俺の彼女はキミの恋人だった。

黒畜

第1話彼女が死んだ。

 彼女が死んだ。

 信号待ちしていた彼女に車が突っ込んだ。

 即死だったらしい。

 俺がその報を受けたのは、彼女が息を引き取ってから三時間後だった。

 そこからの三日間の記憶は断片的であり、小さな骨壷に納まった彼女も現実味がなかった。

 ただただ、時間だけが慌ただしく過ぎていった。



 三日振りに部屋に帰った。

 俺と彼女が暮らしていた部屋だ。


「ただいま」


 言葉は空虚に還る。


「小百合」


 彼女の名前を呼ぶ。

 部屋はどこまでも暗く、返らない声に俺は彼女が死んでから初めて泣いた。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 それから、二週間が経った。

 時間は平等だ。何があっても、朝は来るし夜も来る。季節は巡るし、生活も廻るのだ。


 俺はまだ彼女が居ない事を受けきれてなかった。理屈では分かっているのだ。けれど、彼女が居ない現実がナイフとなって心を抉る。

 仕事から帰って、部屋で泣く事の繰り返し。引越しも考えた。彼女と二人、暮らした部屋は想い出が多過ぎた。でも、彼女が確かに此処に居た、存在した証を消す事が俺に出来る訳がない。


 コンコン。

 日曜日の昼下がり、何をするでもなく惚けていた時にノックの音がした。

 気怠い身体を無理やりに起こし、ドアを開ける。そこには見知らぬ女性が居た。


「裕也さんですか?」


「はい。失礼ですが、貴女は?」


 もしかしたら、小百合の知り合いかもしれない。何故か俺はそう直感した。

 女性は軽く頭を下げた後、俺を真っ直ぐに見つめ言った。


「小百合さんの事で、お話があります」



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 来訪者の女性は重そうなスーツケースを、玄関に置き「お邪魔します」と俺の後に続く。

 俺は名前も知らぬ女性をリビングに招き、ソファを勧める。

 俺はキッチンに向い、デロンギのコーヒーマシンにカップをセットし、暫く待つ。

 チラリと女性を窺うと、所在無さげにキョロキョロと部屋を見回している。

 小百合の話しと聞いて、思わず部屋に上げてしまったが軽率だったかと少し後悔した。

 パッと見の印象だが、俺より若く大学生と言われても納得する見目麗しい女性だ。

 そんな年頃の女性を部屋に上げるのは些か、風聞が悪いか、と考えて苦笑してしまう。

 誰に対して悪いのか。誰よりも釈明せねばならない小百合あいてはもう居ないのに。



 ソファの前にある小さなテーブルに二人分のコーヒーを置く。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 コーヒーカップを手にし口をつけた女性は小さく「美味しい」と呟いた。

 豆から買い求めている俺としては最大の賛辞だ。思わず顔が綻ぶ。


「今更なんですが、名前聞いてなかったので教えてもらっていいですか」

「あ。ごめんなさい。私は柊 由香といいます 」

「柊さん……小百合からは聞いた事ない名前ですね。失礼ですが、小百合とはどういった関係ですか?」


 柊 由香。小百合の交友関係は大体、把握している俺は少し首を傾げる。小百合は人付き合いが良い方ではなかった。どちらかと言うと独りを好むタイプであった。小百合のパーソナルスペースに入れる唯一の例外は恋人であり、同棲していた俺ぐらいだった。

 ある時「私のスマホって、ほぼほぼ貴方との連絡用よね」って笑えない自虐ネタをしたぐらいだ。笑えないよ。って言ったら「それぐらい貴方は私の特別って意味で言ったんだけど?」と返されて、身悶えた事を昨日の事のように思い出す。いかん。目頭が熱くなってきた。今は柊さんとの話に集中だ。


「小百合さんとは……」


 そう言って柊さんは言葉に詰まったように逡巡し、天井を見上げた。そして、意を決したように俺と目を合わせ言った。


「小百合と私は恋人関係でした」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る