52話 わくわくでーと

 電車に揺られて20分ほど。僕たちは駅を降り、徒歩で遊園地を目指していた。目の前には大きな観覧車が見える。


「先輩が最後に遊園地にいったのはいつですか?」


「実は、遊園地に行ったことがないんだよ」


「えええっ!普通1回ぐらいは行きません? あ、ジェットコースター怖いんですか?」


「そういうわけじゃない。……父さんが、厳しくてな。遊園地に行くぐらいなら勉強しろってな」


「へぇー、そうなんですか。それじゃあ、今日はジェットコースターに乗りまくりましょう」


「いや、ジェットコースターは怖くないからな」


「分かってますって」


「そこまで言うなら、最初はジェットコースターだな」


「本気ですか……いえ、そっ、そうこなくっちゃ!」


「なんだよ自分から言い出したくせに」


 というわけで、遊園地で最初に乗った乗り物はジェットコースターになった。早い時間に来たからか、並んでからそれ程待たずに、すんなりと乗ることができた。席は1番前。特等席である。


「ハハハ、まさか一番前に乗れるとは思ってなかったですヨー」


「星奈、笑顔が引きつっているように見えるけど?」


「き、気のせいだヨー」


「そうか」


 トルゥトルゥトルゥという軽快なメロディと共に、ジェットコースターはゆっくりと動き出した。初動のガタンという振動に、星奈は過敏なまでに肩を震わせた。


「動き始めたな」


「そうだネー」


 ジェットコースターは乗車口近くのトンネルを抜けると、上に向けて地上との距離を離し始めていた。


「先輩、空が見えます」


「上に登っているんだからそうだろう」


「なんで登ってるんですか?」


「……ジェットコースターだから」


「この後、どうなるんですか?」


「落ちる」


「ハハハ、何を言って――」


 星奈が言いかけた瞬間、全身に解放感のある風が吹き始めた。


 その後、星奈はジェットコースターから降りるまで、彼女の絶叫が絶えることは無かった。



 ジェットコースターを乗った後も、遊園地デートは続く。星奈は次々にあれに乗りたい! こっちに乗りたい! と言って、午前中で乗り物系をすべて制覇した。今日は比較的人が少ないようで、待ち時間はあまり気にならずに楽しめた。


 気づいたら12時を迎え、そろそろご飯を食べようということになり、園内の飲食店に入った。昼時だったが、ここも人が少ない。外の景色がよく見える、窓際の席に座った。


「ねぇ、先輩」


 星奈は肘を付き、笑顔で僕を呼んだ。


「ん?」


「付き合ってるみたいですね」


「ぐふっ」


 僕は食べていたハンバーガーを喉に詰まらせてしまった。慌てて水を飲み、一命を取り留める。


「何言ってんだよ」


「え、先輩は、そう思わなかったんですか?」


「思わない」


「ひどい! 信じてたのに!」


「周囲に誤解を招くような発言は慎むんだ」


 人が少ないからと言って、がら空きというわけでもない。複数の視線をこちらに向けられてしまった。


「それで、遊園地は楽しいか?」


「もちろん。あ、先輩と一緒だから楽しいんですよ?」


「はいはい」


「先輩ったら、照れすぎですよ!」


 照れてなどいないと思いながら、ハンバーガーを頬張る。この肉厚感はたまらない。肉汁、トマト、レタスの相性も素晴らしい。僕が食べたハンバーガーの中で一番の美味しさだ。


「先輩のハンバーガー、美味しそうですね」


「あげないぞ」


「先輩は食べ物の恨みはどうのって言うタチですね」 


「正解」


「それでは――ほむっ……うん。美味しいですね」


 星奈は僕の持っていたハンバーガーに勢いよく噛り付いた。そのせいで残りは元の3分の1程度になってしまった。


「喰いやがったな!」


「まあまあ、落ち着いてくださいよ。わたしの分も上げますから」


「それなら……。許そう」


 星奈の注文したハンバーガーは僕のもとは違って、大量のチーズを挟みこんだものだ。チーズの量が多すぎて、手元に来た時にはチーズがトレーの上に零れていた。これなら僕の食べていたハンバーガーと等価価値はあるだろう。


 星奈は半分程ハンバーガーを千切ると、僕の口元に寄せた。


「どうした?」


「あーん、です」


「自分で食べられる」


「あーんで食べないと、あげません」


 星奈はなぜかニヤリと笑う。


「くっ……」


 星奈め、何と卑怯な手を打って来たのか。僕がこのハンバーガーをどうしても食べたいと分かってワザと僕のハンバーガーを食べたのだ。その笑みはそういうことだ。


 そんなこと分かっていても――食べたい。


 というわけで、星奈に策略に飛び込むことにした。こんなにも美味しそうなハンバーガーが食べられるのだからよしとしよう。


「あーん」


「……うん。美味しい。チーズが堪らないな」


「それは良かったです。では、わたしのあーんでハンバーガーを食べたことを学校中に広めておきますね」


「やめてくれ!」



<あとがき>


 おまえはこれまでに食べたハンバーガーの数を覚えているか?


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