第28話 辺境伯

「辺境伯軍に裏切り者がいたわけではないなら、お父様はどうして避難場所の指示をくれなかったのかしら?」


「は? 辺境伯と連絡がとれてたのか?」


 アメリアの言葉にジェラルドが驚いた顔をしている。どうやら全ての情報を辺境伯と共有していたわけではないようだ。


 アメリアは、緊急時に辺境伯からアメリアに伝言を残す手段がある事をジェラルドに話した。ただ軍事機密なので具体的な方法はジェラルドであっても伝える事は出来ない。ジェラルドも分かっているからか詳しく聞いてはこなかった。


「辺境伯からはアメリアと連絡をとる手段がないと聞いていた」


「もしかして、婚約破棄を実現させるために私とジェラルドを会わせないようにしてたんだったりして」


 アメリアは冗談のつもりで笑いながら言ったが、ジェラルドの顔から血の気が引いている。


「ちょっとジェラルド、冗談よ」


 アメリアが言ってもジェラルドの顔が晴れることはなかった。


「アメリア、お前は辺境伯の執念深さを知らない……まさか、アメリアが婚約破棄について知ったのも……いや、まさかな……」


 ジェラルドが肩を一瞬震わせた。アメリアがジェラルドの腕を見ると鳥肌が立っている。


「私の嫌がることをお父様は絶対にしないわ。お父様はいつでも優しいもの」


 アメリアは一生懸命ジェラルドに話したが、ジェラルドはこの件に関しては話しても平行線だから話したくないと言って、温かい紅茶を持ってこさせるために席を立った。




 ジェラルドが紅茶を飲んで落ち着くとアメリアの今後について話し出した。


「アメリア、王宮内に部屋を用意するから叔父上の件が解決するまでそこで過ごして欲しい」


 ジェラルドがアメリアの髪を撫でる。ジェラルドはアメリアの事を本当に心配してくれているのだろう。


「ごめんね、ジェラルド。賭博場の摘発で潜入することになっているの。それが終わるまでは騎士団で過ごすつもりよ」


 アメリアとしても心配してくれるのは嬉しい。それでも、騎士団の人たちはアメリアに本当に良くしてくれた。出来ることなら、せめて潜入だけでも参加してから辞めたかった。


「は? なんでアメリアが潜入なんてするんだよ。他の奴にやらせればいいだろ」


――だいたい、男ばっかりのむさ苦しい所に身を隠してたなんて、危機感がなさすぎる。護衛は何をしてたんだ。これ以上騎士団の寮にアメリアが住むなんて許せるわけがないだろ――


 ジェラルドがボソボソと呟いているが、アメリアに聞かせるつもりはないのか、声が小さくて聞き取れない。


「え? なに?」


 アメリアは一応聞き返してみたが、ジェラルドは何もなかったかのように話を再開した。


「とにかく、もう騎士団にいる必要はない。必要なら代わりの人間を用意する」


「自分で引き受けた仕事だから、きちんとやりたいの。適任者が少ないからって任せられたのよ」


 アメリアは懇願するようにジェラルドの黄金色の瞳を見つめた。


「駄目だ。危険な所に行くことは許可できない」


「何でジェラルドの許可が必要なのよ。それに危険なんてないわ」


「婚約者の言うことが聞けないのか?」


「もう、じゃあ、婚約破棄しちゃうから」 


「なんでそうなるんだよ」


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