先輩、そこは左に行くんですよ」


 僕が矢印通りに曲がると、話を逸らしたように星奈から指摘された。


「この矢印は右に向いてるけど?」


「ふふ、いいんです。ここは左なんですよ」


「……本当か?」


「わたしが嘘を言うとでも!?」


「ああ、平気で嘘言いそうだな」


「さすがは先輩!わたしのことをそんなに信頼してくれるんですね!」


「本当に人の話を聞かないな」


 星奈は矢印を無視して左に進む。


 矢印の仕事を奪わないでやってくれ。


「分かった。おまえを信じるよ」

「はい!」


 星奈は先頭に立ち、僕はその後に続く。


 奥へ進むにつれて蛍光灯の数が減り、より暗くなっていく。それに、先程から驚かせるような仕掛けが無い。逆に不安を感じて星奈に尋ねる。


「本当にこの道であってるのか?」


「もちろん。あ、階段を下りますよ」


 すでに終盤に入っているものだと思っていたので、まだ下るのかと躊躇う。


 やけに長いお化け屋敷だ。正直、もうお腹がいっぱいなボリュームだ。気が滅入る。


「……もうちょっと」


「何が?」


「なんでもないです」


 星奈のその言葉は、2人の足音だけが響く静かな空間で独り言のように感じた。


     *


 2人がお化け屋敷に入ってから数十分が経った。


 盗聴器から聞こえてくる音声に、時々強いノイズが混じり始める。しばらくすると、イヤホンからはノイズだけが流れてくるようになってしまった。これでは使い物にならない。


「栞、このお化け屋敷のルートってどうなってるの?」


 少しでも情報が欲しくなり、栞に尋ねる。


「ちょっと待ってて、調べてみる」


 ヘッドホンの奥でキーボードを叩く音が聞こえて来た。しばらく時間がかかるとみて一度大きな伸びをしていると、PCにメッセージが届いた。マウスを動かし、メッセ―ジの内容を確認する。相手はカグツチだった。


『とりあえず、経歴でおかしな点がないか、高校に入学する前の通っていた中学校を全生徒分調べたのだが、1人だけ怪しい人物がいた。なんと、その生徒が通っていた中学校は存在していなかった。詳しく調べていったら、住所もデタラメだ。名簿と写真を送る』


 カグツチのメッセージを読み終えるとほぼ同時に、画像ファイルが送られてきた。迷わずそのファイルをクリックする。


「ッ!」


 画面いっぱいに広がる画像を見て絶句する。


『火恋、ルートについて調べ終わったよ。まずは、1階から地下1階にある死体安置所へ目指す。その後は2階にある出口を目指すみたいだね』


 栞の声が聞こえてくるのだが、うまくそれを理解できない。PCの画面に映る女子生徒への衝撃があまりにも大きかった。


『かれ~ん、聞こえてる?』


「……ダメだ。わたしが、わたしが悪いんだ」


『火恋?』


「あいつだよ。あいつが――」


 慌ててベッドに投げ捨ててあったスマホを手に取る。連絡先から翔和を見つけて、電話を掛ける。しばらくの間が空き、ようやく繋がる。


「翔和! 急いでそこから――」


『お掛けになった電話は電波の入らない場所に――」


 会話を始めたのは、冷酷なまでに感情の無い女性の音声だった。


「ッ! くそがァ!!!」


 再びベッドにスマホが投げ込まれた。勢い余って壁に当たったがそんなことどうでも良かった。


 火恋は成す術がなく、画面に表示されている少女と名簿を睨めつけることしかできないのだから。






――――1年3組 出席番号16番 畦地星奈




― 不穏な動きとデートの約束 終 —


<あとがき>


 どうなっちゃうのぉ~? ってところで、次回から番外編をやります。


 私事ですが、部屋のライトをスマホ操作できる電球に変えたんですけど、とても良かったのでおすすめです。

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