第27話 打ち合わせ【★改稿済】

「……よし」


 事前に用意しておいたブツが手元にあることを確認。そろそろ時間も近いし、移動するか。


「アルくん、どちらに行かれるんですか?」


「これからグラシアンと打ち合わせがある」


「騎士団長と?」


人脈コネ作りの一環ですよ、シャル様。これまでメルセンヌ公爵、エリーヌさん、エヴラールさん……時間がない中にしては、中々の人脈コネを揃えられたとは思いますけどねー。最低限、あともう一押しほしいところですから」


「そのもう一押しを詰める。そのための打ち合わせだ」


 前回の『ラグメント』の一件から騎士団の一部とグラシアンからの心象は良くなっていると睨んでいる。それらしい報告が上がってきてるしな。


「では、私も同席します」


「大丈夫だ。あくまでも念押しみたいなもんだしな。今回の打ち合わせだって、元は向こうから打診されたものだし」


「そうなんですか?」


「ああ。だからシャルはゆっくりしててくれ」


 そのままの足で王国騎士団長グラシアン・グウェナエルが待つ会議室へと向かった。

 グラシアンは既に会議室で待機しており、俺が入ってくるや否や席を立って礼をしてくる。彼の目にはいつも俺を取り巻く侮蔑も蔑みもない。


「ようこそおいでくださいました、アルフレッド様。本日はよろしくお願いします」


「ああ。こちらこそよろしく頼む」


 今回の打ち合わせは、『対ラグメント戦』における立ち回りについてだ。

 どうやらグラシアンは過去の記録を調べ上げ、これまで俺が裏で『影』と連携して『ラグメント』と戦ってきたという事実を掴んだらしい。


 そこで、俺たち側の経験値を参考に、新たに『ラグメント』に対する戦術を組み立てたいらしい。今回はそのための打ち合わせだ。


「『ラグメント』が出現した場合……我ら騎士団は現状、足止めをするのが役割となっております」


「火、水、土、風……この四つの属性の耐性が極端に高いからな。決定打を与えられない以上、そうなるだろ」


「はい。我らもそのことは心得ており、既存の陣形を用いて足止めを行っております。……ですが前回アルフレッド様が救援に来てくださった際は、その陣形が崩れてしまった」


「この資料によると『鎖縛魔法バインド』の拘束が破られたか。主力が抜けてるからな。魔力が足りなかったんだろ」


「ですがこのような状況は、いつでも起こりえることです。特に今のレイユエール王国はアルフレッド様とレオル様の二人のみ。カバー出来る範囲にも限界はあり、必然的に我ら騎士団の負担も増えましょう。ですが『若手しかいなかったので足止めできませんでした』では話にならない」


「ようは『どんなメンツでも安定した足止めを行えるようにしたい』ってことだろ」


「流石ですな。察しが良い」


「世辞はよせよ。こちとら無能の第三王子様だぜ」


「貴方がこの場で仮面を被ることを望まれるのでしたら、共に道化を演じましょう」


 この前の一件以降、グラシアンのやつは随分と俺を信頼するようになったな……むしろもっと時間がかかると思っていたんだけど。

 そんな俺の内心を読み取ったのか、グラシアンは苦笑した。


「貴方は『役割を演じること』に長けており、同時に私の目も曇っておりました。……が、あれだけの力を目の当たりにした上に、過去の記録も私なりに調べたのです。今になって噂を鵜呑みにするほど、私の眼は曇っておりませんよ。説得力が無いかもしれませんが、これでもレイユエール王国の守護を担う騎士団の長ですから」


「そうか……お前は、随分なお人よしだな」


 力を示しただけでは信頼されないことだってある。俺はそれをよく知っている。だからこそグラシアンの言葉が意外だった。昔の俺が知ったら大層驚くことだろう。信じらんねぇと吐き捨てたかもしれない。


 この驚きも、グラシアンの信頼も、影から光へと踏み出さなければ得られなかったもの。それを決意させてくれたのは……。


「…………また今度、改めて礼ぐらい言っとくか」


「何か?」


「いや。こっちの話だ……で、新しい戦術についてだったか」


「参考程度にで構いませんが、アルフレッド様の場合……『影』の方々の場合は、どのような戦術を?」


「色々あるが……大まかに分けて二つだな。まず一つ目は『足場崩し』。もっと言えば、『落とし穴』」


「お、落とし穴……? それは、なんといいますか……意外、ですな」


「いやいや。これが、それこそ意外とバカにならねーんだ。そもそも前提として、魔法で直接動きを封じるのは効果が薄いと俺は思ってる」


「ですが実際、『鎖縛魔法バインド』による拘束は有効だと思いますが……」


「確かに動きは止まる。でもそんなに長くはもたないし、あの時みたいに新人……ようは魔力が足りない場合はもっと早くに破られちまう。それはなぜか。単純だ。『ラグメント』には四大属性への耐性があるが故に、『鎖縛魔法バインド』による拘束時間も極端に短くなってしまうからだ」


「『足場崩し』……『落とし穴』は違うと?」


「そうだ。そもそも『鎖縛魔法バインド』の効果が薄いのは、『魔法』だからだ。けど足場そのものは魔法じゃない。『地形』だ。いくら『ラグメント』が『四大属性への耐性』という強みを持っていようと、自身を拘束しているのがただの『地形』ならばその強みも意味がなくなる」


「なるほど……確かにそれは一理ありますな」


「それに『ラグメント』は、その多くが人型だ。無論、そうじゃないタイプもいるが……大半は二足歩行の人型。つまり地に足はつけているんだよ。それを不安定にしてやれば、姿勢も崩れる。姿勢が崩れれば隙も生まれて拘束もしやすい。人間と同じだよ。そういった意味でも、『足場崩し』は有効なんだ。実際、今まで色々試してきたがこれはかなり効いてる。必要ならあとで資料もやるよ」


「……盲点でしたな。人型である以上、人間と同じ弱点を抱えている個所もあるのは、ありえないことではありませんでした。思えば、我々は『型』に拘るあまり、『型を破る』ことを忘れていたのかもしれませんな」


「卑下するもんでもないぞ。『型』があるからこそ『型を破れる』んだ。何より、これまでレイユエール王国を守ってきたのはその『型』だろ」


「……そう言っていただけると、こちらも報われます」


「とはいえ……『足場崩し』はある程度の訓練が必要だ。使える場所も限られるし、『土属性』の人員も集めなきゃならん。若手しかいない状況だと心許ないかもしれない」


「ふむ……ですが効果的であることが確認されている以上、訓練に組み込むのは有りでしょうな」


「訓練メニューなら『うち』で使ってるのがあるから、それもあとでそっちに寄越す。参考にしてくれ」


「何から何まで感謝いたします」


 まさか『影』に使っている訓練メニューが騎士団に取り入れられる日が来るとはな。

 ちょっと前なら考えられなかったことだ。


「それで二つ目……そっちの要望からすると、こっちが本命だろう」


 今回の打ち合わせのために持ってきておいたものを、テーブルの上に置く。


「これは……縄ですか?」


 グラシアンはテーブルの上に置かれた縄を手に取った。


鋼糸ワイヤーを束にして作られた縄……といったところでしょうか?」


「俺が契約した精霊、『アルビダ』の『霊装衣そうび』を参考にしてソフィが作った試作型の対ラグメント用魔道具……『鋼蛇縄オロチ』だ。耐久性と柔軟性に優れていて、魔力を流すことで投擲後にある程度のコントロールが可能。強度を上げることも出来る」


「ソフィ様が? ……確かにあの方は、我が国の魔導技術研究所の特別顧問でしたな。これはどういった装備なのです?」


「使い方は単純だ。そいつを使って『ラグメント』を縛り上げて動きを封じる。『鎖縛魔法バインド』でやったことを魔道具でやっちまおうってことだな」


 簡単に説明してみたものの、どうにもグラシアンの反応は鈍い。

 いまいち掴み切れていないらしい。


「ですがアルフレッド様。『鎖縛魔法バインド』による拘束は効果が薄いと仰っていたのでは?」


「さっきも言った通り、『鎖縛魔法バインド』の効果が薄いのは『ラグメント』が『四大属性への耐性』を持っているからだ。けどこいつは違う。この魔道具に、属性は無い」


「なるほど……! 魔法を使えばそこには必ず属性が付与されてしまう……ですが属性のない魔道具ならば『ラグメント』の耐性にも関係がない」


 魔力には属性が宿っている。だからこそ必然、魔法にも属性は宿る。『強化付与フォース』といった一見属性が無いように見える魔法にも、属性が宿っているのだ。


「そういうことだ。こいつは俺が考案して、留学前にソフィに作ってもらったものでな。まだ試験運用してる段階なんだ。色々と問題点はあるが、『ラグメント』を拘束するだけなら有効に作用している」


 その後も、俺が持つ知識や経験をもとにグラシアンと『対ラグメント』戦術を練っていった。


「いやはや……今回はあくまでも参考意見程度で、本格的な方針を練るつもりはなかったのですが……つい熱が入ってしまいました」


「熱が入ったのはこっちも同じだ。まさか胡散臭い第三王子と『影』の技術と経験をマトモに聞いてもらえると思わなかったからな」


 これまで俺たちのノウハウを流せなかったのは、それで王国が回っていたというのもあるが……騎士団の俺たちに対する信頼がなかったというのも大きい。向こうからすれば『影』は胡散臭い集団であり、俺の功績そのものも意図的に消してきた。何より、迂闊に実績を残すわけにもいかなかった。レオ兄を引き立たせるために。


「訓練メニューの変更……『鋼蛇縄オロチ』の試験導入……急に仕事が増えてしまいました。嬉しい悲鳴というやつですな」


「仕事もいいけど程々にな。あんまり仕事にかかりっきりだと、家族に顔を忘れられちまうぞ」


 冗談交じりに言ったつもりが、グラシアンは自嘲するように笑みを浮かべた。


「それは……どうでしょうな。その方が、アイツも幸せなのかもしれません」


「……ドルドのことか?」


 ドルド・グウェナエル。

 王国騎士団長グラシアンの息子にして、シャルが婚約破棄を突き付けたあの日……レオ兄の側についてシャルを糾弾していた男だ。


「騎士団は『ラグメント』の足止めしか出来ません。どれだけの悲鳴、悲哀、慟哭があろうとも……ただ足止めに徹することしか出来ません。仲間が傷つき、倒れようとも、足止めが精いっぱいなんです。……そんな情けない父親のことを、アイツは軽蔑してるんですよ。『腰抜け』と呼ばれたことすらあります」


 世界の呪い。異形の怪物『ラグメント』は、『第五属性エーテル』もしくは『第六属性エレヴォス』でしか倒すことは出来ない。それはきっと、騎士団長であるグラシアン自身がもっとも歯がゆく思っていることだろうに。


「アイツがレオル様の暴走の肩を持ち、愚かな振る舞いをしているのも……私にも原因があることです。申し訳ありません」


「別にお前にだけ責任があるとは思ってないが、謝るならシャルに謝っとけ。あの場で一番辛い思いをしたのはシャルだ」


「そうですね……折を見て、謝罪させていただきます」


「むしろ大変のはそっちもだろ。あの後、レオ兄たちを事情聴取したのは確かグラシアンだったな」


「ええ。流石に頭を抱えましたよ……本人たちに反省の色が全く見えなかったところは、特に」


 苦笑するグラシアン。実の息子や第一王子への事情聴取はさぞかし骨が折れたことだろう。特に親子仲が芳しくないともなれば。


「……一応、ドルドのやつも今は大人しくしているようです。このまま、大人しくしてくれていればいいのですがね……」


 果たしておとなしくしてくれているのだろうか。

 むしろその言葉が何とも嫌な前振りにしか聞こえなかった。


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