46話 学園ご案内
「ねぇねぇ、どこに住んでるの?」
「彼氏いるの?」
「んー、可愛い! 女神様みたい!」
「中学校ってどこだったの?」
予想はしていたが、休み時間になると、朱智院は女子による質問攻撃の被害を受けていた。
土門は、後ろで繰り広げられている光景にうんざりしているようだ。机にへばり付く形で漫画を読んでいる。
「ほらほら、あんまり質問攻めにしちゃダメだよ! 迷惑でしょ!」
眼鏡をくいっと押し上げ、如何にも学級委員長らしいことを言ったのは、学級委員長の
「大丈夫ですよ。迷惑じゃありませんから」
「そう? それならいいけど。何かあったら相談してね? わたしは学級委員長の太田
「はい、よろしくお願いします」
2人が挨拶を交わしたところで、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「もう時間になっちゃたかー。また後でね、朱智院さん」
そう言って、朱智院に群がっていた女子たちは、それぞれ自分の席に戻って行く。
土門はようやく漫画を閉じ、授業の準備を始める……のかと思ったら、別の漫画を取り出して読み始めた。相変わらず、授業を真面目に聞く気は一切ないようだ。
*
放課後、僕が帰る支度をしていると、突然肩を叩かれた。
「ん?」
どうせ大和だろうと振り返ると、そこには朱智院が緊張しがちに立っていた。
「どうしたの?」
「あの、相談、というかお願いがあるんです」
「困ったことがあるんだったら、相談にのるよ」
「あ、ありがとうございます!」
家にいるダメ妹が心配で、即刻家に帰りたいところだったが、目の前で困っている人を見捨てるわけにはいかない。
「それで、お願いって?」
「はい。実は、学校を案内してほしいんです」
「なるほど。いいよ。案内するよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
朱智院は深々とお辞儀をして喜びを露わにした。
「では、早速――」
「わたしも、同行」
朱智院が僕の手を掴んで行こうとすると、土門が手を挙げた。しかし、朱智院はそれを断る。
「いいえ。志水君だけで大丈夫ですよ」
「この男、女と2人きりになったら、襲う……確実に」
「襲わねえよ!」
なんてことを言うんだ土門。
「志水君になら襲われても……」
「……え?」
なんで遠藤は照れている? そこは否定してくれないと困る。
「ダメ。わたしも同行。なんとしても」
土門はそう言って僕の腕を引っ張る。
「……分かりました。では、3人で行きましょう」
朱智院は渋い顔をして、土門が付いてくることを了承した。納得したのだろうと思いきや、朱智院は土門に鋭い視線を送っている。
今までの言動とはかけ離れていませんか? すんごく怖いです。
「えーっと、そうなればすぐに行こうか……」
先程から、まだ下校していないクラスメイトの過半数から熱烈な視線を感じるのだ。直ぐにでも学校を案内しようと、僕は2人を教室から連れ出した。
僕たちは3階から、2階にある教室を見て回っていた。
「……ここが社会科準備室」
「放課後、めったに人はこない」
「……ここは会議室」
「名前の割に、会議しない。めったに人は来ない」
「……ここは理科室」
「ここは人がよく通る。要注意」
「……土門」
「ん?」
「何の説明をしている?」
「放課後、誰もいない教室」
「その説明いらないから」
「そう。でも、彼女は、欲しいはず」
土門は、チラリと朱智院に目線を送る。
「えーっと、ありがとうございます」
朱智院はなぜかお辞儀をする。
「朱智院さん。土門の言っていることは大抵聞き流していいから」
「なぜです?」
「朱智院さんに悪影響しか与えないから」
「悪影響、与えない。むしろ、良い影響」
「……朱智院さん、次、行こうか」
僕は土門を半ば無視する形で話を切った。
「体育館にでも行こうか。1階に降りよう」
「この学園は部活動が盛んだと聞いてますよ。体育館だと、どんな部活があるんでしょうか?」
「バスケ、バレー、バドミントン、卓球……あとは何かあったか?」
自分が帰宅部のせいか、部活のことなど気にしてもいなかった。
土門に助けを求める。
「知らない」
もちろん、期待はしていなかった。こいつは漫画以外興味がないようだ。
「ごめん、こんなことに答えられなくて。委員長とかなら答えられるんだろうけど」
「いいえ、わたしは志水君だからいいんですよ」
「え?」
「志水君だからこそ、学校を案内して欲しかったんです」
「朱智院さ――いてっ!」
突然、頭を強打され、鋭い痛みが走った。
「おい、何すんだ!」
「女子にデレデレしない」
「別にデレデレしてないだろ!」
「ふふふ、おふたりは仲が良いのですね」
朱智院が口に手を当てて気品高く微笑む。
「当たり前。理由、いいな――うっぐううぐうー」
僕は慌てて土門の口を押える。
「いいな……? どう、なされたんですか?」
「井伊直弼を勉強したもんな! 桜田門外の変だな!」
「意味不明!」
「どうことですか?」
「何でもないよ!」
「なんでも、ある!」
土門は僕の抑え込みから逃れる。
「ぜ、是非教えてください」
「ダメだ!」
「許嫁!」
「ああああっ――」
僕は土門は止めようとするも、先を越され、言われてしまった。こうなれば仕方がない。
「許嫁?」
「はぁー、そうだよ。ただし、『元』だからな」
土門は僕の許嫁だ。しかし、それは過去の事。
彼女とは1年生から同じクラスだったのだが、知り合っていたのは随分と昔のことだった。
「土門は僕の許嫁だった。でもそれは昔の話で、僕の家で色々あってその話は無くなったんだ」
「でも、わたし、翔和の――」
「はいはい。この話は終わりだ。体育館に行こう」
僕はこの話をあまりしたくはなかった。土門が元許嫁ということは問題ない。しかし、その話についてくるのは僕の家の家庭事情だ。それは、突如として現れた妹の話とも関係してくる。
すべては父の――――。
「志水君?」
肩を叩かれ、遠い記憶から抜け出す。
「何でもないよ」
僕は心配する朱智院をよそに、速足で階段へ向かった。
体育館を見学すると、今日はどこの部活も活動を行っていなかったようで、すぐに帰ることになった。一旦教室に戻ると、そこには委員長が残っていただけで、他の生徒は教室を出た後だった。
太陽は沈みかけていて、教室の中は夕焼けの光がレースカーテン越しに差し込んでいる。委員長はふわりと舞うカーテンの中で外を眺めていた。
僕たちに気づくと少し驚いた様子だった。
「あなた達、まだ帰ってなかったの?」
「委員長こそ」
「わたしは教室の戸締りをしているから」
「そうだったんだ。ちゃんと委員長の仕事をしてて偉いね」
僕がそう褒めると、照れくさそうに「当然のことよ」と言ってそっぽを向いた。大変わかりやすい人だ。
「ところで、あなた達はもう帰るの? それ次第で教室の鍵を渡すことになるのだけれど」
僕たちは顔を見合わせた。
「今日は楽しめましたし、この学校のことが良く分かりました。十分ですよ」
「分かった。それじゃあ帰りますか」
朱智院が満足したなら、僕の仕事は終わりだ。
落ち着いたところで、妹のことを思い出した。急いで家に帰らなくては大変なことになっているかもしれない。火事でも起きていたら大変だ。
「僕は先に帰るから。それじゃあ、また明日」
「はい、今日はあがとうございました」
「また明日」
手短に挨拶をして、机に置いてあった鞄を手に取り、足早に教室を後にした。
― 転校生 終 —
<あとがき>
わああ
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