第11話 キュアリスは企む

 朝早くケデルの家を出たディールは、キュアリスの所へとやって来ていた。背には大きな背嚢バックパックを背負っている。中には着替えなど、ケデルの家に住み込んでいた時の荷物が入っていた。


「ディール。久しぶりじゃの……って、なんじゃその荷物は。家出でもしてきたのか?」


 からかうようにキュアリスが言う。彼女は相変わらず、開いた本の上に浮かび上がっていた。


「破門されてしまったので、故郷に帰ることになりました。だから今までのお礼を言いに来たのと、借りていた本を返しに……」

「はぁ!? ちょっと待て。しばらく来ない間に何があったんじゃ?」


 ディールの思わぬ回答に、キュアリスが驚きの表情を浮かべる。ディールは少し困ったような顔を見せ、メリッサたちとのことをキュアリスに話した。


「なんじゃそりゃ。お主の師匠は人でなしか? お主は巻き込まれただけではないか。しかもお主はその女を助けておる。感謝されこそすれ、破門などありえんじゃろ」


 キュアリスはまるで我が事のように怒る。そんな彼女の様子をディールは最初、呆気にとられた表情で見ていた。しかしすぐに嬉しそうな顔になる。


「魔法で倒したことは、先生には言っていませんでしたから」

「なんで言わぬのじゃ。そこは大事なとこじゃろう」

「魔法の説明が、上手くできそうになかったので……。それよりも、怒ってくださってありがとうございます」

「別に……妾は至極真っ当なことを言ったまでじゃ」キュアリスが照れた顔で言う。「しかしそうか。魔獣を倒せるほどの魔法が使えたか」

「はい。まだ声に出して自分に言い聞かせないと駄目ですけど」

「なに。大したものじゃ」

「キュアリスさんの、おかげです」


 どことなく悪い顔をして笑うキュアリスに少年は気づかない。ディールはただただ嬉しそうだ。


「でも、これでお別れです。まだ色々と教えてもらいたかったのですが……。短い間でしたが、ありがとうございました」

「ま、待て待て」


 頭を下げて去ろうとしたディールをキュアリスが慌てて止める。


「お主に……そ、そうじゃ。最後に魔法を一つ授けてやろう」

「魔法を……ですか?」

「そうじゃ。妾からの餞別じゃ。とびっきりの魔法を授けてやる。こちらに来い」

「はい!」


 ディールは荷物を置いて、キュアリスの近くに立った。


「こほん。えーと。呪いであったり、結界であったり、そういった障害に対抗する魔法じゃ」

「呪い? 結界?」


 まるっきり縁のなさそうな言葉が出てきて、ディールはきょとんとした表情を浮かべた。


「こ、これから先、悪い魔導師に呪いをかけられるかもしれんじゃろう?」

「……うちは商家ですし、僕も兄を手伝うことになるでしょうからそんな事ないですよ」

「なんじゃ。魔術師は諦めるのか? 破門されたとは言え、弟子入りできる魔術師は他にもおるじゃろう?」

「もう……いいんです」


 ディールは虚ろな笑顔をキュアリスに向ける。声も沈んでいた。そんなディールの様子を見てキュアリスが眉をしかめた。しかしすぐにハッとした表情を浮かべる。


「しょ、商売敵に恨まれるやもしれんじゃろ。その時に呪われたらどうするつもりじゃ?」

「あ、いえ。えっと……困ります」

「そうじゃろ」キュアリスは我が意を得たとばかりに笑みを浮かべた。「じゃから覚えておいて損はない。さぁ、教えるぞ!」

「えっと……お願いしま……す?」


 強引に話を進めるキュアリスに戸惑いながらも、ディールは居住まいを正した。


「元素はアカシャを中心に用いる。光の属性を持つが、それ以外にも霊的な力の属性も持つ。次にテジャス。基本属性は火じゃが、力や支配といった属性も持つ。結界や呪いなど、見えない力を打ち破る時は、基本的にこの二つを使う。

 後は呪いや結界の内容によって組み合わせを選ぶ。例えば病にかける呪いに対抗するなら、これに――」

ヴァユですね!」

「そうじゃ。よく覚えておるの。そしてあとは魔法のイメージじゃ。どのように呪いや結界を破りたいかじゃな。基本は光で包み込み、その効果を消し去るイメージじゃな」


 ディールは〝術試し〟の時のアッガスを思い出した。メリッサの生み出した炎の攻撃を、風系統の呪文を使って破呪レジストした。あれはより強い魔力で包み込むことでメリッサの呪文で起こした現象を上書きしたのだ。

 キュアリスの言うやり方もこれに近いのだろうか。


「イメージできそうか?」

「はい。なんとか」

「では実践じゃ。この書見台に向けてやってみよ。元素はアカシャテジャスのみでよい」

「え?」

「知識だけでは身につかんじゃろ。習ったらすぐに実践。ささ、やってみよ」


 やや面食らいながらもディールは素直に魔術廻炉まりょくかいろを展開する。すぐに魔力は元素へと還元され、その中から必要な元素を選び出す。

 イメージは基本と言われた光。その光で効果を――


「あの……消し去るのはどんな効果なんでしょうか? この場合の効果って?」


 上手くイメージできずにディールが訊く。


「ん? 効果? おうそうか。そうじゃの。妾の本体を持ち上げた時に見えた鎖があったじゃろ? あれを消し去るイメージじゃな」


 言われて、ディールは思い出す。本を持ち上げた時に見えた光の鎖を。

 あれを消し去るイメージとは。ディールは考える。鎖と言えばディールは鉄の鎖しか知らない。固い鎖を消し去るにはどうるするのか。

 氷のように溶けるか、砕けるか。それくらいしか思いつかない。結局、ディールは光によって鎖が溶けるように消えるのをイメージした。


「氷のように鎖が溶ける」


 書見台に向けて手を翳し、ディールは呟いた。手から光りが生まれ、書見台を包み込む。それに炙り出されるように光の鎖が現れた。鎖そのものが輝き、ディールの魔法に抵抗しようとする。


「むむ。テジャスを少し足してみよ。消し去る為の力を強めるのじゃ」


 ディールは言われた通りにテジャスを使い更に強くイメージする。

 鎖の輝きが増し、抵抗を強める。しかしそれもむなしく、光の鎖は砕け散り氷の欠片のように溶けて消えてしまった。


「よしっ! よくやった!」


 キュアリスが両手を肩の高さまで上げ、拳を力強く握って喜んだ。

 刹那、書見台の上に置かれた本に変化が起こる。開かれた本の上に浮かびかがっていたキュアリスの姿が消え、本が閉じられる。そして書見台から本が浮かび上がり光に包まれた。


 眩しさのあまりディールが腕で顔を隠す。

 革の表紙に彫刻されている女性が、本から飛び出るように浮かび上がった。まず上半身。そこから飛び出すように全身が現れる。光はますますその輝きを増した。

 時間にして数秒だろうか。唐突に光りが消える。


「ふぅ。ようやく動けるようになったわい」

「キュアリス……さん?」

「うむ。そうじゃ」


 ディールの目の前に、同い年くらいの少女が一人立っていた。ディールよりも少しだけ背の高い少女。

 肩まで伸びた銀色の髪に翠の瞳。顔立ちは整っており、確かに本の上に浮かび上がっていたキュアリスの面影があった。

 そして少女――キュアリスは裸だった。眩しいほどの白い裸身。

 それに気づいたディールが慌てて顔を逸らした。


「き、キュアリスさん、服。服を!」

「服? ああ……ってなんじゃこれは。随分と貧相になっておるではないか!?」


 キュアリスは自分の体を見て、胸に手を当てて叫んだ。彼女のすぐ横に浮かび上がっている本が勝手に開く。それと同時にキュアリスの前に大きな楕円形の鏡が現れた。


「む。妾はもっと〝ないすばでぃ〟じゃったはずじゃが。しかもこれは……若返っておるとでも言えばいいのか?」


 キュアリスは魔法によって造り出した鏡の前で、色々とボーズをとって確かめていた。そして裸のままディールの方を向く。


「のうディール。お主もそう思わぬか? 妾、若返っておるよな?」

「い、いいから服を着てくださいっ!」

「なんじゃ、お主恥ずかしがっておるのか?」キュアリスがにまりと笑う。「妾は本じゃぞ? お主は本に欲情する変態か? ほれ。ほれ」


 キュアリスがディールとの距離を詰めてくる。ディールは顔を真っ赤にして後ずさった。そして自分の背嚢バックパックから替えの服を取り出して、慌てたようにキュアリスに渡す。


「着てください!」


 ディールは目を逸らしながら叫んだ。

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