第12話 盗賊たち

「あんたら、そこで一体何している」


「あ? 見りゃ分かんだろ、お宝を掘り当ててんだよ。つーか、テメェらこそなんだ?」


「あたしはその洞窟の中にあるお宝を管理してる者だ。分かったらとっとと帰りな」


 エリーヌが言うと、途端に盗賊たちはげらげらと汚い笑い声を上げた。


「バカかテメェ? はいそうですかと帰る賊がいてたまるかよ」


「デオフィルさん、こいつどうします?」


「よく見りゃ美人じゃねぇか。しかもエルフときた……なぁ、お前ら。こいつぁ良い稼ぎになるとは思わねぇか?」


 盗賊たちのリーダー格の男……デオフィルの言葉に頷いた他の賊たちが、にやにやとした下卑た笑みを浮かべながらエリーヌに近づいていく。

 五、六……この場にいる盗賊は、デオフィルを含めて全部で七人。


「おい、エルフ。大人しくしな。そうすりゃあ、高値で買い取ってもらえるからよ」


 盗賊の一人が踏み出し、エリーヌに触れようとしたその瞬間――――


「……ああ、そうかい。よく分かったよ」


 ――――紅蓮の魔法球が、盗賊を大きく吹っ飛ばした。


「あんたらがどうしようもないクズってことがね」


 火球を腹部に受けた盗賊はそのまま背後にあった木に叩きつけられ、そのまま地面に突っ伏した。どうやら今の一発でノックアウトされてしまったらしい。ピクリとも動かない。


「クソガキ王子。雑魚は任せたよ。あたしはあのクズ野郎をやる」


「おい待てエリーヌ。あの男は、何人もの冒険者を殺害したA級の賞金首。騎士団が躍起になって探してる盗賊……通称、『指輪壊し』のデオフィルだ」


「だからなんだい」


「あんたには荷が重いって言ってるんだよ」


 俺はデオフィルとエリーヌの実力の底を知っているわけではない。

 しかし、相手は手練れの冒険者を何人も葬ってきたA級の賞金首。対してエリーヌは、先ほどの『火炎魔法球シュート』や『強化付与フォース』は中々のものだし実力もあるのだろうが……デオフィル相手だと話が違ってくる。正直言って、分が悪いと言わざるを得ない。


「ははははは! そこのガキは身の程を知ってるってわけか!」


「怖気づいたガキの戯言なんざ、知ったこっちゃないね」


 エリーヌはデオフィルに対して一歩踏み出す。

 ……おい、人の忠告を聞いとけよ。


「あんたはあたしの大事な物に手を出した。その報いは受けてもらうよ」


 エリーヌは腰に下げていた剣を抜くと、自身の肉体に『強化付与フォース』を発動して斬りかかった。


「おいエリーヌ、下がれ! そいつは……!」


 どうやら聞く耳持たないらしい。エリーヌを援護するために駆け寄ろうとすると、


「テメェらはそこのガキを殺せ。薄気味悪い黒髪黒眼だ。どうせ売ってもマトモな金になんねぇからな!」


 デオフィルの指示を受けた盗賊たち五人が行く手に立ちはだかった。


「「「『烈風魔法球シュート』!!」」」


 しかも全員が一斉に、俺めがけて魔法球シュートの雨を放つ。


「……ッ! 『大地魔法壁ウォール』!」


 咄嗟の防御壁を展開。だが相手には風属性が三人。相性の悪い土属性の壁はあっという間に削り取られていく。……洞窟の前に展開されていたはずの土の壁も、これで粉砕したようだな。


「チッ……!」


 一瞬にして木端微塵となった土の壁から飛び出し、敵の集中砲火から逃れる。


「逃がすな! 一気に追い立てろ!」


「「『烈風魔法矢アロー』!」」


 今度は威力を削った代わりに速度に優れている『魔法矢アロー』の魔指輪リングか。しかも風属性は切断力と速度スピードに優れた性質を持った属性。獲物を追い詰めるのにこれほど適した組み合わせもない。


「『強化付与フォース』……『ニア加速付与アクセル』!」


 強化を脚部に集中。疑似的な加速付与を再現し、『烈風魔法矢アロー』の雨をギリギリのところで躱していく。だがその間にも盗賊たちは散開しつつ俺を包囲し、徐々に逃げ場そのものが削り取られてくる……!


「そらそら! 逃げろ逃げろぉ!」

「ははははは! みっともねぇなァ、おい!」


 必死に逃げ回っている間に、気が付けば俺は周りを完全に囲まれてしまっていた。

 どの方向に逃げても五人の盗賊たちが俺を逃さない。どこにどう動こうとも、彼らの魔法の餌食になる。彼らが構築した包囲網の中心に囚われている。


「ハッハァ! もう逃げ場はねぇぞクソガキィ!」


 大柄な盗賊が残虐性を含めた笑みを浮かべる。それはまさに、か弱い獲物を追い詰めて愉しむ残忍なハンターのようだった。


「くそっ……! 『火炎魔法球シュート』!」


 苦し紛れに放った火球を、大柄な盗賊は軽く体を右に一歩ズレただけで躱してみせた。


「なにっ……!? 躱した!?」


「おいおい。体格の大きい俺なら、足が遅いから躱せないとでも思ったのか? これでも俺は、仲間内じゃあ身軽な方でね。アテが外れて残念だったな!」


 大柄な盗賊はニタリと笑い、指輪に魔力を込め始めた。


「トドメだ!」


 俺を取り囲む五人全員の魔指輪リングが輝き、一斉に魔法が展開される。


「「「「「『烈風魔法球シュート』!!」」」」」


 魔力を凝縮させた風の球体が放たれ――――。


「『座標交換エクスチェンジ』」


「がぁあああああああああああああ!?」


 次の瞬間には目の前で大柄な盗賊が無数の風に飲み込まれ、爆ぜていた。


「なっ……? えっ……?」

「何が起きた……!?」

「アイツがなんで……俺たちの攻撃を喰らってるんだよぉ!?」


 五人。いや、一人減って四人となった盗賊たちが動揺している。


「おい、そこのお前。そこじゃない」


「あ……?」


「もう一歩、前だ」


 次に発動させたのは『大地鎖縛バインド』。手元に出現させたそれを射出し、動揺している盗賊の一人の身体に巻き付け、そのまま引っ張った。

 縛られた鎖によって引っ張られた盗賊は一歩を踏み出し――――。


「ぼごがっ!!?」


 足元から噴き出した爆炎に包み込まれ、そのまま爆ぜる。


「なん……!? あいつの足元が爆発しやがったぞ!」

「今のは『火炎地雷ランドマイン』!?」

「いつの間にしかけやがった!? 一体、いつ……!?」


 そんなもの決まっている。


「……俺が、ただ逃げてるだけだと思ったか?」


 そんなわけがない。

 わざわざ『ニア加速付与アクセル』まで使って逃げに徹していたのは、周囲に『罠』を設置するためだ。


 相手は俺を追い詰めていると思い込んでいたので、罠を仕掛けること自体は簡単すぎるほど簡単に上手くいった。


 設置さえ完了すれば、あとはその場所に相手を誘導してやればいい。

 苦し紛れに撃ったように見えた『火炎魔法球シュート』も、本当の狙いは相手にわざと躱させて、罠のある場所を踏ませるためだ。


 おかげで『座標交換エクスチェンジ』が綺麗に決まり、俺と位置を交換された哀れな盗賊くんその一は、集中砲火をその身に受けてしまったというわけだ。


 二人目こと哀れな盗賊くんその二もそうだ。奴の一歩前の場所に『火炎地雷ランドマイン魔指輪リングによる火属性地雷を仕掛けておいたので、あとは『大地鎖縛バインド』前にで引っ張ってやるだけだった。


「まさか……俺らの足場にも……?」


「さあな。気になるなら確かめてみろよ」


 淡々とした問いかけ。されど残り三人となった盗賊たちは、動揺するだけで何も口を開かない。


「く、くそっ! だったらここから動かずに倒してやれば……!」


 どうやら中距離系の魔法で一歩も動かずして俺を倒そうとしたのだろう。

 再び『烈風魔法球シュート』の魔指輪リングを輝かせて、風の球体を一斉に解き放つ――――。


 既に発動させていた『索敵サーチ』によって得た情報が、二人の援軍の到着を示している。追いかけてくるように言っていた二人が。


「『座標交換エクスチェンジ』」


 背後に仕掛けていた罠を二つほど同時に発動。

 次の瞬間には、それぞれ武器を構えた二人の少女――――シャルとマキナが出現し、迫りくる風の魔法を強化した剣とナイフで切り裂いていた。


「ありゃま。何事かと思いきや、指名手配中の盗賊さんたちじゃないですか」


「確かに……どの方も見覚えがあります。速やかに拘束しましょう」


「話が早くて助かるよ」


 走っている最中もシャルの視力で見えていたのだろう。

 それに俺が『座標交換エクスチェンジ』を仕掛けていた意図にも気づいてくれていたようだ。


 残りの盗賊たちは逃げようにも周りのどこに罠があるのかもわからず、動こうにも動きかねていた。


 その間に、俺たちは攻撃の準備を完了させる。


「「「――――『火炎魔法球シュート』!!」」」


 三つの爆炎が炸裂し、紅蓮が盗賊たちの意識を刈り取った。


「来て早々悪いが、二人はそいつらを拘束しといてくれ。任せたぞ」


「あ、ちょっとアル様!」


「アルくん、どこに行くんですか!」


 後始末を二人に任せ、俺はエリーヌの救援に向かう。

 駆け付けた先で広がっていた光景は、


「…………っ……!」


 手持ちの魔指輪リングを砕かれ、膝をつくエリーヌの姿だった。



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