どうするの?
15話 虎視眈々
「結賀崎さん!」
バレーボール部の部員である
「珠李ちゃん! 決めて!」
絶好の勝負球だ。珠李がそこへ走り込む。
「……ふうっ」
大きく地面を蹴って、落ちてきたボールに鋭角のスパイクを打ち込む。
「はあッ!」
珠李の放ったスパイクはブロックの手をすり抜けてレフトサイドの誰もいない空間に飛んでいく。
しかし、それをセッターにいた安良岡さんは見逃さなかった。
一瞬でボールの落ちる先にまで跳躍すると、右腕を伸ばしてスライディングしながらボールを弾いた。
すると、近くにいた体操部の青木さんも素早く反応し、上手く繋いで相手のコートにボールを返した。
珠李のチームは得点が入ったと一瞬、気を許してしまったせいだろうか、返って来たボールに反応が遅れてしまった。
どうにか間に合った榊田さんが手を伸して繋げようとするが、ボールは無惨にもネットに引っ掛かり、安良岡さんのチームに得点が入った。
同時に、コート周辺で試合の動向を見守っていた女子たちの黄色い声援が、体育館いっぱいに響いた。
珠李は表情を少し引き攣らせて安良岡さんを睨んだ。一方の安良岡さんは珠李に勝ち誇ったような笑みを向けて転がってきたボールを拾った。
*
「すげえな、安良岡さんと犬星さん。勉強も出来ればスポーツも出来るのか」
隣に座る広世が、女子たちの白熱したバレーボールの試合に圧倒されていた。
「それに比べて俺たちは井戸端会議ときた」
この学園の体育は自由な授業らしく、球技をやっていれば良いとのことだったので、俺と広瀬はバドミントンを選択した。
お遊び程度のバドミントンを戯れて10分。俺たちは青春の汗を流すクラスメイトたちを横目に雑談して時間が経つのを待っていた。
体育担当の半田先生は体育館の端でパイプ椅子に座ってスマホをいじっている。俺たちのことは当然、目に入っているだろうがお咎めなし。そこで生まれる教師と生徒の暗黙の了解。見逃してやるからこっちも見逃せよと言っているのだ。
「それで、メイドさんとは上手くいってるのか?」
「なんだそりゃ」
「メイドと同じ屋根の下に暮らしてりゃ、一晩の過ちぐらいあるだろ」
「……珠李と一緒に暮らしているなんてことは言った覚えはないけどな」
「犬星さんに聞いたぞ。あの子、口が軽そうだから、同棲しているのは絶対に他の人に言わないよう注意しといた」
「それはどうも」
広世がイイ奴で良かった。メイドであるのはともかく、同棲しているのがバレるのは非常にマズイ。
「で、過ちはあったのか?」
「しつこいな。ねーよ」
「ないのかよ。男だろ、しっかりしろ」
前言撤回だ。イイ奴なのかは、まだ判断できなさそうだった。
「オマエの理性をしっかりさせろ。そんなことしたら崩壊しかねないだろ」
「何が?」
「主従関係」
「崩壊させてみりゃいいじゃねえか。仮に、犬星ちゃんに告られたらどうするつもりなんだよ?」
「それは…………」
今までそんなこと考えたことが無い、とは言わない。仮に俺でもいい、どちらかが好意を伝えた瞬間に十数年かけて築いてきた主従関係が崩壊してしまう気がするのだ。それがどうにも恐ろしい。
だからと言って、俺は珠李に対して恋愛的な意味での好意が存在しているのだろか。上手く言葉にして説明は出来ないが違うと明言できる。どうにも珠李に対しての感情が綺麗に煮え滾らないのだ。それが安良岡さんに対する解答が出せない原因であるのかもしれない。
「おいおい、俺なんかの言葉でぐらついてて、この先どうすんだよ。犬星ちゃんが好きならちゃんと伝えてやれよ。自己満足な体裁保ってちゃあ、大事な時にすべて失うぞ」
そう言って、広世は脚力だけで立ち上がった。中学生の頃にダンスをやっていたおかげで体幹が強いそうだ。
「メイドか彼女か、どっちかにしろよ色男」
広世はバスケをやっている男子のグループに向かって行った。
「色男っておい。イケメンくんに言われたかねえな」
俺が珠李のことを好きならば、それ相応の態度を示すべきか。だがその前に自分の気持ちを確かめなくてはいけない。安良岡さんの件だってそうだ。俺はやるべきことを先送りにしているだけで―———。
ん、メイドか彼女? どうして今の会話で俺が選択をしなくてはならないのだ。安良岡さんのことなんて一言も口にしていない。
「―—ちょっと待て! オマエどこまで知ってるんだ!」
呼び止めた時、すでに広世はバスケットボールを床に打ち付けて敵チームを華麗に翻しているところだった。
これだから、イケメンは。
<あとがき>
広世くんはモテるイケメンとのこと。深堀はかなり後になりそう。
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