第4話 公爵令嬢は理解したい

「…………略奪愛? 誰が誰を誰から略奪したって?」


「アル様がシャルロット様をレオル様から略奪したってことになってます」


「マッタクイミガワカラナイ」


「アル様。ゴーレムみたいな喋り方になって現実逃避しても、事実は事実ですよー。お布団に潜って寝て起きたって、変わんないんです」


 この数日間、レオ兄と顔を合わせたくなかったので学園をサボっておうちでごろごろしていた。そのせいで流れる噂を野放しにしてしまったことも一つの原因だろう……いや。待て。


「……もしかして、レオ兄?」


「大正解ですねー。流石はアル様、えらいえらい」


 マキナにツッコミを入れる気力もなく、俺は天を仰いだ。


「レオ様がお怒りでしてねー。『我が弟アルフレッドは、シャルロットを我が物にするためにルシルを利用したのだ!』って叫びまくってました。おかげでこっちは耳タコですよぉ。たこたこー」


「……そういうわけでな。ならばいっそ、その噂を利用してお前とシャルロットを本当に婚約関係にしてしまおうというわけだ」


「レオ兄のアクロバティックな理屈に乗ってどうする!?」


「阿呆が。お前の理屈にも乗っているぞ。これでお前とシャルロットが婚約者に収まれば、『シャルロットは極悪非道の第三王子に略奪された被害者』として演出しやすい。……この際、お前ら兄弟の理屈に乗せた方が事は収めやすいのだ」


「まさに囚われのお姫様ですねぇ。周囲から同情されることはあっても、罪人として見られることはなくなるんじゃないですか」


「何呑気なこと言ってんだ。婚約者だぞ? その場しのぎの誤魔化しとはワケが違う。ましてや、『忌み子』の婚約者だなんて、シャルロットの評判を落とすだろう」


「ならば、シャルロットのためにお前自身の評判を良くしていくしかないな」


 ――――やられた。『首輪』ってのは、そういうことか!


「ふざけんなよ……誰がそんなことを頼んだ。俺は俺に与えられた役割を演じているだけだろうが!」


「そのような役割、与えた覚えはない」


「……クソ親父」


「言いたいことはそれだけか? バカ息子」


 向こうは数日かけて準備してきた。つつけるところはあるが、どれも万全にしているに違いない。つまり俺がどれだけ抵抗しようと、覆すことは出来ない状況が出来上がっている……詰みだ。


「…………シャルロット。お前はいいのか」


「王家との関わりを残すことは、私自身が望んだことです」


「あんな場所で、いきなり婚約破棄を突き付けられて、晒し者にされたようなもんだぞ。……男に対して、抵抗感とかないのか」


「……正直言って、これが他の男性だったら、抵抗感があったかもしれません」


「だったら」


「でも……アルフレッドなら、大丈夫です」


 ――――ああ、くそっ。


「ですってよ、アル様。これで逃げたら、それこそシャルロット様に恥をかかせることになりますよん」


「うっせぇな。分かってるよ……」


 完全に、詰まされている。


「……元々、あんな方法で切り抜けた俺にも責任はあるしな。……分かったよ。婚約者の件、引き受ける」


 完全に親父の手のひらの上で踊らされた感じだ。

 いや。数日間も準備期間を与えた俺の落ち度でもあるが。


「だけど勘違いするなよ。俺は俺の『役割』を変えるつもりはないからな。婚約者なんて関係ない。今まで通りやるだけだ」


 まるで捨て台詞のようになってしまった宣言に、親父は余裕の笑みを浮かべていて。

 それが無性に腹が立った。


     ☆


「……私は、アルフレッドに嫌われているのでしょうか?」


 婚約者の了承をした後、アルフレッドはすぐさま部屋を出て行ってしまった。

 どことなく避けられているような気がして、つい弱気な本音を零してしまう。自分が婚約者になることに対してあそこまで抵抗されていれば猶更。


 しかし、そんなシャルロットの不安も無用とばかりに彼のメイドであるマキナが笑う。


「気にしないでください。アル様は、あんまり素直じゃないだけですから。……わたしの見立てでは、気遣い三割。戸惑い三割。残り四割は喜び寄りです」


「……マキナさんは、アルフレッドのことをよく知ってるんですね」


「これでもアル様の部下の中では一番の古株ですからね。えっへん」


 思えばこれまで、アルフレッドと顔を合わせる機会が多く、言葉を交わしてきたといっても、マキナのようにここまで彼について深く知っているわけではない。

 ましてや元婚約者レオルのことでさえ、本当の意味で知ることはついぞ出来なかったのだから。


「あの……マキナさん。アルフレッドのことを、教えてくれませんか?」


 シャルロットは彼に救われた。

 絶望から悪役ヒーローが救ってくれた。

 だけどこのまま、救われたままではいられない。


「私は彼のことを、ちゃんと知りたいんです」


 同じ過ちを、繰り返したくはない。


「ほほう……わたしをご指名とは、シャルロット様もお目が高い。アル様のことなら、このマキナに何でもお任せですよ」


 きらり、と目を光らせ、得意げな笑みを浮かべるマキナ。

 その顔は飼い主にいたずらをしようとしている猫に似ていた。


     ☆


「…………おい」


「おやおや。どうしました? アル様。眉間にシワなんか寄せちゃって。根暗フェイスが台無しですよん」


「うるせぇ。どういうことだ、これは」


 俺が訓練場で兵たちの訓練を眺めていた時だった。


 主への敬意的なものをどこかに置き去りにしてしまったであろうメイドが、なぜか俺の婚約者になったというある意味でカワイソウな被害者ことシャルロットを連れてきていた。


「シャルロット様が、もっとアル様のことを知りたい! というので、このマキナが先生役を引き受けたわけですよ。とゆーわけで! しばらくはアル様の華麗なる一日を共に眺めようかと。婚約者同士、理解を深めておくのは良いことですし、距離も縮めることが出来れば一石二鳥!」


「なにが一石二鳥だバカメイド!」


 ……頭が痛い。またこのメイドはバカをやりやがったな。


「マキナさんを責めないで上げてください。私が無理を言って頼んだんです」


「……シャルロット。別に婚約者になったからって、こんなことする必要ないんだぞ?」


「私はレオル様のことを、よく知らないままでした。……だから今度は、同じ過ちを繰り返さないよう、アルフレッドのことをよく知ろうと思って」


「……そういうとこ、相変わらず真面目だよな」


「そうですね……レオル様にもよく、『つまらない女』と言われていましたし……」


 やばい。思いっきり地雷を踏みぬいた。

 マキナも「あちゃー」みたいな顔をしている。

 ……ていうか、レオ兄! あんた自分の婚約者に対してそんなこと言ってたのか!?


「い、いやっ! 違うぞ! 別につまらないって意味じゃなくてだな……!」


 経験不足故か、女性の地雷を踏みぬいた時の対処法を知らぬ哀れな俺は、アイコンタクトでマキナに救援を送る。

 マキナは「仕方がないですねぇ」と言わんばかりにため息をつき、


「そうですよシャルロット様。どちらかというとアル様は、真面目清楚系かつお身体の発育がよろしい方がタイプなんです。ギャップが好きなんですかね。そんなアル様からすれば今のは誉め言葉ですよ、誉め言葉。まさにシャルロット様はど真ん中です。自信持ってください」


「バカメイドぉおおおおおおお! お前は主人を助けに来たのかトドメを刺しに来たのかどっちだぁあああああ!」


「ついうっかり☆」


 うっかりでトドメをさされてたまるか!


「…………」


 と、そんな俺とマキナのやり取りを、シャルロットはじっと見つめていた。


「昨日も思いましたが……二人は、とても仲が良いのですね」


「仲が良いどころか背中から刺された気分なんだけどな」


 マキナは俺の直属の部下第一号みたいなところがあるからな。付き合いも長い分、気安く喋ることが出来る相手でもある。今はこんなバカメイドだが、いざという時は頼もしい。


「それに比べると、私はまだ壁を感じます」


「マキナとは付き合いが長いからな」


「ですねぇ……あっ。でもでも、アル様との距離を縮めるなら、呼び方を変えてみてはいかがでしょう?」


「呼び方……なるほど。その手がありましたか……」


 シャルロットは少し考えこむと、


「ではマキナさんを見習って……これからはアルフレッドのことを、『アルくん』と呼びましょう」


「…………………………………………………………………………」


「おぉーっと、これはクリーンヒット! この破壊力にアル様も完全敗北かー!?」


「…………負けてないが?」


 危ない。思わぬ破壊力に意識が持って行かれた。


(シャルロット様からの『アルくん』呼び。これは長年片思いをこじらせてきたアル様には大ダメージですよ。幸せ過ぎて昇天しちゃうんじゃないですか?)


(うるさい黙れ。つーか、こじらせてねーよ)


 シャルロットに聞こえない範囲でひそひそと会話をしていると、不意にマキナが何かを閃いたかのような顔をして。


「ではアル様も、シャルロット様のことは『シャル』とお呼びしてはいかがでしょう?」


「はぁっ!?」


「それはいいですね。私も呼ばれてみたいです」


「らしいですよ。アル様、どうぞ」


「よ、呼ぶか! 別にそこまでしなくてもいいだろ!?」


「……そうですね。すみません、つまらない女がつまらない提案をしてしまって……」


「かわいそー。アル様、今のはちょっとないわー」


 それを持ち出すのは卑怯だろぉおおおおおおおおおお!?


「……………………し、シャル……」


「はい。アルくん」


 くすっと笑うシャルロット……いや、シャル。

 その悪戯っ子のような笑みは、まるで嵌められたみたいだ。

 マキナから悪い影響を受けているんじゃないか……?


「ところでアルくんは……どうして訓練場ここにいたんですか?」


「見ての通り、訓練の見学だよ」


「鍛錬の参考に?」


「そんなんじゃない。兵たちの力量レベルがどうなってるか、自分の眼で確認しているだけだ。数字の上だけじゃ分からないこともあるし、いざって時、力量に見合わないことをさせても期待した成果が得られないからな」


 もちろん、戦では何が起きるか分からない。いつでも万全の状態で挑めるとは考えていないし、時には力量に見合わないことをさせねばならない時もある。それでも力量を把握しているのとしていないのとでは、作戦の成功率も変わってくる。


「たとえばあそこの右側で剣を振ってるやつ。あいつは落ち着きがあって重心も安定してる。剣の太刀筋も正確だが、ちょっと反応が鈍い。じっくり戦うタイプだから速度のある相手には苦戦するだろうな。逆にその隣にいるやつは脚が速い。けどちょっと攻撃が雑だ。癖も分かりやすいから、対処もされやすいのが課題だな」


「えっ……もしかして、ここにいる兵たち全ての実力を把握しているんですか……?」


「最低限の情報は頭に叩き込んでる。流石に新人までは把握しきれてないけど」


「…………」


 なぜか急にシャルが黙り込んでしまった。


「ね? やべーでしょ、アル様。変態なんですよ」


「ご主人様を変態呼ばわりか、バカメイド」


「やーん。こわーい」


 と、マキナといつものやり取りをしていると、不意に訓練場にいる兵たちからの視線を感じるようになった。どうやら気づかれたらしい。まあ、これだけ騒いでりゃ当然か。


「……兵たちがアルくんを見ているようですが……でも、なんだか……」


「明らかに歓迎はされてないですねぇ……」


「いつものことだ」


「いつもの……? どういうことですか? だってアルくんは第三王子で……」


「生憎と、俺は王族の中でもダントツの不人気でね」


「色々やらかしてきましたからねぇ……しかも、今日訓練してるのは大半がレオル様派の兵だし。よくもまあこんなところに見学に来ますよね、アル様も」


「うるせぇ。……邪魔してもアレだし、そろそろ退散するか」


 モチベーションを下げて訓練に影響が出ては元も子もない。

 そう思って席を立った瞬間だった。


「アルフレッド! 貴様、ここにいたか!」


 訓練場に、レオ兄が上がり込んできた。

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