安らげる場所

第22話 依頼

 更に1ヶ月ほどがたっても、アメリアは変わらない日々を騎士団で過ごしていた。王宮の守りは強固で打てる手がなかったのだ。


 この日もアメリアは先輩たちの作った書類を各班に届けるため、廊下を歩いていた。


「見つけた!」


 大きな声に驚いてアメリアが振り返ると、後方から走ってきた騎士がアメリアの腕を掴もうとした。アメリアは驚きながらも、とっさに飛び退いて、それを避ける。


「うん、身軽だね。いいかも」 


 アメリアは思わぬ奇行に戸惑いながらも騎士を観察した。騎士はアメリアの反応を気にすることなく、満足そうな顔をしている。アメリアへの態度は、初対面の相手への行動とは思えないが、どう考えても面識がない。


「君、名前は? どこの班? 君に頼みたい仕事があるんだ」


(仕事?)


 アメリアは軽薄そうな態度に警戒して、騎士から距離をとった。


「変な仕事じゃないよ。あ、変な仕事ではあるんだけど、騎士団の正式な仕事だよ」


 ニコニコと笑って話す、その騎士の雰囲気は、少しトビに似ている。


(怪しすぎる!)


 アメリアは警戒心を解けずにいたが、ちゃんと正式な依頼をするからと言われると、むげに断ることもできない。仕方がないので名前と部署を教えることにした。


 『アルロ』は、アメリアにとっては特別な名前だが、偽名なので隠す必要はない。


「なんだ、オーレルの部下か。ラッキー。じゃあ、後でオーレルから話がいくと思うからよろしくね、アルロくん」


 どこまでも軽い調子で名乗りもせずに騎士は行ってしまった。


(オーレルさんの知り合いなら大丈夫かな?)


 とりあえず、アメリアは午後になってからオーレルに相談しようと思い、配達の仕事を続けた。




 午後になり、アメリアが仕事をしながらオーレルを待っていると隊長に呼びだされた。


 ノックをして入った隊長の部屋にはオーレルもいたが、なぜだか微妙な空気が流れている。


 隊長とオーレルが並んで座っていて、アメリアも隊長に言われて向かいのソファーに腰をおろす。


「ちょっと言いにくいんだけどね。他の班の手伝いに行って欲しいんだ。私では断れなくてね」


 隊長は申し訳なさそうに頭をかいた。


「僕に出来ることならやりますよ。任せて下さい」


 きっと、今朝の騎士から隊長に話がいったのだろう。お世話になっている隊長が困るような事は言いたくないし、あの騎士に目をつけられたのはアメリアだ。なるべく隊長が気にしないようにと、アメリアは明るく了承した。


「アルロ、簡単に引き受けるな」


 オーレルがアメリアを呆れたように見てくる。了承したにも関わらず、隊長は困り顔だ。


「どんな仕事なんですか?」


 不安になって、アメリアは恐る恐る訊ねた。


「関わる者以外には言えない極秘扱いなんだけど、今度大きな違法賭博の摘発があるんだ。そこで潜入をして欲しい」


「潜入ですか?」


 アメリアは躊躇した。アメリアの護衛たちもオーレルもアメリアにスパイのような事は出来ないと断言している。役に立てるとはとても思えない。


「心配しなくても、私が一緒にいるから難しい芝居をする必要はない。ただな……」


 オーレルが言い淀んで隊長の方を伺う。2人で譲り合っていたが、ため息をついてから隊長が口を開いた。


「摘発が始まるまでのほんの数時間、賭博場に客として潜入し、摘発が始まったときに逃げる者を抑える役割をはたしてほしいんだ」


「分かりました」


 2人が何を躊躇したのか、さっぱりわからず、アメリアは首を傾げる。


「隊長、結局肝心なこと話してないじゃないですか」


 オーレルが呆れたように隊長を見た。苦笑いする隊長の代わりにオーレルが話し出す。


「アルロ、ここの賭博場には恋人や愛人と一緒に行くのが主流なんだ。でも、知ってのとおり騎士団には男しかいない。それで……お前が抜擢されたのは……その……女性役なんだ」


「……」


 アメリアは、なんと言っていいかわからず、呆然としてしまう。


(男装している私が女装??)


「若い男の子に頼むのは気が引けるんだけど、当日は仮面を付けることになるし、アルロだとは分からないと思うよ。令嬢役だから申し訳ないけど、ドレスを着てもらうことになる。女性に見えるように、その……胸に詰め物もしてもらわなきゃいけない」


 隊長はアメリアの視線を避けながら言った。


(女性に見えるように胸に詰め物……)


 アメリアはショックで俯きながら、自分の胸に触れた。


(さらし巻いてるからよ。普通にしてたらこんなこと言われない。大丈夫。大丈夫)


 アメリアは自分で自分を励まして顔をあげた。アメリアの心情は分かっていないだろうが、隊長とオーレルは心底申し訳なさそうな顔をしている。


「嫌だよね?」


 隊長が縋るようにアメリアを見つめてくる。


「いえ、大丈夫です。僕でお役に立てるならやらせて下さい」


 アメリアはなんとか笑って了承した。


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