第21話 小説

 翌日の夜、アメリアは騎士団の寮の自室で大量の雑誌や新聞を睨みつけていた。


(そろそろ、私も今後の事を考えないとだめよ。ちゃんと直視しなきゃ)


 アメリアは自分に言い聞かせる。


 アメリアの前に置かれているのは、すべてジェラルドの起こした婚約破棄騒動について書かれているものだ。昨日あれからアメリアは、やってきたクロに集めてくれるようにと、お願いしていた。


 最初にアメリアがパンケーキのお店で見た新聞には、速報としてジェラルドが婚約破棄をパーティーで宣言したということしか書かれていなかった。詳細については、まったくわからなかったのだ。そして、王都に来てからもアメリアは敢えて確認しようとは思わなかった。


 アメリアは詳細を、特にジェラルドに恋人がいるのかどうかを確認しなければならないと思って集めさせたのだ。


(ジェラルドに恋人ができたのなら、婚約破棄に同意しないと……。ジェラルドには幸せになってほしいもの)


 アメリアは涙が滲みそうになる瞳を固く閉じて堪えた。


 逃げないで正確な情報を手に入れなくてはいけない。アメリアは意を決して当時の新聞を読み始めた。


 


「え?」


 アメリアは別の雑誌も読む。


「あれ?」


 最近の検証記事も読んで見る。


「え~っ?」


 アメリアは意味がわからなくて混乱した。


 読んで分かったのは、まず、卒業パーティーに恋人らしき人物はいなかったということ。多くの記者が取材したが、恋人の情報を掴めた者はいないようだ。


 それを知ってアメリアは少し安心しかけたが、よく読んでみるとジェラルドが辺境伯軍から恋人を守るため、隠しているというのが大半の見解らしい。


 辺境伯軍という言葉はどの新聞にも出てきてはいないが、匂わせる形で書かれているので、きちんと読めばアメリアにも分かった。どの記事でも辺境伯軍による恋人の暗殺を警戒している。トビの事を思い出すとありえないとも言い切れないので、アメリアは新聞社の考えに対して怒ることも出来ない。


 皇帝陛下は卒業パーティーの出来事について沈黙を守っていて、国としての公式発表は何もなされていないらしい。これについても、ジェラルド単独の行動だからなのか、アメリアに配慮して発表を遅らせているのか、はっきりしなかった。


 いろいろと気になる情報はあったが、そんなことより何より、卒業パーティーの日のジェラルドの行動が気になりすぎる。


 アメリアの大好きな恋愛小説『皇太子殿下の恋人』の一番の見せ場「卒業パーティー」と行動がまったく同じなのだ。最愛の恋人、アメリアから見ると浮気相手が会場にいないという点を除いて。


「台詞もきっちり同じだわ。ジェラルドだけじゃなくて婚約者ミケがショックを受けたときの行動まで……。ジェラルド、どういう事?」





 あれはジェラルドが皇太子の仕事を始めたばかりの12歳の春だった。


 仕事に慣れないせいか、ジェラルドはこの頃、いつも青白い顔をしていた。この日も無理してアメリアと会う時間を作ったのだろう。アメリアがパンケーキを食べている間にジェラルドは眠ってしまっていた。


 アメリアのことなんか気にせず、ゆっくり休んでほしい。それでも、ジェラルドが眠っている間に帰ると気にするかもしれない。悩んだアメリアは、ジェラルドにブランケットをかけると、家から持ってきたお気に入りの恋愛小説を読んで時間を潰すことにした。


 アメリアが集中して本を読んでいると、いつの間にかジェラルドが起きていて、アメリアの目の前に立って小説を覗き込んでいた。


「嬉しそうな顔して何読んでるんだ?」


「『皇太子殿下の恋人』っていう小説。オススメだよ。ジェラルドも読む? 保存用が屋敷にあるからこれあげるよ。皇太子殿下がとっても素敵なのよ」


 アメリアはジェラルドの返事も待たずに、押し付けるように小説を渡した。自分の好きなものに、ジェラルドが興味を持ってくれた。それがただ嬉しかったのだ。


「皇太子殿下が素敵なのか?」


 ジェラルドは小説を受け取りながら、顔を赤らめた。しかし、そばにいるアメリアはジェラルドの様子に気づいていない。ジェラルドの質問の意味も全く分かっていなかった。


「あのね、聞いてよ、ジェラルド! 皇太子殿下が真実の愛に気づいて婚約破棄するんだけど、皇帝陛下が恋人との結婚を許してくれないの。それで皇太子の地位を捨てて恋人と一緒に手をつないで逃げるのよ。その時のセリフが……」


「どこが素敵なんだよ。そんな不吉な小説なんて読むか!」 


 ジェラルドは今度は怒りで真っ赤になって、小説をゴミ箱に投げ捨てた。


「ひどい! 何するのよ!」


「もう帰れ! 俺は忙しいんだ!」


 アメリアは訳がわからないまま、ジェラルドに部屋から押し出されてしまった。アメリアの目の前でバタンと大きな音をたてて扉が乱暴に閉まる。ジェラルドが忙しい事をよく知っていたのに怒らせてしまった。アメリアはしょんぼりしながら王宮を後にした。





「今考えると、本当に不吉な小説よね」


 アメリアは小説の内容を思い出してため息をつく。黄金色の瞳に銀色の髪の皇太子殿下。ヒロインはミルクティー色の髪と紫色の瞳をしていた。だから、アメリアは自分がヒロインのつもりで楽しんでいたのだ。自分が6年後に婚約破棄されるとも知らずに……


 ジェラルドは何を考えて、あんな婚約破棄宣言をしたのだろう。アメリアは夜通し考えても結論を出す事ができなかった。

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