第43話 フリーズ、氷雪の王子

更新遅れて申し訳ありません……!


書籍作業と、本業の方がありえないぐらいに忙しくなったりと、色々なことが重なって長らく更新できませんでした……!


一応、本業の方は落ち着いているのでまたぼちぼちのペースで更新していければと思います。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 熱も。風も。全てが首を垂れたように凍てついていた。

 周りのあらゆるもの一切を寄せ付けない孤高なる氷。触れれば焼き付くような痛みを刻まれそうな拒絶の凍土。


 その中心に佇む第二王子……ノエル・ノル・イヴェルぺは、ふっ、と吐息を漏らす。


「あれが噂に名高い、イヴェルぺ王国が誇る『氷雪の王子』か」


 氷の力は水の上位属性であり、扱える者はそう多くはない。


 俺が戦ったレオ兄は、ルチ姉の魔力の才能に嫉妬していた。

 王家の中でも特に魔力の面でずば抜けた才能を持つルチ姉は風の上位属性である雷の使い手であり、つまるところ『魔力の才能』という面だけで言えば、『氷雪の王子ノエル』はルチ姉と同等だということ。


 同盟国ということもあるが、その名と才は俺の耳にも入ってくるほどだ。


「炎だけを狙って凍結させたようですね。膨大な魔力と、繊細な魔力コントロール。その両方が備わってなければ出来ない……まさに神業といったところでしょうか」


「これぐらいは当然よ。あいつは元々才能があったけど、このあたしが直々に魔力コントロールを教えてあげたんだから」


 ルチ姉から教えを受けていたのか。確かにルチ姉は魔力全般の才能が突出している。それは魔力の制御に関しても同様だ。砂漠を丸ごと強引に持ち上げた挙句、砂の一粒一粒を針の穴に通すような豪快かつ繊細な魔力制御だって可能だろう。


「…………」


 パキ、ペキ、と。ノエルが一歩踏み出す度に、氷雪に覆われた地面から音色を躍る。淀みなき律動的な足取り。足音すらもどこか冷たく感じさせる。

 ……俺は助けられた形なわけだし、立場上としても、お礼を言った方がいいだろうな。


「……助かった。礼を――――」


「必要ない」


 歩み寄った俺を遮るように彼は片手で壁を作った。その拒絶を示す所作に反射的に足が止まる。


「こちらは同盟国の要請に従い行動したに過ぎん。無駄な馴れ合いに興味はない」


 一切視線を合わせようとしない、冷たき瞳に宿るは明確なる拒絶と孤高。触れるものに痛みを与えるような凍える氷。

 つーか、馴れ合い。馴れ合いときましたか。俺とは最も縁遠い言葉だとは思っていたが。

 今のちょっとした礼を馴れ合いと表現する辺り、刺々しいことこの上ないなオイ。


「それと、一つ言っておくぞ。第三王子」


 ノエルの右手に氷が集まり、一振りの剣を形成する。直後、シームレスに魔力が流動し、刃は凍てつく吹雪を纏う。


「――――……!」


 繰り出される絶対零度の刺突。ほぼ同時に俺もまた応じるように刺突を繰り出し、刃が互いの頬を掠めつつ、影が交差する。

 しん、とした静寂の後、俺のすぐ背後でまた一つ、新たな氷像が生まれていた。


「『ラグメント』は全てオレが倒す」


 どこかに潜んでいたであろう『ラグメント』。俺の背中に向けて爪牙を振るわんとしていたソレを、ノエルは刺突から繰り出した氷の魔力を以て芯まで凍てつかせていた。


「お前は余計なことはせず、黙って見てろ」


 俺の背後で凍てついた氷像。『ラグメント』に向けられた瞳に宿るは拒絶と孤高。そして――――憎悪。燃え滾るような、憎しみの炎を、俺は彼の瞳の中に見た。


「……ああ、そうかよ」


 さりとて。

 俺がコイツの言い分を聞いてやる理由なんてどこにもない。

 王様になる。俺がかつて夢見て、再び歩き出そうと心に決めた道がある。

 一秒たりとて、立ち止まってなど居られない。


「けど悪いな。生憎と、立ち止まるのはもう飽きた」


「――――……」


 ここでノエルも気づいたらしい。

 彼の背後から同じく爪牙を振るわんとしていた『ラグメント』の存在に。そしてその『ラグメント』は、俺の剣による刺突から繰り出された、魔力の刃によって貫かれていることに。


「…………」


「…………」


 お互い『ラグメント』という名の脅威に向けて刃を向けている。

 既に氷像は砕け、貫かれた方もまた塵となって四散しているにも関わらず。二つの影は交差しながら、どちらも刃を下ろすそぶりはない。


「はいはい、そこまでね。二人とも電撃的に刃を下ろしなさい」


 張り詰めた空気を弛緩させるように、ルチ姉が割り込む。

 その言葉を受けてようやく俺たちは互いに霊装衣を解除する。発光と共にようやく精霊がほどけたところを見届けると、ルチ姉はやれやれと言わんばかりにため息をついた。


「まったく。そんなんじゃこれから先が思いやられるわねー。これから一緒に公務シゴトをすることになるんだから、ちょっとは愛想よくしなさいよ。お互いに」


「は? 公務シゴト?」


「そ。あんたとノエル。それと……シャルちゃんの三人でね」


 周囲の凍てついた空間を見やると、ルチ姉の魔指輪から魔力の光が瞬いた。

 吹き荒れる紫電の風が氷を粉砕して巻き上げ、辺り一帯を人々が立ち寄ることのできる空間へと還していく。


「……ここから先の話は戻ってからにしましょう。ここじゃなんだし」


     ☆


「お前たちには、浄化を行ってもらいたい」


 執務室に戻ってきた後。親父から切り出されたのは、俺とはおよそ縁のないものと思っていた公務シゴトの話だった。


「浄化ってのは……『ラグメント』を生み出す『呪い』の話だよな?」


「そうだ。世界にかけられた『夜の魔女』の『呪い』によって発生する『瘴気』。『ラグメント』は、この『瘴気』から生まれるもの……」


「厳密には、地上に噴き出た『瘴気』が取り込んだ動物やら生き物やらの情報を基に『ラグメント』という異形の怪物として構成される……ってことなんだけど。これぐらいはあんたも分かってるわよね?」


「当たり前だろ。俺だって腐ってても王族だぜ、ルチ姉」


「腐ってても王族だ、なんて言えるようになっただけ上出来ね。それじゃあ、弟が最低限のことを理解してることを改めて確認したところで……シャルちゃんは、この手の話はどこまで理解してる?」


 ルチ姉は話題をシャルに振る。『ラグメント』に関する知識は王族ならば基礎教養。だからこそ、シャルの理解度を確認しようというのだろう。


「『ラグメント』の出現には瘴気による予兆があるとされています。そのため、『第五属性』の魔力で地上に噴き出た瘴気を浄化することが出来れば、『ラグメント』の出現を未然に防ぐことが出来る……と聞いています」


「そ。ようは、地上に噴き出た瘴気が『ラグメント』の形になる前に浄化してしまえばオッケーってことね。だから、瘴気が確認され次第、あたしたち『第五属性』の魔力を持つ王族が、瘴気を浄化して回らなきゃいけないってワケ」


「とはいえ、我々も人間だ。国の全てを見渡せるわけではなく、それ故に見落としは避けられんというのが現状だ。お前たちがイトエル山からの帰りに遭遇した『ラグメント』も、その『見落とし』によって生まれたものだろう」


 イトエル山での戦闘はつい最近の出来事だ。まだ記憶にも新しい。


「俺の場合、瘴気と同じ『第六属性』の魔力だからな。今までは浄化の公務シゴトとも無縁だったわけだが……ようは『シャルに瘴気の浄化をやってほしい』って依頼だろ? 婚約者で王族の俺が付き添うのは分かるとして……なんでノエル王子まで同行させるんだよ」


「理由は二つ。一つは、シャルちゃんは浄化作業は初めてでしょ。あたしも同行するけど色々と飛び回る予定だし……念のため、確実に浄化できる人材に控えてもらった方が都合が良いのよ。そしてもう一つ」


 ルチ姉は一拍置いて、


「今回は『土地神』が絡んでるから」


「『土地神』……各土地に根付いている『精霊』のことか」


「精霊の持つ特殊な魔力によって、その土地一帯の瘴気を常に浄化しているんですよね。だからこそ、各地の村や街で『ラグメント』が出現することはないとのことですが……むしろ『土地神』の力が働いている場所で、浄化を行うことがあるんですか?」


「『土地神』の浄化は広域にわたるけど、力が強い場所と弱い場所があるのよ。だから弱い場所に瘴気が漏れ出ることはあるから、そういう意味では浄化を行うことがあるけど、今回はそういうのとは別の話」


 俺とシャルとノエル王子。この三人の共通点は『ラグメント』に対抗できる魔力を有しているということ。ただの浄化ならば過剰戦力と言えるだろう。極端な話、ただの浄化ならばシャルだけでいいぐらいだ。


 だがルチ姉は俺たち三人を連れて行くという。それに、『土地神』が絡んでるということは……。


「……『土地神』が瘴気に汚染された?」


 半ば独り言のような呟き。普通ならばありえない。ありえてはならない。

 滑稽だと嗤われても仕方がないし、むしろ嗤ってくれた方がいい。

 だがルチ姉は、ふっと口元に笑みを浮かべる。それは滑稽だという嘲笑ではなく。


「相変わらず、そういうところは察しがいいわね」


 肯定だった。


「残念ながらお察しの通り。ガーランド領の『土地神』が瘴気によって汚染されたとの報告を受けたわ」


「…………っ……!? 『土地神』は精霊です。瘴気を浄化する力を持った精霊という存在が、瘴気に汚染される? そんなことが本当にありえるのでしょうか?」


「普通はありえないわね。だけど、普通じゃないことが既に起きているのが現実よ。実際、既に領民にも被害が出てる上に、浄化されなくなった瘴気も漂いはじめてる。電撃的な速さで対処しないといけない案件になってるのよ」


「普通じゃないことが既に起きている、か……」


 ふと、脳裏を過ぎったのは王都に大きなダメージを与えたルシルという少女の姿。

 あいつは親父を足止めするために大型ラグメントを大量に発生させ、更には巨人型のラグメントを一度に複数体も召喚して王都を危機に陥れた。


 瘴気を操ることが出来なければ出来ない芸当であり、あんなこと普通はありえない。


「……………………」


 どうやらシャルも同じことを考えていたらしい。

 その表情には微かな不安が滲んでいる。


「ルシル、って言ったかしら。レオルのバカを誑かして腕を引き千切ったあばずれ女。聞いたところによると、自在にラグメントを使役するって話じゃない? 『土地神』の汚染っていう普通じゃありえないことを、そいつが起こした可能性も否定できない。だからこそ、警戒してこれだけの戦力を投入する必要があるってわけ。……まぁ、ルシルとかいうあばれずれの件を抜きにしても、あたしとあんたら三人を投入しないと解決できない規模になってるしね」


 レオ兄を騙し、心の弱みに付け込み、腕をも千切りとっていった女。

 あいつが絡んでいるのなら……尚のこと引き下がれない。


「色々話したけど、ようは『ガーランド領に行って土地神を浄化する』のがあんたらの公務シゴト。……こっちの問題に巻き込んで悪いけど、戦力が足りないの。ノエル、あんたも協力してもらうわよ?」


「問題ない。元よりそのための留学・・だ。……話が終わったなら、失礼させてもらう」


 ノエル王子はルチ姉に背を向けつつも、その警告じみた視線を俺に向けてきた。


「覚えておけ。全ての『ラグメント』はオレが倒す。第三王子、お前の力は必要ない」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る