第33話 文書部

 アメリアは『アルロ』の姿になって、数カ月通った警備騎士団の文書部の部屋を目指していた。辞めることは潜入前に伝えていたが、体調を崩してしまったため、お世話になったお礼や急に辞めることへの謝罪などができていなかったのだ。


 オーレルに対しては、ジェラルドとアメリアが再会した日、ヴィクトルによって説明がされていた。そのため、アメリア自身も会話の機会があったが、他の先輩達とは何も話せていない。


 オーレルは警備騎士団にいるが、本当はジェラルドの直属の部下らしい。そのため、アルロがアメリアの変装である事も問題なく伝えることができたようだ。


 アメリアがオーレルに教わって分類していた資料のうち、夜中に工事のような騒音がしたという場所は、今回の事件の武器の倉庫だった。警備騎士団では不介入として、オーレルが他のジェラルドの部下とともに一括で捜査していたようだ。


 アメリアが嘘をついていたことを謝罪すると、オーレルにも謝られてしまった。アメリアが行方不明だった事は知らされていなかったようだが、オーレルはジェラルドに会える立場にあった。自分さえ気がつけば、もっと早くジェラルドに会わせることができたのにと悔やんでいるようだった。


 それに、『アルロ』が女だと気づかなかった事もショックだったようで、責任をとって辞めると言い出したのを、ジェラルドとミカエルでとめたらしい。


(オーレルさんに申し訳ないことをしちゃったわ)


 アメリアがそんなことを考えている間に、文書部の前まできていた。アメリアが部屋をノックすると、オーレルがすぐに扉を開けてくれる。オーレルには事前に訪問を伝えておいたのだ。


「お忙しいのにすみません」


「いや、みんなアルロに会いたがってたから喜ぶよ。入ってくれ」


「失礼します」


 オーレルはアメリアの後に続いて部屋に入る人物に気がついて、一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻った。流石にジェラルドの部下だけあって騒ぎ立てることはしない。


 アメリアとともに部屋に入ったのは変装したジェラルドだ。賭博場に潜入したときと同じように鬘をかぶっているが、アメリアは黄金色の瞳のせいで何も隠せていないと密かに思っている。


 アメリアがきちんと文書部の先輩たちにお礼と謝罪をしたいといったら、一人では行かせられないと言って付いてきてしまったのだ。


『騎士団には男しかいない』


 ジェラルドは当たり前のことを言って絶対に行くと譲らなかった。


「「「アルロ」」」


 アメリアの姿に気がつくと、先輩たちが仕事の手をとめてアメリアのところまで来てくれた。


「体調崩してたって聞いたけど大丈夫?」


「お兄さんに叱られたりしなかった?」


「辺境伯軍に戻っても頑張って下さいね」


 申し訳ないがアメリアの正体は伝えられないので、兄に内緒で王都に来ていた事がバレて連れ戻される事にしてある。


 アメリアがお礼と謝罪の言葉を口にすると、頭を撫でてくれたり握手をしてくれたりして別れをおしんでくれた。


 最後に見守るように立っていた隊長にお礼を言おうと近づくと、隊長はタオルで吹き出した汗を拭きながら、少し青い顔でジェラルドをチラチラ見ていた。


 一般の隊員とは違い、隊長は式典などにも出席している。どこかでジェラルドに会ったことがあったのだろう。ジェラルドの正体に気がついて動揺する隊長を前にして、アメリアは何も説明できず、いたたまれない。


「隊長、本当にお世話になりました」


 アメリアが頭を下げると隊長が少し挙動不審になってしまった。


「ア、アルロ。へ、辺境伯軍に行っても頑張って下さい」


 隊長が緊張していることを先輩たちがからかっているが、隊長はそれらに反応すらしない。


「これ、みんなで食べてください」


 ジェラルドに持ってもらっていたお菓子を隊長に渡すと、隊長はふらついてしまってオーレルが慌てて支えた。


「アルロ、お兄さんを待たせているんじゃなかったか?」


 オーレルがこれ以上は隊長が保たないと判断したのか声をかけてくる。もちろん、ヴィクトルが本当に待っているわけではない。


「あー、そうでした。そろそろ行きますね」


 アメリアは先輩たちと改めて別れを惜しんでから部屋をあとにした。


「「……」」


 廊下を歩いて王宮に戻る間、ずっとジェラルドは不機嫌だった。こちらを見ようともしないのに、それでも歩調はアメリアに合わせてくれている。


「ジェラルド、ついてきてくれてありがとう」


「ああ」


 アメリアがお礼を言うと、ジェラルドはアメリアの頭を撫でてから手をとって歩き出す。


 ジェラルドは少年『アルロ』と手を繋いで歩いているわけだが、アメリアが男装していることを忘れているのだろう。


 アメリアは誰かとすれ違うたびにいろんな意味でドキドキしたが、手を離したくなくて、ジェラルドには何も言わないまま、手を握り合って皇太子妃の部屋まで戻った。

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